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第百四話 蒼剣サーベル



 冒険者たちの最後の一人がようやく倒れると、この場での戦いは一先ず終わった。

 小隊の騎士たちは皆息を整え次の戦いに意識を集中させているのだろう。その騎士たちに指示を飛ばしているのは、まぎれもなく蒼剣サーベルの全身鎧(フルプレートアーマー)だ。


「……なぜ、来てしまった」


 アーメットヘルムの内側からくぐもった声が漏れた。


「ここは出口の無い地獄だ。君たちがいていい場所ではない。すぐに戻れ」


 ヘルムの細いスリットの中には、絶望と戦う眼が光る。

 戦場で戦う人の眼。ここにいる騎士たちは、みんな同じ眼をしていた。


「それは、もう出来ないんだよね~」

「ええ。僕たちはもう引き返せないんです」


 ここは戦う騎士の場所。

 でも引けない。私たちはここに戦士の犠牲で立っている。

 馬車から降りる面々にククリさんの姿が無いことに、蒼剣サーベルも気づいたようだ。


「そうか。やはり我が騎士団の団長は……」


 すべてを察したかのように肩が落ちる全身鎧。ヘルムの奥から溜め息が聞こえた。

 この人もあの団長の下で色々と苦労があるのかもしれない。




 蒼剣サーベルの小隊が戦っていたのはやはり冒険者の団体だった。

 夫の危機に軍規を投げ捨て駆け出したサーベルに着いてきてくれたという騎士は8人。たった9人の小隊でフレイルを救出しようと、まずは東から回り込んで敵本陣を偵察しようと隊を進め、その冒険者集団と鉢合わせたらしい。

 冒険者たちは赤の国に雇われ戦争に参加していた。東の街でのこと、もう隠すつもりもないのか。いやそれくらいいくらでも言い訳が立つのか。

 冒険者というのは法の外際に住む自由な存在だ。いい人もいれば悪い人もいる。どんな仕事でも誰かがやるというのが冒険者という括りの人々だ。


 ドクとグレイブ先生が負傷した騎士の傷を診る間に、まだ息のある一人を手早く尋問して色々と喋らせた。

 10人規模の集団が、そこいら中(・・・・・)にいるらしい。

 統率力の低い冒険者など隊列を組んだ騎士の陣形の前には無力だ。冒険者は日銭を稼ぐために剣術を磨く暇はなく練度にバラつきが目立つ。対して騎士は定期訓練をみっちり行っているのだ。

 普通なら、そんな分の悪い仕事を冒険者は受けない。

 普通でない要素。冒険者はよく訓練された『魔物』を連れていた。

 赤の国では魔物を飼い馴らす。タマハガネも品種改良された魔物らしいし、戦闘用のものがいても何ら不思議ではない。冒険者たちはこの魔物たちを盾代わりに命の保障としたのだ。報酬もすでに前払いされているそうだ。

 これも赤の国の準備。さすがに騎士団でも人と魔物を同時に相手にする訓練などしていなかったし、訓練しようがなかった。


 魔物は、

 『大虎狼(タイガーウルフ)』という魔物に似ていた。


 赤の国はこの戦争に勝つ。そのための準備は十二分だ。戦闘用の魔物だって実戦は済んでいる。

 ただそこには懸念が一つだけあった。

 蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)を持つ蒼雷のメイスの弟子。つまり私だ。

 怒りを無限の魔力に変える杖の存在を紅炎は知っているはずだ。その杖を持つ魔道師を怒らせてしまった。本当なら東の街のことは、私が北の砂漠に行っている間に終わらせるはずだった。

