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第百十二話 彼女は剣に願わない


 さぁ、


 それからのことを、ここで語っておこうか。





 鳥籠から解放されたフェニックスは、いずこかへ飛び去ってしまった。

 フェニックスを閉じ込めていた大窯は処刑装置でもあった。紅炎がいつでも中の魔物を殺せるように、もしくは永遠にここに閉じ込めておくために。

 初代フランベルジェが火の鳥を捕らえてから、それはずっと秘密にされてきたのだ。この秘密が露見することになればその前にナタが窯を作動させ終わらせる。ナタは現フランベルジェからそう命令されていた。

 大窯の処刑装置を作動させればケージの中身(・・)、鳥の火の羽は無くなる。そうなれば魔導兵器を量産することは不可能だ。

 私がやったことも結果は同じ。もう二度と魔導兵器は作れない。どころかその上ずっと閉じ込められていた最強の魔物が解放されてしまった。


 閉じ込められ虐げられる者の気持ち。私にはわかる。

 フェニックスは必ず戻ってくるはずだ。

 フランベルジェめ、怯えて暮らせ。

 いい気味だとでも笑っておこう。




 ククリさんとドクのことが心配だったけど、結局は騎士団で丁重に扱われていた。

 あのヒゲは捕まえたククリさんに何もせず、あとからサーベルの部隊の騎士たちと合流してドクも一緒に保護してくれていたようだ。

 そのまま戦場へ到着して白の戦士団と合流し、赤の国にみんなが揃う頃には、

 私はマスケット王に捕まえられていた。

 予定通り、この戦争は私が引き起こしたことになったのだ……。



 私は今、

 幽閉塔の最奥に投獄されている。

 赤の国の城砦都市を焼き、多くの罪もない人々を手に掛け、戦争を引き起こした罪を、

 永遠の時間、償い続けることになる。

 その身が朽ち果てようとも、魂すらも、解放されることはない。

 もはや誰に知られることも、誰の記憶に留まることも、ない。

 私の存在はすべてこの世から消えて無くなり、師から受け継いだ(わざ)も名も、虐殺魔道の罪も諸共に、

 永遠に、封印される。



 …………、

 ………………ことになっている。





 現実の私はというと、普通に家で暮らしているのだ。

 青の国の東の街の外れ、師匠と暮らした小さな家で。


 みんなとは手紙でやりとりしている。

 大っぴらに会うことは出来ないけれど、それでも時々会いに来てくれる。

 マスケットは赤の国で忙しすぎるようだけど、手紙の返事はすぐに返ってくる。国の事業として『鉄道』を発表し、蒸気機関車はもうすぐ完成するだろう。ドクが支えてくれているようだ。二人の手紙はセットで届く。

 ククリさんは戦士団に復帰したそうだ。ウルミさんと暮らしてるって。この二人の関係は気になるところだけど、ひょっとしたらそのうち訪ねて来るかもしれない

 そしたらショテルが居心地が悪いらしくハルペと一緒に訪ねて来てエッジに連れ戻されてた。エッジも改めてまた来るって。

 旦那さまと奥さまには第二子が生まれるそうだ。カトラスに弟か妹が出来る。……お祝いしたいけど、やっぱり手紙だけだな。オモチャでも作って送ろうと思う。

 フレイルとサーベルの間にも子供が生まれるそうだ。おめでたいことですね。

 学園長からも手紙が来る。正式にフランベルジェとなったナタが私の話をよくするみたいだ。私はもはやカタギでないので名前を口にすることも避けられるくらいなのだが、少しでも世の中の役に立ててもらおうと名前を伏せて魔術論文など送っている。

 師匠の魔術は、私の魔術は消えて無くなりはしない。

 私の名前は残らなくても、私はここで生きている。



 …………、


 ……そうそう、ナタといえば、

 あの後ちゃんと約束の勝負をしたのだ。


 でも結果がどうなったのかは、ここでは伏せさせてもらうとしよう。






「メイスこのアフロはちゃんと元に戻らないよ? まるっ焦げじゃないか。ナタ君は手加減をしてくれなかったのかな? もともとクセ毛なメイスの頭がアースウィンドアンドファイヤーだよ。クラーケンもっとお水ちょうだい」

