第百五話 魔術戦争
「兵士団本隊に突撃を掛ける。私が敵を引きつける間に君は空からフレイルのもとへ。
他の事には目もくれず前だけを見て最速で突き抜けろ。
君がフレイルを助けるんだ」
蒼剣サーベルが短く告げた作戦は、たったそれだけだった。
それでいい。私は騎士との連携などわからないし、作戦というものに単純さは美点だ。たとえどれほど無謀だったとしても。
成功の見込みが無い作戦は作戦とは言わない。
けれどわずかな希望はある。『蒼雷』の弟子と、『蒼剣』ならば、光明を見出すことは出来るはず。
何より、犠牲が二人なら最小限だと言い張れる。
私の武器である飛行魔導器真空海月。
杖を格納する大きなポケットには鞘が入っている。これが私の杖。私が扱う魔術を500ほども詠唱省略する。詠唱追加すれば派生魔術は無限大だ。
その内の100余りの風魔術は、ほとんどが真空海月のための飛行機動術。
鞘で突風撃を使い空を跳ねる、高く高度を取ったらスカートを大きく広げ揚力を発生させる真空膜を調節し滑空する。風を掴んで空中を滑るように進む。
滑空で高度が落ちてくればまた風魔術で跳ねて滑空を繰り返す。空気の海の中を泳ぐクラゲはこの通常飛行でも条件次第で早馬より速度が出るのだ。
風を受けて目が乾くのを堪えながら前を見ていると、地平線の先に見えていた黒い煙が近付いてきた。
すでに蒼剣サーベルが戦いを始めているのだろう。
ここからは戦闘飛行だ。
突風撃。これが全ての基本になる。
これは少量の魔力で効率良く大量の空気の塊を生み出し目標や私の身体を吹き飛ばすことのできる魔術である。効果範囲を限定し射程距離も犠牲にしているのでとても燃費のいい、私の十八番だ。
それを50発連続で行使した。
爆発的な空気で私自身を吹き飛ばす力が推進力となって、私の身体を加速させる。文字通り弾かれるように、空中を跳ねるように、
スカートを畳んだ矢のような飛行姿勢で、ほうき星が50回の加速を繰り返し、跳ね飛ぶ。
あっという間に地平線に到着した。戦場まで0マイルだ。
そこから見下ろす限り、兵士団の群れが見える。
あの重鎧の魔導兵器もいる。他にも見たことのない大型の魔導兵器も。
空から見ると隊列までがよく見て取れた。重鎧は緩慢だが確実に歩を進めようと数百体が規則的に並んで歩いている。その一体ずつに短槍のような魔道兵器で武装した歩兵が追従。さらに一定間隔で初めて見る魔導兵器があった。
四角い塔のような矢倉が自走している。高さは5m以上か。見た目は車輪の付いた箱。どういう機能を持つんだ?
大型の魔導兵器は重鎧も矢倉も相互サポートを前提としているようで、一体に対して数人の兵士が常に周りを囲んで歩を進めている。
四角い矢倉は装甲と車輪を付けて、馬も無しに自ら進んでいる。
動力を持った自動車。さしずめ『戦車』か。
その一つが、一人で戦う蒼剣サーベルに向けて火を吹く。
次の瞬間には、その矢倉は爆発して吹き飛んだ。
サーベルはたった一人で、圧倒的物量の兵士団を相手にしていた。
空を飛ぶ私は兵士団からよく見えるだろうに、奴らは私を見ていない。サーベル一人にほぼ全ての兵士が釘付けにされているのだ。
兵士が10人掛かりで女騎士に飛び掛かる。平地の白兵戦で1000対1も10対1も戦術にそう大きな違いはない。ぐるりと取り囲んだところで同時に攻撃できるのはせいぜい10人程度だろう。それ以上はお互いの干渉がある。
その10人の短槍の突きを、神業のような剣捌きで往なすサーベル。閃く片手剣は肉厚のブロードソードで、何の変哲もない剣が10本の槍と互角である。さすが剣技に於いて青の国の最強を謳う女騎士。刀身が光を反射する度に短槍が宙を舞い兵士が一人二人と吹っ飛んでいく。
白兵戦では埒が開かないと魔導兵器が筒先を向ける。兵士の槍が火の矢を放った。しかも前に見た単発式の物ではない。再装填無しで連発出来るようだ。
蒼剣サーベルはそれに対して、
「水壁」
水の壁を出す抗魔術を使い、難無く防いだ。
全身鎧の魔術式が詠唱を省略し、短槍の斉射を無効化する。間髪入れずに左掌が爆炎薙を吐き横一列の火砲隊列を殲滅し、石柱突がまた一つ矢倉の魔導兵器を破壊した。
爆発が戦場に音を響かせる。
やはりあれは鎧の形をしたサーベルの杖なのだ。
あれが青の国最強の騎士。
魔法を使う騎士。
それが蒼剣サーベルだ。
魔法学園を首席で卒業したという魔術の冴えが、一騎の戦力を何十倍にも底上げしている。その剣と魔術に、兵士団は全軍の行進を止められているのだ。
しかし魔法を使う騎士とは言え人間がたった一人で兵士団の軍勢を相手取ることは出来るのか?