 私の真空海月(シンクウクラゲ)が全ての予定を狂わせた。


 赤の国は今、私を狙っているらしい。

 私だけを脅威として警戒しているのだ。こんな小娘を。

 だから罠を張って待ち構えているのだそうだ。

 フレイルを生け捕りにしていれば私は必ずそこへ行くと、

 私が何を考え何を大切に思うかは紅炎にもわからない。そんなこと知っている人間は赤の国には居ない。

 マスケット以外は。


「……それが君の力か」


 蒼剣サーベルと二人で話す。

 といって私は喋れないが。この人が二人きりを所望したのだ。


 兜を脱いだ銀髪の女騎士は私の()が気になるようだ。蒼雷の雅杖とも呼ばれる蜥蜴の翼(トカゲノツバサ)。青の国の至宝。

 私の怒りを喰らって魔力を吐き出す。今も新しい事実を聞いて溢れんばかりの私の怒りを魔力と一緒に増幅している。


「それで城砦都市を焼き払ったのだな」


 その通りだ。言い訳は無い。

 正しく私は人殺し。許されざる者だ。

 今絶賛の世界一死ぬべき人間だ。


 その私がどの面を下げてでもフレイルだけは助けたい。

 邪魔する者がいれば、きっとまた、殺す。


「…………」


 もの言わぬ私の眼だけを見て、蒼剣はとうとう意を決したか、


「君はフレイルのことを、好いているのだったな」


 いきなり、急に、そんなことを言い出した。


 不意打ちに口が開いた。間抜けのように。

 次いで顔が赤くなる。

 意味が分からない。今はそんな話をしていなかったはずなのに。この人は何を考えているというのか。


「赤くなることはない。そこまで業を背負ってもフレイル一人を助けるためにここまで来たのだろう?」


 ……それは、そうだが。


「君のことは、フレイルからよく聞いている。本当に喋るまでもなくわかりやすいのだな。

 ああ、あいつはいつも君のことばかり話すからな。君がフレイルをどう思っているのかも、話を聞いているだけで伝わって来たものだ」


 長い銀髪を指で耳に掛け、サーベルは微笑む。

 この人はフレイルのことを話すときは笑うのか。


「私はフレイルを愛している」


 脱いだ兜を両手で弄びながら、

 目を瞑り、歌うように宣言した。

 しかし次に目を開いた時には、厳しく鋭い眼光を帯びている。


「私はどうしてもフレイルを助けたい。たった一人でもだ。

 だが私一人の我儘に着いて来てくれた愚かな部下たちを巻き込むことは出来ない

 救出作戦ももはや絶望的だ。隊はここで撤退させる」


 周りには魔物を連れた冒険者たちが無数に徘徊している。

 それが無くても、兵士団本隊に捕らわれているフレイルを助けるのは限りなく不可能に近い。

 成功の見込みが無い作戦は作戦とは言わない。


 これ以上は、

 ただの『自殺』になる。


「私はフレイルと共に死ぬ覚悟がある。

 今から一人で抜け出すつもりなのだよ。部下に見つからぬよう、こっそりとな。

 ドク殿とグレイブ殿を守るよう言ってあるから、すぐに私を追っては来れないはずだ」


 この人はその自殺をするつもりなのだ。

 フレイルの居ない人生に未練など無いというように。

 けれどその眼は死んでいない。絶望と戦う者の眼だ。

 その眼がまっすぐに私を見ている。


「君には逃げる機会も与えたが、君はここへ来た。

 何度でも君は来るのだろう。部下たちでは力ある君を止められないだろうな。

 ならば私とともに、来るか?

 同じ男を助けるために」


 出口の無い地獄への、自殺。

 それに私を誘うのは、私の力が本物だからだ。

 別に本当に死ぬつもりではない。本当の本気でフレイルを助けるつもりなのだ。それをやるだけの力がこの人にはある。

 そして、私にもその力があることを認めている。


「君もドク殿やグレイブ殿を巻き込むのは本意ではないだろう? 君の眼は饒舌だ。やはり君の眼は人殺しなどの眼ではないよ。

 フレイルの言う通り、私と君はどこか似ているようだ」


 フレイルの話で、また微笑む。

 本当に愛しそうに笑う。


「強がりで意地っ張りで融通が利かない、だそうだよ」


 青の国騎士団副団長。

 最強の騎士『蒼剣』サーベルは、そう言って、

 強がるように、笑って見せた。





 荒野を鎧騎士の駆る馬が走り抜けた。

 それを見た小隊の騎士たちが騒ぐが、どこか「あぁやっぱり」という雰囲気が感じ取れる。

 私は真空海月(シンクウクラゲ)を纏い、(つえ)を確認する。すぐに飛び立ちサーベルに追い付かないと。


「メイス!」


 そこをドクに見つかってしまった。

 面倒なことになる前に、(つえ)の魔法式でもって十全な性能となった飛行服を浮かべる。


「止めはしないよ。けれど彼は連れて行くんだ!」


 私が飛び立つその前に、ドクは持っていた物を放り投げて寄越した。

 陶磁器のように白い刀身。思い切り投げてきたので思わずその剣を受け止めてしまった。


『私を持ってゆけ』


 お前が居て何になる。

 ドクと一緒にいればいいのに。


『私はお前の願いだけは 叶えなければならない』


 だから、

 私はお前なんかに願わないよ。


『それならそれで構わん だが お前の近くには置いておけ

 私はお前の願いが叶うのを ただ見届けることにする』


 本当に着いてくるつもりか。

 こうしている間にも蒼剣サーベルとの距離が開いてしまう。すぐにも飛び立たなければ。

 ポケットの(つえ)に剣を収める。

 (つえ)はポケットの中でベルトに巻かれ、そのベルトは雨傘の骨のように真空海月(シンクウクラゲ)の内側に張り巡らされ、私の身体と繋がっている。


『それでも叶わないというのなら……』


 ちゃんと剣の声は聞こえた。

 最後にはやはり自分を使えと言う剣に、心で告げる。

 使わない。

 願わない。

 お前なんか必要でないと言ってやる。


 それでもいいなら、もう好きにすればいい。

 ………グラディウス。


 (つえ)の魔法式を起動して一気に上昇。

 心の中でドクにも別れを告げて、弾かれる様に荒野の空を飛び出した。





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