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第百十話 お金の話

最後の方、直しました!(2/1

印象がかわっているかもしれません。



「……どうして許してくれたんですか?」


 大きな玉座に二人で詰めて、冷たい部屋で肩を寄せ合う。

 割れた眼鏡を拾い上げ治癒魔術の緑光が灯る。マスケットの顔面は私に殴りまくられヒドい状態だ。歯が折れたようで少し喋りにくそう。完全には治せないが、腫れと痛みは少しはマシになるだろう。


「私はメイスに、あんな酷いことをしたのに。絶対に許されないって思ってたんですよ? 私、ここでメイスに殺されちゃうんだって。それが当然なんだって思いました」

「あ~うん。私も許さないつもりだったんだけどさ……」


 私はマスケットを許さない。

 その言葉に偽りは無かった。

 さっきまで本気で殺そうと思っていた。


 ……………、

 ……まぁ、いつもの嘘だよ。


「私さ、殺してやりたいほど憎い奴がいたんだ」

「………いた、んですか?」

「大っ嫌いな奴。私を笑いながら奴隷に売るような奴。本気で腹蹴られたこともある。軽薄で最低でしかもロリコン。この手で殺してやりたいって思ってた」

「その人は?」

「うん。そいつ、死んじゃった」


 サイは死んだ。

 私を守って、死んだ。


「私の目の前で、血ヘド吐いて苦しそうに呻いて、死んだんだ」

「それで、メイスは?」

「……全っ然うれしくなかったよ。ていうかすごく悲しくなった」


 私をこんな姿にして、奴隷にして、

 最後は私に生きろなんてのこして、勝手で、嫌な奴なのに、

 私はサイが死んで悲しいと思った。

 たしかに、悲しかったんだ。


「私はたぶん、親の仇が死んだって喜べないんだなって思った」

「…………」

「一度そいつを勝負で負かしてやったことあるんだ。あのときは、嬉しかったなぁ」 


 つまり私は、相手をブチのめせればそれで満足なのだ。

 相手の死までは望んでいない。殺してやるなんて強がりだ。

 ドラゴンには悪いけど、私はずっと尾を引いている。

 私はそんなことを考えるほど強くなかった。


「マスケットを殴ったら憂さが晴れた。だから、もういいんだ」

「ヒドいですよメイス。 ……でも、ありがとうございます」


 私は、

 いつでも『許したい』と望んでいた。

 ずっと仲直りがしたいって、願っていたんだ。

 ただそのための、気持ちの整理だよ。

 気持ちが晴れれば、私はそれで良かったんだ。


「ドクに聞いたよ。マスケットにも事情があるって」

「……………」


 マスケットの事情。

 この世界に奴隷がいなくなると困る、事情。

 大した理由もなく黒髪の魔族を捕まえて牢に入れて鞭で打つ、私が最も忌むべき者たちの事情。

 ……商人の事情。


「メイスには、魔道師にはわからないことです」

「それを聞きたいんだ」


 マスケットは商人だ。

 青の国の大商会、その元締めである大商人カノーネの娘。

 その影響力、利権、既得権益は計り知れない。

 当然、しがらみなんかもあるだろう。たしかに私にはわからない。

 だから聞きたい。


「聞かせてよ。マスケット」

「……………そうですね」


 私は、知らなくちゃいけない。

 きっと想像している通りのことだ。

 私はずっとそのことばかり考えていた。


「私も、メイスに聞いて欲しいです」


 私はずっと、マスケットの話が聞きたかったんだ。





 魔道師は凄いですよね。

 魔道師はその魔力で、火を生み出します。

 風を、水を、土を生み、たくさんの魔道具を生み出すことが出来る。

 けれど商人は違います。


 商人には、何かを生み出すことは出来ません。

 商人はこの三国にあるものを、分け合うことしかできないんです。

 東の山脈で魔物に(ふた)をされて、この三国にあるだけの資源を分け合い、ゆっくりと消費していくだけ。



 魔道師にとって他の魔道師は、競い合うべき相手、敵であり友でしょう?

 商人にとって他の商人は、財産を分け合い助け合う家族なんです。


 三国にある全ての物は『数』が限られているから、

 私たち商人はそれに上手に値段をつけて、

 他の商人と分かち合う。

 家族なんです。

 それが奴隷商人だって変わらない。


 メイスにしてみたら、理解できないことでしょうね。

 メイスは魔道師で、奴隷だったんですから。


 奴隷の売買が禁止されたなら、奴隷商人たちは仕事を失い飢えて死ぬしかないんです。

 他の物を売買すればいい? ありませんよそんな()

