第十四話 学園長ハイザラ
「いたか?」
「いや、あっちに逃げたんじゃないか?」
皆さんこんにちは。美少女魔法使いメイスです。
乗り合い馬車に揺られること3日。
私は今、青の国の首都にいます。
正確な位置はわかりません。
とにかく路地の影に隠れています。
「テロリストかもしれん。絶対に逃がすな」
「おい、人をもっと集めろ。しらみ潰しだ」
がっちゃがっちゃと鎧を鳴らしながら騎士たちが走り去っていった。
今日この街に着いたばかりだというのに、私は追われている。
・・・なぜだ。私は何も悪くないのに。
○
青の国の首都はとてつも無く大きな町だ。
三つある城壁の一つ目を越えると、小高い丘からその様を見渡すことが出来た。
いや出来なかった。
丘から見える残り二つ目の城壁の向こうは、もう首都の街並みだ。
ほぼ全てが二階建て以上の建物で、それが見渡す限りに並んでいる。
地平線まで続いているんじゃないかと思うほどだ。
太陽の光をあちこちの青い屋根が反射してとても綺麗だった。
なにもかも大きいが、通りも大きく取られていて、街の中を馬車がいくつも並んで走っている。
街の中央から城壁の門に向かって大きい通りが4本、東西南北に伸びており、それを囲うように環状道路が通っていた。
丁度青の国街道の縮図みたいになっている。
そして何より目を引くのが街の中央に鎮座するお城。
街の全容が大きすぎて、城はさほど大きくは見えないがとても綺麗な城だ。
シンデレラ城みたいだ。ここはネズミの国だったのか。だとしたら間違えた。ランドにはお酒が出ないんだよな。
その城の脇にあるのが魔法学園だろう。
お城を一回り小さくした建物に、この春から私が通うことになるはずだ。
こんな大きな街を見たのは初めてだ。テンション上がってきた。
最後の城壁の門を通って馬車から降り、ぐるり周りを見てみる。
この街に自分が住むのかと思うと、理由もなしに嬉しくなる。知らずあちこちキョロキョロ見渡してしまっていた。
田舎者まる出しだ。
「じゃ、ここで一先ずお別れだ。メイスちゃんなら一人でも大丈夫だよね?
住むところが決まったら連絡しておくれよ。僕はしばらく城にいるからさ」
フレイルとはそこで別れた。
街の入り口から城までは、直通の馬車が走っている。
それに乗れば城の隣の学園までもすぐなのだが、せっかく首都に来たのだ、いろいろ見ながら歩きたい。
なぁに、フレイルに心配されることもない。私は一人でも勝手に街をエンジョイ出来る。
あらためて見るとまず人の多さに驚いた。
街の入り口は広場になっていて、様々な人が忙しなく行き来している。
冒険者がほとんどだろうか。私と同じように今街に着いた人。これからどこかへ出かける人。待ち合わせた仲間を待つ人。宿を探す人。特に何もしていない人。他にも様々だ。
広場を挟むように建つ大きな建物は、冒険者ギルドとホテル。
冒険者ギルドにはひっきりなしに人が出入りしているが、ホテルの方は出入りが少ない。
宿ではなくホテルなのだ。
きっと高いんだろう。
露店の数も多い。
旅の行商人達が三国中から買い集めた商品を並べ、それをまた冒険者たちが品定めしていた。
興味津々で露店を見ていく。私は露店が大好きである。
武具を売る店。果物を売る店。飴細工を売る店もあった。他にも香辛料を売る店。綺麗な布地を売る店。珍しい酒を売る店。魔物の腸・・・・・、
・・・珍しい酒を売る店とな?
店に近づき覗いてみると、・・・わからねぇ。瓶にはラベルもなにも無い。
どんな酒を扱ってるんだ。
試飲とか出来ないのかな?
10歳じゃ無理か。
それかいっそ試しに何本か買ってみるか。
じつは私は、かなりお金を持っていた。
師匠が当面の生活と学費のためにと残してくれたのだ。
その額、なんと純金貨にして100枚。
およそ1000万円相当だ。師匠ありがとう。どこにこんな金隠してたの?
この内半分が学費に消えることになる。それから家を探すとなると家具など物要りだ。
あまり無駄遣いは出来ないだろう。
・・・・少しの無駄遣いは出来るかもしれない。
「おっちゃんおっちゃん。あちしお使いで来たんだけど」
「おう、父ちゃんのお使いか。えらいなぁ何にする?」
「えっとねーコレとコレー」
「よっしゃ、二つで金貨一枚だ。毎度アリ!」
「おっちゃんありがとー」
「またおいで~」
露店のおっちゃんに手を振って、ほくほく顔で道を歩く。
・・・・、
・・はぅあっ!?