「そこをなんとか頼むよ。死にかけの人間も全快にするお前の超治癒魔術で」

「無理に治すと十円ハゲができるよ。自然に生え変わるのを待った方がいいかな~」

『私に願えばたやすく……』

「却下」

「うん、これは負け犬の戒めとしてしばらくこのままにするのがいいよ」

「私は負けてない」

「負けたじゃないか。見てたよ。ねぇみんな?」

『うむ なかなかの見ものだった』

[ オレも 見ていたぞ ]

γはい 最後は わたしが 水を かけて 助けたのですγ

「……うん、ありがとうクラーケン。マジで助かった。そしてグラディウスあとで覚えてろ」


 ここがどこなのか。

 そんなことは些細な問題だ。

 重要なのはここに誰がいるのか。


「まぁクラーケンがいるなら海ってことは確定じゃないのかな?」

「いやいや、クラーケンは海ごと浮いて大陸を横断できるじゃないか。ここが海とは限らないしあとお前は地の文を読むな」

γまぁ ここは 海では ありませんがγ

[ ただの湖だ ]

「ちょっと黙って」


 こほん、ここにいるメンバーを紹介しておく。ちなみにナタはとっくに帰った。

 異世界漂流友の会。

 私と、

 グラディウスと、

 クラーケンと、

 アルラウネと、

 バジリスク、


 そしてゲストにもう一匹


「…………」


 鳥の形に燃える炎。

 フェニックスだ。


 どこかへ飛び立ったフェニックスは、やはり戻ってきた。

 約束をしたから、それを果たすために、今日みんなとここへ赴いた。


「さぁ、そろそろ頼むよグラディウス」

『本当にやるのか?』

「あたりきしゃりき」

『やめろ 本当に火で出来ているではないか フェニックスに触れさせるのをやめろ 確実に焦げる』

「…………アフロになればいいのに」

『剣がアフロになるか!』

「はいはいわかったわかった。みんな集まってグラディウスに触れてくれ」


 グラディウスを鞘から抜いて私が剣を構えると、アルラウネがそれに手を添える。

 バジリスクが巻き付き、クラーケンの触椀もくっついた。

 最後にフェニックスが先にとまって、準備が整った


 通訳のグラディウスを通せば触れているだけで言葉の通じない火の鳥とも会話が出来る。グラディウスが焦げる前に話を済ませよう。


『ギャギャギャギャ ひ久しぶりなんだぜ オレはお前えらをし知ってるんだぜ』

『俺もお前を知っている お前は石にならないが 土を掛ければ逃げ帰ったな』

『ボクも久しぶりだね。ドラゴンの村を燃やそうとしたとき。あの時は大変だったんだよ? 怒り狂ったドラゴンが自分の村放っぽり出して逃げた君を地の果てまで追いかけようと……』