 三国中の商人たちを纏めたってそんなゆとり(・・・)はありません。

 全ての奴隷がある日消えて無くなってしまったら、私たちは家族を助けられない。数に限りがある物をこれ以上分け合うことは出来ない。見捨てるしかない。

 そんなことは、あってはいけないんです。

 全ての麦がある日消えて無くなってしまったら、全ての山羊がある日消えて無くなってしまったら、私たちは家族を助けられない。

 一度それを認めてしまったら、次は自分が見捨てられる番になる。自分の本当の家族まで見捨てられてしまう。

 私たち商人は、そういう人間なんです。



 だから私は、剣にお願いをしました。

 ………馬鹿なことを、したんです。



 きっと王様にでもなれば、

 なんとかできるって思ったんです。

 商人たちには無理でも、王様が国を上げて支援すれば、売り物を失った商人たちを助けられるって。


 ……でもやっぱり、そんな余裕なんてどこにもなくて、

 それどころから私は、大変(・・)なもの(・・・)を、台無しにしてしまった。



 ……………、

 ……赤の国の王になってわかったことです。

 赤の国は、もう限界なんです。


 30年以内に全ての採掘場から鉱物資源が枯渇します。

 宝石が採掘できなくなる。魔道具が作れなくなる。

 赤の国の数少ない資源で、生命線なのに。

 土地の枯れた赤の国では物を売らないと他の国から食べ物を買えない。

 いくら魔道師がいたって、技術があったって、これじゃ……、



 ………、

 メイスは、私の前に赤の王だった人を知っていますか?

 私が剣に願ったあの時まで王だった人です。 


 前王は、

 大変な計画を進めていたんです。


 この世界に(ふた)をする存在。

 東の山脈を、魔物たちの巣を攻略する計画を。

 数々の魔導兵器も、元々はそのために造られたものなんです。

 宝石も、金も鉄も、水も、豊かな土地も、山を切り崩して掘り返して、

 赤の国は、数限りない資源を手に入れられる。


 そんな計画を、

 私が、台無しにしてしまった……。

 そのための資金を、商人たちのために使ったんです。


 私が王となったことで、前王は自ら命を絶ちました。

 紅炎フランベルジェも前王の計画を推進する者でした。

 あの人のことを、悪く思わないでくださいね?


