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第百六話 金と忘我の…



 やっぱり無理な話だった。

 結果としてはそんなところか。



 必死に抗魔術を展開したけれど、私には紅炎の魔術を防ぐことが出来なかった。

 紅炎の魔術が、視えない。私は魔素を読み取り全ての魔術を見通すことで最適な抗魔術を使えるはずなのに、使われた魔術が何なのかもわからない。


 それは光だった。

 眩い光に目の前の世界を塗り潰され、瞬く間に私たちは燃え上がった。


 熱を遮断し酸素を消す真空の魔術。

 炎に溶かされ気化冷気で冷やす氷の魔術。

 火魔術の効果を文字通り消す反転魔術。

 およそ火属性魔術に対する抗魔術を思いつく限り、一瞬でそれだけの守りを展開した。

 でも相殺出来ない。いくらか減衰できたのか、それすらもわけがわからない。

 紅炎の魔術が、視えない。



 そして私はフレイルに抱かれている。

 とうとう燃え出した私の身体をフレイルが身を挺して庇ったのだ。


 着込んだ真空海月(シンクウクラゲ)も燃え焦げ、火傷だらけの私。

 そして私を庇ったフレイル。

 ………背中は、酷いものだった。


「ふ……、フレイル、背中が!」

「う…メイスちゃんは…大丈夫……?」


 苦しそうに呻くフレイル。

 こんなこと、私を庇ってくれたってもう仕方ないのに。

 もう、意味ないのに。

 もうこれで終わりなのに。


「治癒魔術を!」

「うぅ………」


 ダメだ。やっぱり治癒魔術で治せるレベルを越えてる。

 私の治癒じゃ、どうしようもない。


 また、

 たすけられない。


「メイスちゃん……」

「ごめんフレイル……ごめん、私じゃ、治せない…」

「どうして、メイスちゃんがここにいるの…?」


 フレイルを助けに来たんだ。なんて、

 この様で言えることじゃなかった。

 涙が出てくる。


「こんなとこまで来て…、ほんとに君は」

「うん、私は本当にバカだよ、本当に、ごめん」

「……………、久しぶりだね、メイスちゃん」

「うん……うん………」


 私は涙を流して、フレイルは笑った。

 背中の酷い火傷にじっとりと汗をにじませながら、敵地の只中で、こんな終わりの終わりみたいな状況で、フレイルは私に笑いかけてくれていた。


 フレイルと最後に会ったのは、いつだったっけ?