今私、全然値切ってなかった!?
いや、ぼ~っとしてたっていうか、金貨一枚が普通に安いと思ってしまっていた。
大金を手にした途端これか!? これが金の魔力ってやつか!?
端した金などくれてやるってか!?
恐ろしい。このままいくと純金貨でもあっという間に使い切ってしまう気がする。
気をつけないと。私は重々気をつけないと。
それにしても酒が1瓶で銀貨5枚だと?
あのオヤジ、ボりやがって。どんな高級酒だというのだ!
さぞかし味もいいことだろうよ。
どれ、試しに呑んでやる!
○
その後のことは、あまりよく覚えていない。
ただ、街中を適当に彷徨った挙げ句、裏通りかどっかに入り込んだのだ。
そこで牢屋に入れられていく奴隷たちの行列を見たのは覚えてる。
「・・・それで? 酒に酔って中級魔術を連発した?」
「何にも覚えてないんです・・何にも覚えてないんです・・・えぐっえぐっ」
酔った私は、奴隷商会のビルを魔術で木っ端微塵にしてケタケタと笑っていたらしい。
騒ぎを聞いて駆けつけた兵士に話しかけられたところで我に返り、脱兎のごとく逃げ出したが、ほどなくして捕まって今に至る。警備の騎士達の詰め所に連れてこられ、尋問されているのだ。俺は悪くねぇ!俺は悪くねぇ!
何も覚えていない・・・。
ただ一つ私に言えることは、すごく気分がよかった!スカッとした!!
・・・いややっぱ言えない。言えやしない、言えやしないよ。
○
幸い(あれだけやって)ケガ人もいなかったらしく、暗くなるころには解放された。
私は幼女という立場を巧みに利用して事無きを得ようとしたのだが、どうもスパイかテロリストの容疑も掛けられていたようで、荷物を調べられた。
師匠の推薦状が、私の身分を証明してくれた。
師匠のお金も見つかった。破壊した建物の修繕費として、すべて持っていかれた。
・・・ダメだ、詰んだ。
あっという間にお金が無くなってしまった。
魔法学園に支払う学費も無くなってしまった。
・・・・師匠に合わせる顔も無くなってしまった。
というか師匠にバレたら間違いなく殺される。
一瞬師匠が死んでてよかったと思ってしまった。
クズすぎる。師匠ごめんなさい。
お金がなければ私はホームレスだ。
東の街に帰ろうにも馬車に乗ることも出来ない。
まさかの5年越しのストリートチルドレン?
エッジは強く生きているだろうか。
さもなくばフレイルを頼る?
騎士であるフレイルには遠からずこのことはバレるだろうが、それはあまりにかっこ悪い。最後の手段だ。まだ慌てるような時間じゃない。
・・・と、とりあえず雨風しのげる場所を探した方がいいのだろうか?
首都の道は街灯が整備されていて明るいが、私は暗澹とした気持ちでのろのろと歩き出す。
と、変なおじいさんに声をかけられた。
「・・・君が、メイス君かね?」
「え? あぁハイ私がメ・・・・」
・・・・・・、
・・・・師匠だ。
師匠がいた。
ダッシュで逃げる。
「え!?ちょ、待ちたまえ!! 君を迎えに来たんだよ!!」
「いやあああ!!!!おしおきはいやああああ!!!!極星皇雷はいやあああああ!!!!」
なんでこんなとこに師匠が??
化けて出たのか???ここはヘヴン???
今度こそ! 間違いなく!! 殺される!!!
間の悪いことに使える魔道具は全部背中のリュックの中だ。
取り出す間も惜しい。
走りながら、とにかく急いで詠唱し3秒で魔法を完成させる。
こんなに早口で詠唱できたのは初めてだ。新記録かも。
「…突風ゲぴぅっっ!!!」
「・・待てと言うに」
いきなり足を取られ、つんのめって石畳に鼻っ面を打つ。痛い。
土の魔術だ。地面の石材から手が生えて私の足を掴んでいた。
「あ、あぁわわわわわわ・・・・・」
いつもは速攻で雷魔術なのに、今日は趣向が違う。
動きを封じた後に、ゆっくりとトドメを刺すつもりだ。
せっかく詠唱した突風撃が不発してしまった。いまから新しく詠唱したんじゃ間に合わない。
リュックを放り出すように下ろし中身をぶちまける。
あった! ぶちまけた荷物から指の先ほどの小さな黄石を取る。
「大閃光!!」
魔力を叩き込んで放り投げ、目と耳を塞いだ。
光と音を出す雷魔術を手加減抜きで封じた黄小石だ。
だが攻撃力は一切ない。ただの目眩ましである。
要するにスタングレネード!
