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第十五話 貴族ギロチン


「では、君にはこの邸の使用人として働いてもらうことになる」

「……はぁ」


 青の国の貴族ギロチン公の邸。執務室。


 寝袋を借りて学園で一夜明かすと、朝早くから学園長に連れられて、件の貴族様の邸に連れてこられた。


 その名も、ギロチン公爵。


 とうとう処刑道具まで出てきたな。何かの比喩的なあだ名かと思ってしまった。

 というか公爵ってどれくらいえらいんだっけ?



 学園長は私を紹介して早々、帰ってしまった。

 いろいろ忙しいのだという。

 そりゃないぜとっつぁんと思ったが、正直私はそれどころではなかった。



 ギロチン公は、とても(いかめ)しいダンディだった。


 燃えるような赤い髪に鋭い眼光。そしてカイゼル髭。

 眉間の皺が解けることは、きっとないのだろう。


 睨んでいるわけではないと思うが、鋭い目で見られると、何もしていないのにいつ怒られるのかとびくびくしてしまう。


 だが私は、それどころですらなかったのだ。



「邸には今、一人も使用人がいなくてね。

 住み込みで働けるものを探していたところだ。

 空いている部屋を好きに使うといい。

 くわしいことは私の妻から説明があるだろうが、何か質問は?」

「……はぁ、いえ」


 間の抜けた返事しか出来ない。

 話を聞かなければいけないのだが、半分も頭に入ってこない。


 執務室には真ん中に大きな机が鎮座している。

 入ってきた大きな扉を背に、私は机の前に起立している。

 それと机を挟んで厳しいダンディ、ギロチン公がこれまた大きな椅子に深々と座っている形だ。


 そこはかとなく威厳があるが、

 私の目はギロチン氏のさらに後ろ、

 執務室の壁に釘付けだった。


「基本的には、君は妻に使われることになる。

 妻を応接間に呼ぼう。

 準備が出来たら君も呼ぶので、それまで楽にしていたまえ」

「……はぁ、はい」


 ギロチン氏が部屋から出て行く。

 しばらく呼びに来ないだろう。


 私は執務机を横切り、椅子に乗りかかって、ソレに手を伸ばす。


 執務室の壁には大きな、そして豪奢な額縁が掛けられている。

 その額に飾られているのは、絵画の類ではない。



 一本の、剣が飾られていた。



「……何してんの?」

『おぉ 久しいな 願いは決まったか?』



 見間違いじゃなかった。

 よく似た別物でもなかった。


 剣は、

 ・・・・あの剣だった。


「いやいやいやいや、こんなところで何してんだって聞いてんの」

『それに私が答えることが お前の願いか?』

「ふざけるなよお前。お前の所為で私がどんな目にあったか」

『知らん 私はただ願いを叶えるだけだ さぁ願いを言え』

「お前はそればっかりだな。質問くらい答えろ。何のために喋れるんだよ」

『・・・ふむ よかろう

 しかし私は見ての通り剣だ 自分で自由に動けるものではない』


 …あぁまぁそりゃそうか。

 何をしてるも何もない。

 そもそもサイに奪われたんだった。


「お前はサイに売り捌かれたはずだろう?

 それがなんでこんなところで芸術品になってるんだ?」

『サイは私を高額で売ろうと 買い手を捜していた

 現れた買い手というのが ここの主のギロチンだ』


 剣が詳しく話す。


 サイは大方の予想通り、目玉が飛び出して世界新出すような額を、この剣につけたらしい。


 どんな人間も商人も、剣に触れれば剣の声が聞こえる。

 実際に願いを叶える前にサイが値段を吹っかけていたそうだが、剣の力が本物と証明するにはいたらない。

 誰も巨額を賭して確かめる気にもならなかっただろう。


 だが、買い手はすぐに現れた。

 貴族になら、その額を払うだけの財力はあるだろう。


「へぇ、それでここに飾られて芸術品気取りか」

『うむ ここに飾られて五年になる』

「そういやお前、最初は森の中に大事そうに刺さってたよな?」

『あそこに封印されたのは千年前だ』

「せ・・・!?」


 1000年!?