 家に来てくれたときは、私は居留守を使ってしまったから会ってなかった。

 フレイルは約束を守ってちゃんと会いに来てくれたのに……。


「フレイル、私あやまらなきゃ。

 フレイルが家に来てくれたとき、私居留守使ってた」

「うん」

「ごめん。本当は私、フレイルと話したいことがたくさんあったのに」

「うん……」


 本当は私は、

 ああ、そういえば、いつの間にか私の声は……、

 グレイブ先生の言った通り、本当に話したいときには嘘みたいに治るのだな。


 ………けれど違う。


「フレイルは、どうして結婚しちゃったの? 私の知らないところで勝手に決めて」

「……ええ? サーベルさんのこと?」

「嫌いだあんな奴。三回まわって『くっころせ!』とでも言わせてくれ。フレイルが」

「僕が殺されちゃうよ」

「それかフレイルが『この戦いが終わったら離婚するんだ』って言って」

「わけがわからないよ……」


 そんなことが言いたいわけじゃない。

 言いたいことなんて、ない。

 本当は話したいことなんて、私には無いんだ。


「私さ。赤の国の人たちに恨まれてるんだ。フレイルがこうして捕まったのも元はと言えば私の所為なんだ……」

「………メイスちゃん、一体何があったの?」

「………………」


 むしろ言いたくないことばかりが増えた。

 私がしてしまったこと。

 人を殺してしまったこと……。


 私がどれだけ血濡れ汚れてしまったのか、フレイルにそんなこと言いたくない。聞いてほしくない。

 サーベルは伏せておいてくれたみたいだけど、

 でも、やっぱり言わなくちゃ。


「…………赤の国の城砦都市を、壊滅させた」

「え…」

「………………人を、……いっぱい殺した」


 音をたててフレイルの服の一部が千切れた。背中から焼かれ燃え残った部分を私が気付かず強く掴んで、破いてしまった。

 フレイルは信じられないという顔をしているだろうけど、その顔を私は見ることが出来ない。


「メイスちゃんが、そんなことするわけ……」

「私がやったんだ。私がこの手で、城砦都市の人たちをみな殺しにしたんだ……」

「……………」

「私が……、うぅ…」


 フレイルの胸が涙で濡れる。

 私は泣いていて視界は滲み、それでも言わなくちゃいけないことを言う。

 私がしてしまったことを。

 私の罪を。


 みんな優しくってさ。

 私がしたこと、みんな知ってるのに、みんなそのことに触れてくれないんだ。

 ククリさんもドクも、サーベルもグレイブ先生も、

 だからきっと私は甘えて、

 口を閉ざしていたんだな。


「わたしが…わたしがみんなやったの……わたしが」

「……メイスちゃんが、そんなことするわけないよ」


 本当にみんな、

 フレイルも優しくて、

 私を優しく抱きしめて、


「ほんとうなんだ……ほんとに、わたし…」

「もし本当だとしても、メイスちゃんがそんなことするわけない」

「ほんとうにわたし……ころして…」

「そんなわけない。メイスちゃんがそんなこと出来るわけないよ」


 ボロボロと私が泣くものだから、フレイルの胸は涙と鼻水でグショグショになって。

 額を押し付け泣きじゃくる私をさらに強く抱きしめて、フレイルは私が人殺しなんかじゃないと、

 何度もそうやって、

 私の罪まで、抱きしめてくれるように。


 だから私はその優しさにつけこんで、フレイルにだけはそれを言いたいんだ。

 私は、悲しかったのだから。

 私の悲しみをわかってくれるのは、きっとフレイルだけだから。


「……マスターが、死んだんだ」

「……………え?」

「赤の国の奴らが魔物を誘き寄せて、東の街が襲われたんだ。それで酒場のマスターがやられて、私、ゆるせなくて……」

「そんな……マスターが…」


 こんなこと、言いたいわけじゃない。

 私が人を殺したのはマスターの所為ですなんて、言いたいわけがない。

 だから声にならなかったんだ。

 なんて言っていいかわからなかったんだ。


 私はただ、

 大切な人が死んでしまったことを、

 一緒に、悲しんで欲しかっただけ。


 ククリさんもドクもマスターのこと知らないから、

 フレイルしかこの悲しみをわかってくれない。


「だから、本当なんだ。

 私が殺したんだ。私は死んで当然で、ひとごろしで……」

「メイスちゃん…」

「わたし……わたし…ごめんなさい。

 ごめんなさい……みんな…ごめんなさい………」


 そこまでいって、もう言葉は出てこなくなった。

 泣いた。

 わんわん泣いた。

 あの優しい酒場のマスターは、死んだのだ。

 私は怒りに飲まれて街を飛び出して、いまさらやっと泣くことができた。

 やっとマスターの死を、悲しむことができた。


 涙は止まることを忘れ、せっかく戻った声は言葉にならず、

 気付けばフレイルも泣いていた。

 フレイルの涙が私の頬に落ち、悲しみと一緒に混ざり合って、二人をどこかへ沈めていく気がした。

 悲しいけれど、この涙が私の心を洗ってくれた。

 全てが終わるまで泣き続けられた。





 そのままどれだけ時間がたったか……。

 私たちの前に魔道師が立つ。

 黒いマント姿、ランタンをぶら下げた街灯のような杖。


「最後の別れは済んだかね? メイスの弟子」


 律儀に待っていてくれた紅炎フランベルジェが、杖を鳴らして終幕を宣言した。

 いよいよ終わりか……。フランベルジェ老は豊かな眉毛と髭に覆われた表情を変えないまま。かわりに紅炎の杖の中で燃える炎が揺らめくのがまるで私をあざ笑うかのように見える。


「忌々しい。これでメイスとの因縁もようやく終わるというのに、何の感慨も浮かばんとは……」


 ぶつぶつと独り言を呟く紅炎が、とうとうその杖を、鳥の火(トリノヒ)を私たちに向ける。


 終わりか。

 私の最後はロクなものではないと思っていた。こうしてフレイルと一緒に最後を迎えるなんて夢にも思わなかったけど、

 やっぱり、死にたくはない。


 そうだ死にたくはない。

 ここで終わりたくなんてない。

 フレイルにだって、死んで欲しくないんだ。

 私は。






『 ならば 』



 あぁ…、


 やはり、こんなときに、

 お前は私に語り掛けるんだな。



『 いまこそ お前の願いを叶えよう 』


 グラディウスは今の今まで(つえ)の中で沈黙を守っていたというのに、最後の最後で自分の責務を全うしようとする。

 私がこの世界に来たのは、こいつの所為で、

 私がこんな目にあっているのも、こいつの所為で、

 私の願いを叶えるのが、こいつの願いで、責任だから。


『 目の前の敵を屠るも 愛する者と共に命を長らえるも 』


 いいんだ、グラディウス。


『 死んだ者を蘇らせるも 犯した罪を消し去るも 』


 いいんだ。

 そんなこと、叶えなくていい。

 私は、お前に願わない。

 そんなこともうずっと言ってきたことだ。


『 ……元の姿に戻るも 元の世界に 帰るも 』


 そこまでわかってるのなら、言うまでもないだろ?