「あれ? フェニックスってなんかヤラレキャラな感じ?」

『オレにそんなつ強い力らはない だからほ他の奴つらがう羨ましいんだぜ 妬たましいんだぜ』

『私は はじめまして ですね』

『…………イカ』

『どう しました?』

『……おま前のことは なんか羨やましくもないんだぜ』

『酷いことを 言われた気が します!』

「お前らテンション高いな」


 ひさしぶりに会う奴もそうでない奴もしばし談笑を楽しんでいるようだが、このままではグラディウスが焦げる前に私の手が火傷してしまう。柄がめっちゃ熱くなってきた。


「単刀直入にいこう。みんなにここに集まってもらったのは理由があるんだ」

『本題だね。フェニックスと約束があるんだよね~』

『約束は大事だ けして失われない 大切な物だ』

『メイス この人との 約束など 守らなくても べつに お腹は 満たされません』

「まぁまぁクラーケンそう言わずに……」


 フェニックスとの約束。

 この火の鳥を人間にする。そのためにグラディウスを使う。


『とうとう私の出番というわけだな!!』

「まぁそうだけど、もうちょっと待ってろグラディウス」

『なぜだ! 今すぐそれを私に願えばそれですべて叶うのだぞ!』

「……私はお前に願わないよ」

『……………は』


 グラディウスを使う。というのは嘘ではないが。

 私は剣に願わない。



『  なぜだ!!!!  』



 私は剣を使わない。

 剣を使って欲しい奴らが、目の前にいる。


「クラーケン、アルラウネ、バジリスク」

『はい』

『うふん』

『なんだ』

「フェニックスのついでにってわけじゃないんだけど、私はお前たちにも人間になって欲しいんだ」


 私は魔物たちに聞いてきた。

 人間に戻りたくないか。人間になりたくないか。

 クラーケンもアルラウネもバジリスクも、

 人間にはなりたくない。と答えた。


「私はずっと考えてたんだ。お前たちがどうしたら幸せになれるのか。どうなれば幸せって言えるのか……」


 永遠に生きることの出来る魔物たちは死を望んでいる。

 でも死ぬことが幸せなんて私は認められない。

 魔物たちは死なない限り生き続けるだろう。私がいつか生を終えたあとも。永遠に生きて、


 そして狂う。

 それを魔物たちは恐れている。


「考えたけど、無理だって思った……」


 永遠を生きることを望まない魔物の幸せ。

 私にはその答えがわからなかった。

 きっと人間である私には、永遠を生きる誰かの幸せなんて到底理解できるものではない。


「お前たちは人間じゃないから、人間の私には理解できない」


 だから。


「だから同じ人間になってくれれば、私にも理解できる幸せを一緒に見つけられるって思うんだ」


 だから魔物たちに聞いていた。

 けれどみんな、口を揃えて別に人間にはなりたくないって言うもんだから、私は迷ってしまっていたけど、

 フェニックスだけは人間になりたいと言ってくれた。

 永遠に生きて苦しむのは嫌だって、死ぬことも出来ないのは辛いって、


「お前たちが人間になってくれれば、人間として生きて死ぬのなら、もう狂うこともない。ただ死ぬわけでもない。私と一緒に生きて、私と同じに死ぬんだから、お前たち自身が自由に生きて自分で幸せになれる。お前たちは人間になりたくないかもしれないけど……」


 私が願うのは剣ではなく、魔物たちに願うのだ。

 私がそれを剣に願ってしまえば、それは魔物たちの自由ではなくなってしまう。

 奇跡の力で好き勝手に塗り潰すのはイヤなんだ。

 魔物たち自身に、そう願って欲しい。


「人間になって、私と一緒に生きてくれないか?」


 私からのお願いだ。


『メイスの 願いならば 私は異論ありません』

『どっちでもいいといえばそうだけど、そっかメイスと一緒に生きるってことになるんだね!』

『お前が言うのならば この姿も惜しくない』

『……………その後は』


 私の願いを、魔物たちは聞き入れてくれた。

 すんなりと人間になることを受け入れてくれる。まぁ最初から頓着はなかっただろう。


 ありがとう。みんな。


『その後にはちゃんと お前の願いを私が叶えるのだな?

 私が叶える最後の願いは お前の願いなのだな?』

「……いいや、お前も人間になるんだよ」


 グラディウスだって魔物だ。私は剣にも人間になって欲しいと思っている。


「そしたらお前は剣じゃなくなる。

 もう二度と、人の願いを叶えることは出来なくなる」


 お前が叶える願いはこの107番目の願いで最後だ。

 108番目の願いを叶えて消滅することは、無い。


『お前は元の姿に戻るのだろう? 元の世界に帰りたいのだろう? 私にしかそれを叶えることは出来ないのだぞ』

「そんなことはないさ」


 どんな願いも叶えてくれる。

 人の願いを魔法式に変え剣の魔力を使ってそれを成す魔道器。

 この奇跡の剣の力の正体は、魔王の魔術だ。

 魔王は、普通の女の子だった。


「お前なんかただの魔道具だ。神様の使いだとか宇宙の意志とかじゃない」


 人の作った道具なら、また作ればいい。

 魔王が普通の人間ならば、それは私にだって出来ることのはず。


「私が作ればいいんだ。お前と同じ魔術(きせき)を、私にだって作れるんだ」

『無理だ 無尽蔵の魔力があればこそ それは可能だったはずだ』

「べつに世界まるごとどうこうしようってんじゃないよ。私1人をどうこうするくらい、そこまで大きな魔力はいらないだろ?」

『…………』


 最初から私はそうするべきだった。最初からずっとそうだった。

 剣はたった一つしか願いを叶えてくれないから、私の願いは叶わない。

 私が叶えて欲しかった願いは最初に二つ。元の姿に戻り、元の世界に戻ること。

 どちらを選ぶことも出来なかった。いや選ぶどころか、願いはさらに増えていった。


 生きるほどに願いは増える。次から次へと望みが生まれる。

 一つだけの願いを選ぶということは、他の全てを諦める覚悟も必要だ。

 私は全ての未来まで切り捨てられない。


 たった一つを選べない私は、こんな剣なんかに頼ってはいけないんだ。


「魔物たちは人間になると言ってくれた。お前が納得しなくても、私一人でもそうするつもりだよ。何十年かかったって私に出来ることは全部やるつもりだ。私の人生を掛けて魔物たちを人間にする」