辺りを極光と轟音が蹂躙する。
ご近所様の迷惑を犠牲に、師匠を怯ませることに成功した。やった!!
その隙に、足を掴んでいる土の手を水魔術で溶かして脱出。
すぐに立ち上がり、荷物も構わずとにかく走る。勿体無いが、命あってのってやつだ。
「ぶっ!!!?」
が、すぐに壁にぶち当たった。
バカな・・いつの間にか道は土の壁で塞がれていた。
師匠が封じたのか? これでは逃げられない。
「・・・・とんでもない子だ」
師匠が・・、
師匠がスタン状態から立ち直り、ゆっくり近づいてくる。
あわわわわわわ・・・・。
魔道具はもう無い。
この距離では下級魔術でも詠唱は間に合わない。
少しでも距離を取ろうと土壁づたいに逃れるが、そんなことには何の意味もない。
すぐに角に追い詰められる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
万事休す。
私はもう、ひたすら謝罪を繰り返すしか出来ることがなくなってしまった。
「いったい兄上は弟子にどういう扱いをしていたんだ・・・」
師匠の手が頭を掴む。
・・・終わった。そう思って目を閉じた。
が、いつまでたっても私の頭は西瓜にはならなかった。
手は、私の頭を優しく撫でるばかり。
・・・というか、兄上?
「安心していい。私の名はハイザラ。君を傷つけたりしないよ」
「ハイザラ・・さん?」
ハイザラ。
聞いたことがある名前だった。
「ハイザラ学園長?」
○
当然だが、この人は師匠ではなかった。
師匠は死んだ、もういない。
青の国魔法学園学園長ハイザラ。
その名は師匠に何度か聞いていた。師匠の遺書にも書いてあった。
師匠が旧知だと言っていたが、まさか兄弟だったとは。
それにしても似てるなぁ。双子とかじゃなかろうか。
詰め所で尋問されてた時に、師匠の推薦状を見た騎士が連絡してくれたらしい。
兄の弟子がトラブルを起こしたと聞いて、学園長自ら迎えに出向いてくれたというわけだ。
師匠はもう何年も前から、弟子である私をいつか学園に入学させることを伝えていたらしい。そういえば何度か首都に出かけていたな。
それからというもの学園長は、春が訪れる度に兄である蒼雷のメイスの弟子が学園の門を叩くのを、今か今年かと待ちわびていたらしいのだが、
「・・・それで、兄上が残した金をすべて失ってしまったと」
「何も覚えてないんです・・・何も覚えてないんです・・・」
まさか名高い蒼雷の弟子が、こんなトラブルメーカーだとは思わなかったようだ。
本当に申し訳ない。
魔法学園の最上階。
道にぶちまけた荷物を拾うのを手伝ってもらった後、学園長室に案内され、これまでの事情を話した。
私にとっては騎士の詰め所での尋問と変わらない。
学園長は、師匠によく似ている。
何も服装まで似せる必要はないだろうに。
おかげでこちらは落ち着かないったらありゃしない。
あと気になるのが名前。
ハイザラさんか。
この世界の人は武器の名前が多い。
いままで会った人だと、メイス、フレイルは鈍器、エッジは直訳すると刃か、フランシスカは斧、ピルムはたしか槍かなんかだったはずだ。マスターの本名は何だっけ。
そしてここに来て、ハイザラ。
灰皿か? 火サスなのか?
武器というか、凶器じゃねぇか。
学園長はしばらく頭を抱えていたが、ふぅと一息つくと、
「残念だが、学費を払えないというのなら入学を許すわけにはいかない。
いくら兄上の弟子と言えどね」
残酷な言葉を私に告げた。
「・・・・そう・・ですか」
・・・・それはそうだろう。
落胆するが、私が悪いのだ。仕方がない。
師匠には申し訳ないが、…心底申し訳ないが、入学は諦めてフレイルを頼ろう。
だが学園長は、言葉を続けた。
「・・・しかし、君が学園に入学する方法は他にある」
落胆する私に、神のお告げにも似た救いの言葉が舞い降りた!