 たった一つだけの願いなんて、私にはやっぱり無いんだ。


『 …………… なぜだ 』


 そりゃぁ、死にたくないっていうのも本心だけどさ。

 お前にそれを願うわけにはいかないんだ。



 私は、

 お前にだって、死んで欲しくないんだから。



『 お前の願いを叶えなければ 私は 』


 お前はあと2つ願いを叶えたら、魔力を使い果たして折れる。

 魔王がお前をそうしたんだ。

 私の願いを叶えて、そして最後も、お前は誰かの願いを叶えるのだろう。

 そのとき、人の心を知る剣は、死ぬのだ。


『 だが お前の願いを叶えなければ 私は 意味を失う 』


 そうだな、この剣だけは燃えて無くならないように魔術で氷漬けにしておけばいいか。

 後は何とか、ドクか誰かの手に渡ってくれ。


『 私は 私は…… 』


 そうしたら、あぁ本当にこれで終わりか。

 私の全部がこれで終わり。

 何にも無くなったような虚無感が、私の心を染めていく。

 この先には何もない。

 私の未来も闇に消えた。

 もう、何も見えない。本当に何もないのだろうか。


 …………、

 ……ここで本当に、終わりなのだろうか?




 それは……いやだな………。



























 目の前に鎧があった

 金属の 飾り気のない西洋甲冑だった


 鉄のブレスト

 鉄のガントレット

 鉄のグリーブ

 鉄の鎧


 全身を隙間なく覆うフルプレート

 けれど その首だけが無い


「ここには何も無い」


 声が聞こえた 

 どこかで聞いた声だった


「ここには、何も無いのです」


 今度は違う声

 やはりどこかで聞いた声


「それは我らの抜け殻である」

「私たちはかつてその内にあった」


 この鎧を纏う者は居ない

 抜け殻ならば その内は空っぽなのか

 頭の無い鎧の首は 深い闇の(うろ)だった

 それを覗いてみる


 私が深淵を覗いてみるなら この(うろ)はきっと瞳孔だ

 目を見て話がしたかった


「お前はなぜそんなことを願う?」


 声の一つが私に問いかける

 私が持っているたくさんの願い


「お前の願いは詰まる所 他人の幸福だ」


 それもある

 誰かに幸せになって欲しいと思うのは間違いだろうか

 剣が折れるくらいなら 願わない

 それはおかしいことだろうか


「なぜなら我らは 救いを求めていない」


 そうか

 そうなんだろうな

 私は身勝手な思いで 他人の救いを勝手に決めている


「お前は それがどれだけ傲慢な願いか理解しているのか?」


 誰かの幸せを願っても

 自分を蔑ろにしてみても

 結局はすべて 自分自身の願い

 自分だけのエゴだ


 でも それでもやっぱり

 私はみんなに救われてほしい


「それをお前が願っても お前が思い描いた絵を押し付けるだけだぞ?」


 わかってる

 だから私は願えない

 私の願いが他人の世界を塗り潰す

 そんなことは間違っている


 でもさ


 みんな 剣に願ってたよ

 私がこんな姿で生きているのも そういえば誰かの願いだった


「ふん 当たり前だ 願いというのはそういうものである 剣など無くとも 誰でも世界を塗りかえることを望んでいる」


 鎧の中の闇を見れば その願いが確かにあるのだ

 私を変えたサイの願い

 私を助けてくれた奥さまの願いや マスケットの願いも

 抜け殻なんかじゃない 空っぽなんかじゃない

 今まで叶った106の誰かの願いが 全部この中に詰まってる

 思い通りに

 身勝手に

 好き勝手に

 世界を変えてしまったみんなの願いが ここにある


 ならば

 私も どんなことでも 願っていいのか


「そもそも良いも悪いも無い」


 ……だったら私は 全部が欲しい

 誰かの幸せも 私自身の幸せも 欲しい

 1つだけじゃ足りないんだ

 百個でも千個でも 無限に 永遠に 願いが叶えば


「………ふふん やはりお前はわかっているようだな

 わかっているのなら よいのだ」


 ならば どうすればいい?

 剣を折らずに願いを叶えるには


「どうとでもすればいい」


 そういって声は不敵に笑う


 気付けば声の主は私の目の前にいた

 小さなヒヨコの姿だった


 四つ足のヒヨコが クルルゥァ と笑う

 私の小さな小さな傲慢(わがまま)



「なぜならお前は 全てより優れているからだ」






 目が覚めた私は光の中だった。

 夢じゃない。ここは現実だ。

 さっき私とフレイルを焼いた、紅炎の火属性魔術の最終奥義。

 光が世界を焼いている。


 しかし今度は、私たちに傷一つ付けられない。


 燃え焦げた真空海月(シンクウクラゲ)の胸にある『爪』から魔力が溢れ出てる。

 私の周りを包むようにして現れた風の壁が、私たちを守っている。


 暴風と真空のミルフィーユ。流動する超高圧の空気の層と真空の層を重ねた合計40枚の無敵の盾。

 これが、風と傲慢のグリフォンの魔法。

 『四方結風(テトラアネモイ)

 私の意のままに私とフレイルを守ってくれる、鷲頭の獅子の魔物の力。


「これは……、メイスちゃん?」

「……少しだけ待っててくれ、フレイル」


 光が止んで、世界に色が戻ってくる。

 紅炎のフランベルジェが皺の濃い表情を歪ませている。

 私は、まだ終わりじゃない。

 やっぱりまだ終われない。



 私には、私の願いが見えている。


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