『…………』

「私自身のことも、自分でがんばる。肉体と性別を変化させる魔術を新しく生み出す。そして……」


 召喚魔術を、

 かつて召喚した人を魔物にしたという不完全な物じゃなくて、

 完全な召喚魔術を、私が完成させる。


「必ず元の世界に帰る」


 私の覚悟は決まってる。

 魔物たちの了解も得た。

 あとはこの剣だけだ。私はグラディウスにも人間になって欲しい


 だってグラディウスは、私を召喚した。

 それがグラディウス自身の願いだ。

 剣を抜いて欲しいって、自分を解き放って欲しいって、

 自由になりたいって思ったはずだ。


 そうだ、

 こいつがただの無機質な剣なら、私はこんなことを願わなかった。




『…………どういうことになるか わからない』

「うん?」

『私を含めて5匹の魔物を ひとつの願いで人間にできるか』

「何言ってんだ。お前たちはもともとは1人の人間だったんだろ?」

『元のひとつに戻るには足りない この世の魔物の全てがそうなのだ そしてすでに死んだ魔物も少なくない』

「無理なのか?」

『…………わからない』


 無尽蔵にも思える魔力があってもさすがに難しいか。

 でもそれはもはや問題じゃない。


 願うか願わないか。

 願いというのは本来そういうものだ。

 必ず叶うとは限らない。

 だけどどんな願いも、願わなければ始まらないんだ。


「お前はどう思うんだ?」

『…………』

「お前の願いは、どうなんだ?」


 私はグラディウスの願いの通りに剣を解き放った。

 ならば108の願いを全て叶えて終わるのが望みだったのか?

 それがたった一つの願いだったのか?


 人間になって、自由になれば、

 どんな願いも、いくらでも、自分で叶えられるんだぜ。

 そりゃぁいろいろと苦労もするだろうけどさ。

 なぁこの地の文だって全部聞こえているんだろ? グラディウス。


『あぁ 聞こえている

 私に触れてくれているお前の心の声が 私には全て聞こえている』


 お前の願いを聞かせてくれないか?

 私はお前みたいに、どんな願いも叶えてやれないけれど、

 一緒にがんばって叶えよう。


『私の願いは お前の願いを叶えることだ』

「それはダメ」

『冷たいな』

「お前だって私が最初願いを100個にしてくれって言ったらダメ出ししたじゃないか」

『そうだったな だが それが私の願いだ』

「そうか。私も100個じゃ全然足りないんだ」

『人間が自由だというのなら 私がそれを願うのも自由なはずだ』

「……あぁそうだ。そのとおりだよ」

『お前が私に願わないというのなら せめてお前の側で お前が願いを叶える手伝いをさせてくれ』


 ……うん。

 いいよ。

 ありがとう。



『ギャギャ やっとは話が終おわったか』

『時間は俺だけの物ではないが いい加減剣が熱い』

『それでは 剣に 私たちの 願いを』

『うん、グラディウスも心の準備はいいかな?』

『うむ 私もそれを願おう……』


 剣から手を放す。

 私は少し離れて、その様子を見る。

 グラディウスの言う通り、たしかにどうなるかわからない。

 まぁ叶わなくても構わない。

 どうなったって後悔はもうない。


 願わなければ始まらないんだ。

 これから全てを始めよう。

 私と、みんなで。



 アルラウネが剣を高く掲げる。

 バジリスクがそれに巻き付く。

 クラーケンが触手で触れる。

 フェニックスがその先にとまる。


 グラディウスが、みんなの願いを叶える。




『 それじゃあグラディウス 叶えてくれ 』




 これからみんなで始めよう。

 全ての願いは、きっと叶うから…………














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