 よく錆びもせずに綺麗なまんまで・・・、

 ってそういえば鉄で出来てないのか。


「お前いったい何で出来てるんだ。セラミックか?」

『知らん 私が何で出来ていようと 私には関心が無い』

「あぁそう。じゃ封印ってのは?」


 師匠はこの剣を、魔王の魔導器と言っていた。


「魔王が倒されたからか?」

『そうだ 人間の言う魔王だ それが死に 私はあの森に封印された』


 魔王が作った奇跡の魔導器。

 どんな願いも叶えてくれる剣。


 魔王を倒し、剣を手に入れた人間は、どんな願いを叶えたのだろう。

 よからぬことを、願ったかもしれない。

 魔王を倒す勇者だとしても、聖人君子みたいな人間とは限らない。


 だから封印された。

 それはわかる。


 問題は、その封印を私が解いてしまったということだ。


「あれ? 私ってひょっとして、とんでもないことした?」

『お前が封印を解いてくれたおかげで 私はまた人の願いを叶える事が出来る 礼を言おう』


 あぁどういたしまして。

 だいぶ遅いけど。


 いや待て。

 慌てるな、まだ慌てるような時間じゃない。

 憶測で自分が悪いと決め付けるのは危険だ。


「一応聞きたいんだけど、何で封印されてたの?」

『人間にとって 私が危険だからだろう?』


 …………、

 ダメじゃん。

 危険で封印された剣解き放っちゃダメじゃん。


 いやちがう。

 私は悪くない。

 悪いのは全部サイだ。


「…そうだよ、サイが全部悪いんじゃん。

 私が幼女になったのも、奴隷にされたのもサイの所為じゃん。

 剣を売っぱらったのもサイじゃん。よってサイが全部悪い」

『何をぶつぶつ言ってるのか知らんが 話は終わりか?

 では願いを言え』

「・・・最終的にお前はそればっかりか」


 人間と見れば片っ端から願いを叶えてきたんだろうな。

 そりゃ封印もされるわ。


「いつか元の姿に戻るって願いは決まってるけどな。

 こんなところで叶えてもらうわけにはいかないよ」


 私が元の世界に帰れる算段がついたら、この剣には元の姿に戻してもらうつもりだ。

 だが今ここで元の姿に戻ったら、メイスという少女がいきなり居なくなることになる。

 フレイルがぼっちに戻ってしまう。

 ハイザラ学園長にも迷惑がかかるだろう。


 第一、少女の代わりに居るのが()では、いいわけの余地無く捕まってしまう。貴族邸に不法侵入で。


「保留だ保留」

『ふむ お前もいつもそればかりだな』


 うるさいよ。

 まぁ剣の事情はわかった。

 さて、ではどうするか。

 剣をこのままにしておきたくないが、勝手に持ち出すことは出来ないだろう。

 こんなとんでもないブツが消えて無くなれば、この邸の主が黙っているわけがない。


 こいつが叶えてくれるのは一人にひとつの願いだけ。

 ギロチン公の願いが何か知らないが、願いを叶え終わった人に対しては口も聞かなくなる薄情な剣だ。


 つまりギロチン公が願いを叶えたのなら、ギロチン公にとってこの剣は、もうただのもの言わぬ剣だ。

 それが未だにここにある。


 どういう思惑があるのかはわからないが、売るでも捨てるでもなく、どころか額縁に入れて大切に飾ってある。

 ひょっとしたらまだ願いを叶えてないのか?


 貴族ギロチン。 

 学園長の知人だという話だから、信用したい。

 よからぬことを願ってなければいいが。

 


「ま、いますぐお前をどうにかしなくていいか。

 私もこれから、ここに住むんだし」

『ふむ 願いを叶える気になったら いつでもくるがいい』


 どうしようも無いことを考えてもしかたない。

 私には今やることがあるのだ。

 なにせこの年で純金貨50の借金持ちなのだから。


 ・・・・・・、



「これは確認なんだけど、私を億万長者にしてくれって言ったら、出来る?」

『造作も無い どんな王族も平伏すほどの富を与えてやろう』


 おぉ、それはスゴイ。

 冗談だけどね。


 ・・・・冗談だよ?


「メイス、準備が出来たので、応接間に・・・」

「あ・・・・」


 がちゃりと扉が開いたときには遅かった。


 私は驚いて、乗りかかった椅子から滑って落ちてしまった。

 勢いよく落ちた衝撃で、額に飾られた剣も落ちてきた。

 床に転げた私のこめかみを、切っ先が掠めた。


 ・・・あ、危なっ!!