蒼剣サーベルはこの語るのも馬鹿馬鹿しい圧倒的戦力差を前に戦いと呼べる蛮行を通すことは出来るのか?
普通、軍勢の進撃に圧倒されれば人間一人の士気などは消し飛ぶ。
戦う意志を失った者の戦力は0である。軍勢側にとってみればそこには何も居ないのと変わらない。虫のように踏み散らされるだけだ。それで軍勢の進撃が止まることは有り得ない。
けれどサーベルは臆さない。たった一人でも士気に陰りも見せない。ならば会敵する最前列の兵士は足を止め戦闘を行わなければならない。
そして足を止めたその兵士を、仲間の背中を、後続の兵士たちは踏み散らせないのだ。
結果兵士団の軍勢はサーベル一人を相手に足を止めざるを得ない。
先にも言ったが相手は万の軍勢でありながら今このときにサーベルを攻撃できるのは数人しかいない。しかし剣や槍などの武器を構えて囲んでも魔法を使う騎士を捕らえることが出来ない。
ならば魔導兵器の攻撃に切り替えるしかないが、火器を用いた集団戦法は白兵戦とはまるで別物になる。ぐるり取り囲んだ状態で火の矢を放てばサーベルが避けると味方に当たる。射線に味方を置けないから十分に相手を囲めないのだ。矢倉の魔導兵器の魔術も効果範囲が広くて味方を巻き込んでしまうから結局うまく使えない。
味方を下げて爆撃でもしてやればいいのになぁ。
……そう思っていたら重鎧の魔導兵器が光線魔術でサーベルを狙撃しようとするのが魔素の揺らぎで私に感じ取れた。短槍の波状攻撃を一時逃れ距離を取るサーベルが狙われている。
魔術が発現する前に、私の雷魔術が鈍重な鎧兵士を貫いた。
が、やはりあの魔導重鎧は抗魔術の装甲を備えているらしい。光線魔術はキャンセルされたが、重鎧の表面には焦げ目もつかない。
「 何 を し て い る !!!! 」
突如、戦場に怒声が響き渡った。
サーベルのよく通る声。空を飛ぶ私に向けられたものだった。兵士たちの相手をしながら空を仰ぐものだから短槍の一突きが兜を飛ばした。
サーベルの顔が露わになる。
雪みたいに白いはずの肌が真っ赤に染まり青筋まで立てて呼吸も荒い。表情は疲弊の苦悶に歪み滝のような汗が銀色の長い髪を澱んだ色に変えている。見るも悲惨な有り様が、露わになる。
当然だ。全身鎧を纏い多勢の兵士とたった一人で戦っているのだ。地獄のような消耗だろう。
なおも続く短槍の襲撃を剣一本で退けながら、魔術で矢倉を破壊し怯まず声を張り上げてくる。
「私のことなど目をくれるな!!ただ最速で前へ進め!!急げ!!」
………えらそうに。
せっかく助けてやったというのにそんな言い草はないだろ。素直に「長くは持たない」と言えばいいのだ。泣き言の一つも聞けるかと思ったが。
たしかに時間は限られている。サーベルは万の軍勢を留めることは出来ても、無限の体力までは無い。今は兵士たちと互角に立ち回っているように見えてもいずれ押し切られることになるのだ。
そして私が飛んでいられる時間も多くはない。グリフォンの爪の魔力は十分とは言えないのだ。
その前に私がフレイルに辿り着かないと。サーベルの言うことは悔しいが正しい。
魔導重鎧たちは再び兵士たちの壁に隠れ攻撃し難いサーベルから空を飛んで無防備な私に目標を変えたようだ。魔素の揺らぎが私を狙う幾数条の殺人光線を教えてくれた。数は10ほど。サーベルも魔術で牽制しているが、全てを引き付けることは出来ない。
光線魔術は秒速約30万kmの遠距離攻撃。それ自体も制御の難しい魔術だが、速さ故に防ぐのがとても難しい魔術だ。
難しい魔術ではあるが、しかし私からすれば得意とする魔術の一つである。無論弱点だって知り尽くしている。