 フランベルジェ老は、この国の未来だけを考えているんです。

 彼こそが、誰よりもこの赤の国を憂う人。

 フランベルジェ老は私を殺したくて殺したくて仕方がないでしょうね。 

 毎日短い報告を述べに来ては恨めしい顔で睨まれます。


 ふふ……、

 私が王になってひと月も経たないうちに、この城には誰もいなくなりました。

 それはそうでしょうね? 前王の意志を知る紅炎の魔道師と、経緯も知れず何故か(・・・)玉座に座る小娘。私には家臣の一人だっていない。


 この国の実権は紅炎が握ることになりました。

 私は王として、ここにただ座っているだけ。


 私は商人たちはどうにか救いましたけど、かわりにこの国の未来を潰してしまったんです。

 そして国の実権を握り紅炎が次に立てた計画が、青の国との戦争。

 この国が終わってしまう前に、他の国から奪ってしまうこと。


 いつかは宝石も鉄も採れなくなる。

 赤の国の枯れた大地では作物を育てることも出来ない。

 だから青の国の肥沃な大地が、



 羨ましくて


 妬ましいんですよ……。






 ……まぁ、ドクの言っていた通り。

 おおよそ私の予想の通りだ。この世界は私の知る世界とは違う。

 違いすぎる、異世界だ。


 何が違うって、狭い(・・)んだよなぁ……。

 東の山脈に封じられたこの三国は、世界が狭く閉じている。


 作物の育つ豊かな土地も、地下資源の眠る土地も、

 この狭い三国の世界は、人が繁栄するには(せま)すぎるんだ。


「……話してくれてありがとう、マスケット」

「わかって、くれるんですか?」

「ううん? 全然わからない」

「…………」

「やっぱり私は、奴隷商人を許せないよ。鞭の怖さは忘れられない」

「………そう、ですよね」


 私はこの世界が嫌いだ。

 奴隷商がいて、魔物がいて、

 たくさん人が死んで、

 許せない。



 けれどこの世界で出会った人たちが、私は好きだ。

 だから、

 この世界のことを、許したいと思っている。

 ずっとそう望んでいた。



 この世界のことを好きになりたい。

 それが私の願いだった。





「じゃあマスケット。お金(・・)の話をしよう」

「……………え?」


 問題は、だ。


 この世界の問題は土地の狭さ。

 魔物の巣となった東の山脈を越えられないことにある。


 マスケットが言うには、前の赤の王はその問題を解決しようとしていた。

 そしてそのための資金を、奴隷商人を救うためにマスケットが使ってしまった。

 クソッタレだが、お金はもう無い。


「ようするに、お金があればすべて解決するんだよ」

「……何だか身も蓋も無い言い方に聞こえます」


 そう、身も蓋も無い話だがお金さえあればすべて解決だ。


 魔導兵器をさらに量産し、遠征軍を東の山脈に派遣することだってできる。

 魔物を退け東の土地を開拓すれば、限りない資源が三国を潤してくれる。

 それだけじゃない。東の山脈の向こうにはさらに数ある国々がある。


「でもそんなお金、どこにも無いです」

「私が出すよ」

「ふざけてるんですか! 個人が所有できるレベルのお金なんて!」


 いいや、出せるんだ。

 実は私は、

 かなりお金を持っていた。


「財宝を見つけたんだ」

「え?」

「北の砂漠で蛇を倒してさ。そこで凄いお宝を手に入れたの」


 そう、私はすでに財宝を手に入れている。

 バジリスクが砂漠で守っていた秘密の部屋。あそこには千年前の地球人たちの、オレラと名乗った奴らたちの全てが収められている。あれを利用すれば巨万の富を得ることだって出来る。

 そしてあそこには確かにあった。

 『蒸気機関』の設計図が。


「この三国の物流に革命を起こせるような代物だよ。しかも馬も魔力もいらない。誰でも使える巨大な荷車なんだ」


 疲れれば働けない魔道師や馬なんかと違って、蒸気機関は水と火がある限り働ける。

 今の荷馬車に頼った物流より、ずっと速く大量に物を運べる。

 お金というのは、回転なんだ。

 物が早く流れれば経済もそれだけ早く回る。

 もちろんそうなれば、三国にある『物』なんかあっという間に無くなるけど。


「それでも足りないんなら、私の空飛ぶ魔道具をあげる」


 私には真空海月(シンクウクラゲ)がある。

 紅炎との闘いで燃やされてしまったし、グリフォンの爪を使うわけにはいかないけれど、

 もっと規模を大きくして、飛行船のように大きくて魔道師を数人乗せられるものならば特別な素材がなくても航空魔導器は造ることが出来る。

 私の魔法式と理論があれば、東の山脈を越えられる。

 山の向こう側の国々と『交易』が出来るようになる。

 この狭い三国に、新たな『物』をもたらすことが出来る。


 どちらも、どれだけのお金を生むか計り知れない。


「東の山の向こうへ行こう」


 私は、ずっと怖かった。

 違う世界の知識を、地球の知識をこの世界に放つのが。

 けどもういい。覚悟は決まった。

 私はこの世界が嫌いだから、別に壊れたって構わない。

 森を伐採し、山を切り崩し、この世界を蹂躙することで、大嫌いな人を助けよう。

 それで世界や人々が変わってくれれば、ひょっとしたら私は許せないことも許すことが出来るかもしれない。

 この『異世界』を、好きになれるかもしれない。


「私のとびきりの魔道具と財宝が生む利権を、全部マスケットにあげる。商人たちで上手に分け合ってよ。

 そのかわり……」


 マスケットには悪いけど、蒸気機関車も、航空魔導器も、

 まずそれを造るのに、お金がいる。


「……そのかわりに、マスケットはここで王様のままだ」


 三国中に鉄道を引くのは、国家事業になるだろう。

 それには王の権力が必要だ。


「戦争の後で大変だと思うけど、何とか頑張って欲しい。

 王様としての立場を回復して、国の事業として私の計画を進めて欲しいんだ」


 マスケットには悪いけど、

 ドクにも頼まれたことだけど、


「ごめんね。私はマスケットのこと、助けてあげられない」


 この戦争を進めたのは紅炎のフランベルジェだ。だけど王様に責任が無いなんて話にはならない。

 だがここに、城砦都市を破壊した虐殺魔道師がいる。


「この戦争は全部この私が仕出かしたことだってことにして、私を牢屋に入れれば何とか面目は保てるでしょ?」

「そんなこと出来ません!」

「フリだよ。フリ。

 いいんだ。私が虐殺魔道として歴史に残るだけなんだから」


 戦争の首謀者に私を立ててきちんと裁く。

 それで何とか、マスケットの首だけは繋がるはずだ。


 しかし不幸なことに、マスケットは剣の願いで王になった。強制的に玉座を降ろすことは出来ない。

 マスケットをこの冷たい玉座から救うには、剣に願う以外にないのだ。


「マスケット……」


 そして私は、それを剣に願わない。


「死ぬまで王として、働いて」

「…………酷いですよメイス」


 これは罰だ。

 私のことを裏切って鞭で打った、その仕返し。

 暗く冷たい玉座に、マスケットはこれからも死ぬまで閉じ込められる。

 永遠に。

 救いの手は無い。



 もう誰もマスケットの代わりに王様になったりしないし、

 他の誰も、きっと不幸にはならない。





「ごめんね。マスケット」

「……………………酷いです」


 無茶苦茶なことを言う私に、

 酷い、酷い、と、

 歯の欠けた声で、涙混じりに、




 マスケットは、笑ってくれた。


 とても晴れやかな笑顔だった。







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