 刃が付いてないからよかったが、床に刺さらず倒れてきた剣をとっさに抱きしめた形になる。

 そこから見上げると、ギロチン氏が私を見下ろしていた。


 ・・・・いいわけ出来る状態ではなかった。



 ギロチン氏に助け起こされて、私は応接間に案内された。


 意外にもギロチン氏は、怒るでもなく慌てるでもなく、寧ろ私の身体に怪我が無いか心配すらしてくれた。

 それ以上は何も言わず、剣をもとの額の中へ戻し、私を連れて奥さんの待つ応接間へ。


 ただ、応接間の扉の前で、

「あの剣について話があるので、後でまた執務室に来たまえ」

 とだけ言われた。


 かなり怖い。逃げ出したい。



「あなたがメイスね?」


 気を取り直して、ギロチン氏に続いて応接間に入ると、銀髪の貴婦人が迎えてくれた。

 この人がギロチン氏の奥さんか。


 すごい美人だ。私を見つめる優しそうなたれ目に泣き黒子がある。

 若い。そして肌が白い。

 なにより、胸がでかい。


 なんだあれ? メロン?いや、バレーボールくらいあるんじゃないか?

 あの細身でピルムさんを凌ぐ巨乳。すげぇ存在感だ。

 あそこまででかいと威圧感(プレッシャー)すら感じるな。凶器だろアレ。きっと人を殺せると思う。


「ギロチンの妻、クリスよ」

「・・・は、はい。これから邸で働かせていただくメイスと申します」


 戦慄している場合ではない。

 この人がこれから私の主人になるのだ。

 戦慄している場合ではないのだ。

 落ち着け。


 クリスさんの胸がバカでかくてよかった。

 その胸の下にあるものに驚かなくて済んだ。


「・・・奥さま。失礼ですが、その子は?」

「・・・・・」


 クリスさんの胸の下には赤子がいた。

 豊満な胸囲で押し潰さぬよう、優しく抱かれている。


「私の子よ。名前はカトラス。かわいいでしょう?」

「はい。本当に、かわいい・・・」


 即答した。

 私は即答しなければならなかった。


「・・・・・」



 クリスさんの子、

 ギロチン公爵の子、カトラスは、

 魔族と呼ばれる、黒髪だった。



 ・・・誰が、

 誰が何と言おうと、私だけはこの子を差別の目で見てはいけない。

 魔族だなどと、口にしてはいけない。

 この黒髪を、まっすぐ見なくてはいけない。


「・・・ありがとう。メイス」


 私の隣にずっと立っていたギロチン公が、礼の言葉を口にした。

 私はそれに答えない。


 やめて欲しい。


 私はただ赤ん坊をかわいいと言っただけだ。

 ただ・・それだけだ。


 貴族様にお礼を言われるようなことは何もしていない。

 子供をかわいいと言ったのが、何だというんだ。

 子供は無垢でかわいいんだよ。

 ・・・当たり前だろうが。



 その後、仕事の内容を簡単に説明された。

 貴族邸の使用人といっても、基本的には奥様があれこれ指示したことをすればいいだけのようだ。

 使用人というか、小間使い。


 最初、ギロチン氏はカトラスを私に見せるのを反対したそうだが、奥さんはそれを振り切った。

 これから一緒に住むのだ。こんな大きな隠し事は軋轢を生むだけだと、いっそ堂々と我が子を見せたのだ。

 もちろん私が変な行動に出れば、隣に位置取ったギロチン氏によって私はどうなっていたかわからない。

 かくして奥さんは私を気に入ってくれたらしく、上機嫌で「これからよろしく」と手を握られた。

 こちらこそよろしくお願いしますと返しておいたが、私は内心穏やかではない。


 この世界では、黒髪の人間は漏れなく魔族だ。

 普通、家から遠ざけられる。

 成人するまで隠して育てる貴族もいるとは聞いていたが、まさかギロチン夫妻がそうだとは・・・。


 私も黒髪だ。

 しかし魔族は魔力を一切持たない。

 髪を染めて、魔法を使う私のことを、誰も魔族とは思うまい。


 そんな私が、髪染めを怠り黒髪が露見すれば、どういう結果になるのか私にはわからない。

 たぶん・・・よくて国を追放される。

 悪くてその場で捕らえられて処刑だ。


 ギロチン夫妻は己が子が魔族だから、温情があるかもしれない。

 しかし他の貴族は違う。


 魔族は魔力を持たない。

 だから安心して、奴隷を支配できるのだ。

 そんな奴隷の中に魔術を使う者がいれば、貴族にとってこれほど危険なことはない。

 どんな手を使っても私を始末しにくるだろう。