まず攻撃が直線的すぎるということ。発動すれば一瞬で相手を焼くが、その前に素早く動き回る目標を精確に狙うのがほぼ不可能だということ。
そして、光線は霧の中で殺傷力を著しく損なうということ。
水濃霧を出す。
私の魔術で空中に発生した濃霧の中、複数の光線が水の分子に乱反射し周りが一際明るくなる。
外からは私の姿も見えないほどの濃い霧だ。敵が私を見失うのをいいことに、濃霧を追加しながら飛び進む。
重鎧の魔導兵器、主兵装はこの光線魔術だけか。魔術装甲にリソースを割いて攻撃に回す魔力が限られているのかもしれない。これも弱点だな。
「…………!?」
魔素が揺らぐ。
火属性。爆炎系だ。大砲の魔導兵器か?
あれは接触によって爆発する魔術の榴弾だったはず。空飛ぶ小さな的である私には当たらないはずなのに、爆発の効果範囲が私の身体を包み込む未来が見えた。
すぐに機動制御の風魔術でその場から飛び退いた。急激な風が私を真横に飛ばすが同時に濃霧まで吹き散らす。
そこへ飛んできた特大の火の玉が爆発した。
濃霧は完全に掻き消え、私が今いた場所が四散する炎の奔流に飲み込まれた。逃れた私の頬を高熱が撫でる。冷や汗が噴き出た。
余波で体勢が崩れるのを立て直しながら眼下を見やる。
魔術の榴弾を発射したのは、またも矢倉の魔導兵器だ。
サーベルが引き付けきれないいくつかの矢倉が、私に向けて魔術を展開しようとしていた。
さっきの爆炎の他にも、石の矢を大量に飛ばすもの、氷結をもたらす散弾、広範囲の雷魔術、数は多くないがバラエティに富んでいる。
矢倉は全て同じ見た目だ。
どんな魔術が飛び出すかわからないビックリ箱か。
中空の私の位置に合わせて炎弾を爆発させた。おそらく魔道師が中で追加詠唱を行っているのだ。
などと冷静に分析している暇は無い。
数秒後にはその魔術が私の命を吹き飛ばしてくれそう。
ならば、
やはり使うしかないだろう。
私は、意識を、
蜥蜴の翼に、
心には、マスケットのことを、
想う。
それだけでいい。
想うだけで、
爆炎の大玉、大量の石の矢、氷の散弾、雷の閃光、
私の周りに現れた雷が磁界を形成し、内側に入るそれら全ての異物を小さな雷が弾き返した。
ドラゴンの力で意のままに雷を操る。
私は、もうこの杖を使えるぞ……。
ドラゴンの力が私の思い通りに雷を落とす。
杖から魔力が溢れてくるのを感じる。
城砦都市の時と同じだ。私が殺したい奴を殺してくれる。
私を狙うもの以外まで含めて30ほどの矢倉の魔導兵器が雷に貫かれて沈黙した。
稲妻の轟音が戦場に響く。私は兵士たちの目に怪物として映っているのかもしれない。
真空海月の揚力ももう必要ない。私の身体は展開した磁界で浮かぶ。上下左右縦横無尽。こうなるとクラゲというよりUFOだ。
重鎧たちの光線魔術も私を捕らえられない。
私はあの時と同じに、紫電の槍を生み出した。
3本の破壊雷。
完成形の、魔界雷。
弓が撃ち出す死の稲妻は抗魔術装甲を突破できるのだ。
「……………」
殺したい奴を、簡単に殺せるドラゴンの力。
発射された紫電の槍が光の速度で魔導重鎧を撃ち抜いて、音だけで鼓膜を突き破るようなスパークで重鎧の脇と腕の間を正確に穿つ。
轟音と閃光の後に重鎧は大きく装甲を削られ、刻まれた魔法式が欠損して完全に動かなくなった。
3mはある巨大な魔導鎧。
中から一人の兵士が這い出て、情けない声を上げて逃げて行った。
……そうだ。
今は兵士を殺すことが目的じゃない。私の身体は言うことを聞いてくれている。
このまま、フレイルのところまで………!