「ホントですか!?」
「うむ。君にその気があるのなら……」
「是が非でも!!」
「う、うむ」
私は師匠が残してくれた大金を失ってしまった。
師匠は自由にしていいとは言っていたが、このままではドブに捨てたも同義だ。
私が学園に入学出来るようにと、師匠はあのお金を残してくれたのだ。
どんな手を使ってでも入学出来ないと、申し訳が立たない。
お金を取り戻すことは出来ないが、学費だけでも払えるのなら、私は何でもします。
学園長は咳払いをひとつ。
「人を紹介しよう」
「人・・ですか?」
「うむ。かねてより計画があってね。
学園に入学したくとも、入学費用を払えない者を救済する取り決めだ。
議会の承認はまだだが、私の知人が、実験的に協力してもよいと言ってくれている」
詳しく話を聞いてみると、どうも学園長とその知人は、奨学金のようなシステムを作るつもりのようだ。
この国には魔道師が少ない。
高額の学費を払える者が少ないからだ。
だから余裕ある貴族に融資を求め、より多くの才能ある者を学園に入学させる。
卒業すれば、立派な魔道師だ。魔道師として働けば給金はかなりいい。
そして融資してくれた貴族に、自分でお金を返していくのだ。
このシステムの目的は、もちろん将来的な魔道師の増加。
魔道師が増えれば、魔道具や魔導器の生産率が上がる。医者も増える。
魔道具を作るためには材料がいる。医者が増えれば材料を集める人口が増える。
人口が増えればまた魔道師も増え、そうやって国の需給が増えていく。
狙い通りにいけば国力が上がり、いいこと尽くめだ。
そういう話が議会で提案され、今年くらいから実例を出してみようということらしい。
私にとっては地獄に仏だ。
断る理由は何も無い。
「まだまだ現実的な話ではないのだがね。
形式上その人が個人的にお金を借す形だ。君は借金を負うことになる。
なので君には学園に通いながら働いてもらうことになるね。
その人からは、出来れば邸で使用人として働ける者をと言われているんだが・・・」
「何でもやります。やらせてください」
「では決まりだね」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げた。
これで学園に入学できる。
胸を張って師匠の墓参りが出来る。
学園長は、師匠そっくりの豊かなヒゲを、これまた師匠そっくりの仕草で撫でながら笑う。
「・・・しかし、さっきの立ち回りは見事だった。
見たところ杖も無しに。
一手遅れれば捉え切れなかったかもしれん」
「あ~いえ、すみませんでした。いきなり逃げ出してしまって…」
「はっはっは、まぁ虚を付かれた気分だがね。
それを差し引いても大したものだ。
さすがは兄上の弟子」
ヒゲを揺らして笑う学園長。
…恥ずかしい。
いきなり逃げ出したのもそうだが、私は学園長に、ほとんど何も出来なかった。
「兄上の言っていた通りだ。
君は魔術を変わった形に使うのだな。
あれだけ大掛かりな魔術が光と音を出すだけなど、今思い出すと笑ってしまうよ」
「えぇまぁ、いろいろ作るのを鍛錬にしていたので。
師匠にはあまり褒められたことはないんですが・・・」
「兄上は、君にとってどんな人だった?」
「・・・・・・」
師匠は自分の兄弟や家族のことなど、何一つ私に語らなかった。
学園長は、死んだ兄のことをどう思っていただろうか。
「師匠の机には、学園長の著書がたくさん置いてありました。
『人に物を教える100の手順』とか『失敗しない弟子の育て方』とか『青の学園、その教育方針』とか、
何度も読んで、ボロボロになってましたよ」
「・・・そうか、あの兄上が、ね」
師匠は、頑なに弟子を取らない人だったという。
その師匠が弟子を取ったと聞いたとき、学園長はどう思っただろう。
私のことを弟に話すとき、師匠はどんな気持ちだっただろう。
「君のことを、気に掛けてやってくれと頼まれたよ。
あの偏屈の兄上が、
あれだけ見下していた私に、頭まで下げてね。
・・・私はこの魔法学園に席を置く全ての者の師だ。
君は兄上の弟子だが、この学園に入れば、私の弟子でもある
けして見捨てたりはしないよ。安心して欲しい」
君に教えられることは少ないだろうがね、と学園長は笑った。
それから少しだけ、師匠との思い出話をした。
学園長は、おおらかな人だった。
短気な師匠とは大違いだ。
こうして、私の魔法学園入学は決まった。
明日、学園長の知人という貴族に紹介してもらえるらしい。
フレイルに恥を掻かなくてよかった。ホームレスにならなくてよかった。
ばりばり働いて、がんばって借金を返そう。
・・・・純金貨50枚ってどれくらいで稼げるだろう?