 貴族だけではない。奴隷に縁遠い一般層の人にも差別は色濃い。

 黒髪の者は魔族なのだ。

 かつて魔王と共に、世界を混沌の底に堕としめた絶対悪。

 ただ髪が黒いことが、この世界の差別の全てだ。


 世の中には、奴隷にならない黒髪も居る。

 例えばサイは盗賊だった。

 同じ黒髪の私を、平気で奴隷として売り飛ばした。

 それはサイがたった一人で生きる人間だという証明だ。

 きっと故郷はあるまい。

 家を持つことも宿を取ることも出来ずに、死ぬまで根無し草なのだろう。


 あの赤ん坊、カトラスもそうなるのかもしれない。

 今は両親の庇護下にあっても、いずれ成人すれば遠ざけられる。

 その後、どんな人生を送るのか。


 こんなことが、許されていいのだろうか?



「旦那さま、お話があります」


 仕事の説明の後、執務室に戻った私はギロチン氏に詰め寄った。


「その壁の剣の話です。

 その剣はどんな願いでも叶えてくれます。

 御子息の髪色を変えることも、魔力を持たせることも」

「そんなことはわかっている」


 答えるギロチン氏の顔にあるのは、一層深い眉間の皺。


「だが、それは無理だ」


 何故か? 決まってる。


「この剣はひとつしか願いを叶えてくれない。

 私はもう、叶えてしまった」


 剣は、ギロチン氏にとってもう、ただの剣だった。

 当然の話だ。

 ただ飾っておくために購入できるような値ではなかったはずだ。


「・・・妻の病を治してもらった」

「・・・・」

「妻は生まれつき体が弱くてね。肺を患っていた。

 もうあと幾許かという時に、この剣を手に入れたのだ」


 妻の命のために縋った藁が、この剣か。

 だがこの剣が叶えてくれる願いがひとつなのは、一人に対してだ。


「なら、奥さまに」

「・・・駄目だ」


 ギロチン氏は、首を振る。


「この剣を手に入れるために、私は手段を選ばなかった。

 その責任を、妻は願いによって清算しようとしたが、私が止めさせた」

「・・・・・」

「あの剣が叶えるのはたったひとつの願いだ。

 だが、たったひとつだけではまるで足りない。

 仮に妻の願いで我が子の髪色を変えたとしても、すぐにまた次の願いを叶えたくなるだろう。

 私の立場の回復か。その後我が子が病に倒れればどうだ。私が議会で敵対する貴族に貶められるかもしれない。遠征先で魔物に襲われることもあるだろう。

 その時はどうする?」


 誰か他の人に願いを叶えて貰う。

 そんなこと、出来るわけがない。


 誰にだって願いはあるのだ。

 取るに足りないような願いだとしても、それが叶うのなら、叶えずにはいられない。


 妻の命を助けたい。それがギロチン氏の願いだった。

 だが、そんなことを願う人間は、この世界にはごまんと居る。

 他人の願いを叶えてやる余裕が、どこの誰にあるというのだ。


 理不尽に抗うためにこの剣を頼っても、そんな理不尽は次から次にやってくる。

 人が死ねば、当然悲しい。

 それを避けたいというのは、人として真っ当な願いだ。

 だが剣にその人を救って貰ったとしても、次は救って貰えない。

 死んでいくのは一人ではないのだ。

 全ての人は救えない。

 なのに、次から次に願いは増えてしまうだろう。

 人の願いは、限りが無いから。

 ギロチン氏の言うとおり、たったひとつではまるで足りない。


「君はどうやら、この剣のことを知っているようだ。

 君が何を願ったのか、敢えて聞くまい。

 だがこの剣に頼っても、何も解決しはしない。

 この剣に頼るべきではない。

 たとえこの剣のような奇跡を持ってしても、この世の理不尽には、悲しいほど非力だ。

 自分の力で解決しなければ、何の意味もないのだ」

「でも、それでは・・・」


 自分の子を、見捨てるということか。

 この人は自分の子を、諦めるということか。


「何も私は、諦めているわけではないよ。

 ただ、理不尽には己の力で抗うべきということだ」


 椅子から立ち上がり、壁の剣に触れるギロチン氏。

 その目にあるのは、諦観ではなかった。



 時間は掛かるだろうが いつか必ずこの国を変える



 それは彼の願いじゃない。

 それは彼の決意だった。

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