「………!?」
がくん、と高度が下がる。
真空海月を浮かす磁界が弱まった? 杖からの魔力がさっきより弱い。
いや、杖に喰わせる私の怒りが弱まったのだ。
私はフレイルを助けたいだけなのに、
私の怒りは、暴れられれば何でもいいのだ。
蜥蜴の翼を使っても、そう長くは戦えない。
落ちるクラゲを制御して何とか落下を止めると、もう高度は10mも無かった。数体の重鎧たちが私を取り囲もうと集まってきている。
もう一発。魔界雷を撃ち出し牽制を掛ける。当たれば跡形も残らない閃光が離れた地面を抉って消した。
音に怯んだ兵士どもは動かないが、いよいよ私の魔力の底が見えてしまう。
けれど、ここまで進めれば十分だ。
サーベルが半数の兵士たちを引き付けたおかげで、私は攻撃の合間を縫って確実に進むことが出来た。兵士団全隊の半ばよりさらに後方まで、深く入り込むことが出来たのだ。
ここからなら十分届く。
さらにもう一度。
紫電の槍の弓を再度生み出した。
収束した雷で形成するレールガンの弓を、空に向けて大きく構える。
まだ言うことを聞いてくれ、ドラゴン。
私を包む磁界を操り、出来るだけ小さく細く形を変えて、
私の身体ごと、紫電の弓に番えて、発射した。
○
電磁弓は発射の瞬間には音速を超える。力加減は大事だ。
ギリギリまで威力を下げた電磁発射台で射出された私は身体がバラバラになる錯覚とブラックアウト一歩手前の急激なGで意識がトびかけた。
視界が回復するころには、私は兵士団の隊列を飛び越えて、
高々度から、赤の国の後方部隊の集団を見下ろすことができた。
重鎧たちも矢倉もいない。魔導兵器を持つ兵士たちの姿もない。
物資を蓄えた馬車がたくさん見える。兵士団陣営の本丸だ。
そして目を凝らすとその集団の真ん中に、
後ろ手に縛られ、ひざまづかされたフレイルが居た。
……やっと、見つけた!!
勢いそのままに、自由落下で急降下。
「フレイル……フレイル!!」
みるみる近付いてくるフレイルが私に気付いた。
魔術で風を操りながら、まっすぐにフレイルに落ちていく。
「メイスちゃん!?どうして……!?」
地面に降りる瞬間に一度クラゲが小さく跳ねて、とうとうフレイルに辿り着いた。
やっと会えた。フレイル。
本当に、本当に久しぶりだった。
懐かしさすら感じるフレイルは何も変わっていなかった。
鎧は剥ぎ取られ剣も奪われ、少しケガもしているようだったけど無事だ。こんなケガすぐに治癒魔術で治せる。
私がここに来たことに驚いているけど、今はそれよりここを離れないと。
「どうして君がこんなところにいるんだ!!メイスちゃん!!」
「話は後だフレイル!!私に捕まって!!」
魔術で縄を焼き切り、フレイルと共に真空海月を飛ばす。
魔力は少ないけど無理をしてでもさっきと同じ方法でここを離れないと。
電磁発射台。私とフレイルごと出来るだけ遠くに撃ち出す。
蜥蜴の翼に意識を集中して、今一度紫電の弓を………、
「 鉄柱突 」
が…………!??
魔術の鉄針が地面から生えて、
私の雷弓の先を掠めた。それだけで、紫電は鉄針を通して地面に吸収されてしまった。
「せっかくこうして君を待っていたというのに、そう急いで帰ることもあるまいよ」
後ろを振り返ると同時に、今度は火の粉がちらりと舞って、
私の着込む真空海月が、ごうと燃え上がる。
「メイスちゃん!!!!」
「ふん、空を飛ぶ魔道具か……」
突然の攻撃に半狂乱で水の魔術を行使。
服が燃えるのは鎮火出来たが……、
「……忌々しい」
三大魔道師の一人。
紅炎のフランベルジェを前にして、
真空海月を、失ってしまった。
もう……、飛べない…。