第百三話 奇跡の秘密
「全ての戦士は、有事に女王から魔道具を与えられる。全ての戦士がそう言うことになってるけどね~。
本当はそんな数の古代魔道具があるわけないんだよね」
走る馬車の中で、グレイブ先生が教えてくれる。
先生は元々白の国の魔法士で、戦士の戦法も、その秘密も、全て知っていた。
女王が戦士に与えるという強力な古代の魔道具は、エッジが持つ物を含めてたった3つしか存在しないのだそうだ。
「あんなのが何百もあったらとっくに白の国が天下取ってるさ~」
つまりそれは白の国の戦力を大きく見せるための嘘。
なんだ、この世界だって嘘ばっかりなんだな。
そして真実を知った今、ひとつの絶望的な事実が浮き彫りになってきた。
騎士団は白の国の援軍を大変期待していた。
しかし戦士の強さは、決して嘘などではなかったが、
戦局を覆すものではなかった。
「先生、何故ククリさんを一人で行かせたのですか? 先生はどうするつもりかわかってたのですよね?」
「そりゃぁ僕は魔法士だし、ククリちゃんは戦士だしね~。戦士の意図を察して行動する訓練を僕も受けてる」
「どうして!!」
「あれが白の戦士の戦い方なんだよ。いざとなれば命をも武器にするから、騎士や兵士よりもずっと強くなれる」
「……ククリさんは、どうなるんですか」
「まさか殺されはしないと思うけど、まぁただでは済まないだろうね」
ククリさん、今度は良い扱いを受けられないだろうな。
ドクとグレイブ先生が黙ると、馬車内が暗い雰囲気で埋まる。重い沈黙が荒地を急ぐ馬車の揺れに混ぜられるようだ。騎士団からは追っ手も掛けられているだろう。良い要素が一切存在しない。
「……メイス、グラディウスが話したがってる」
ドクが持ってくれている剣が何か言っているようだ。
どうせ願いで解決してやるだの言うつもりだろう。状況は絶望のどん底。フレイルを助ける望みだって薄い。正直奇跡に頼りたくもなる。
それでも私は首を横に振る。その剣には触れたくないのだ。
「………メイス」
……そんな目で見られたって、私はそんな剣なんかに何かを願うつもりはない。
もとはと言えばそんな剣があったからこんなことになってしまったんだ。マスケットが王となったのだって、その剣の力ではないか。
少しくらい、反省すればいい。
「メイス。君がグラディウスに何を思ってそんな態度をとるのかはわからないけれど、もうそんな場合じゃないと思うんだ」
そんなことわかってるよ。
でも、その剣はダメなんだ。
その剣だけは……、
「フレイルが死んでしまうかもしれないんだよ?」
その剣に頼れば何とかなる。そんな考えがそもそも間違っているのだ。後に残るのは望みとは違うものかもしれなくて、奇跡には依存性があるというのに。
だからその剣は危険だというのに。
ドクから剣を取り上げた。
触れればこの剣は私の心を見透かしてしまう。
心を、底まで暴くのだ。
『私は 人の心を覗きたいなどと思ったことはない』
知ってるよ。ただの剣が。
それは魔王がお前に取り付けた機能だ。
否応なくそうするのがお前という剣だ。
『私はただ 人の願いを叶えるだけだ ……それだけだ』
じゃあなんでドクの願いを叶えない?
いいから、もう黙っていろよ。
『それでもお前を召喚したのは私だ 私は お前の願いを叶えなければならない』
責任でも感じて、意地でも私の願いを叶えるつもりか。
それはもういいよ。私はお前には願わないから。
私の願いはドラゴンが叶えてくれたよ。
これからも蜥蜴の翼が叶えてくれる。
私の怒りが、きっとたくさんの人を殺す。
私は、
そんなことを願う人間なのだ。
『お前には もうそんな怒りは無いのだろう』
…………………だったらなんだよ。
言っておくが、私の目的はマスケットへの復讐だ。それをドラゴンは叶えてくれると言った。ドラゴンは私の怒りから願いを掬いとったのだ。
お前はどうだ?
『私はどんな願いでも叶える』
そうだよ。お前はどんな願いでも叶えてしまう。
お前だって魔物だ。ドラゴンが怒りを喰って魔力を吐くように、お前は人の欲望を喰うのだ。そうやって無尽蔵の魔力を生み出す。
魔王が生み出した『奇跡の魔術』とは、お前のその魔力を上手に使う術に他ならない。お前に魔力を生み出させる欲望を、そのまま魔法式に変える魔術だ。
『そうだ フルーレの魔術は人の願いを魔法式に変える 人の心を魔術にする』
ドラゴンは、憤怒を魔力に変えた。
どんな願いでも叶えられるくらいの魔力だ。
お前はどんな願いでも魔力に変えられるんだろ?
なら、なんでこの世界の人はまだ戦争してるんだ。
なんで魔王の願いを叶えられなかったんだ。
『…………』
砂漠の蛇が守ってた部屋で、魔王に会ったよ。
思念魔術とか言ってた。
魔王はお前が、人の願いを正しく叶えられるように、人の心を理解できるようにしたって。
だったらお前は、魔王の願いを正しく叶えたんだろう?
『…………………』
それがお前の機能障害だ。
お前はどうしようもない欠陥品だ。
心の中を底まで暴いて、人の願いを歪めてしまう。
魔王は戦争を無くそうと願ったはずなのに、それを叶えられなくなったんだ。
今の私にはそれがわかる。
『そうだ フルーレは』
魔王は、
本当は人の幸せを願ってなかった。
そうだろ?
『……そうだ フルーレが魔王と呼ばれたとき フルーレは家族を処刑された
いやそれ以前から フルーレは才能を認められず 不遇の扱いを受けていた
フルーレは 最初から 最後まで 心の底で 人間を憎んでいた』
それが剣に願うということ。
誰も自分の心の奥まで見ないから、綺麗な願いを抱くことが出来るのに、
お前は人の心を暴いて、正しく願いを叶えようとする。
サイは私を小さな女の子にした。
その実、心の底で自分の理想の姿があった。
旦那さまは奥さまの病気を治した。
奥さまは馬車に轢かれても死なない身体になった。
奥さまは私を逃がしてくれたけど、
すぐに白の国まで移動しなかったのは、どこかで離れたくないと想ってくれていたからか。
私が会った魔王は、子供だった。
背伸びに疲れて泣いてしまうほど小さな子供が、自分の気持ちを整理するなんて出来なかっただろうに。
『そうだ フルーレの願いが叶わないのは フルーレ自身がそう望んだからだ』
違うよ。その願いを歪めたのはお前だ。
きっとほんのちょっぴり思ってしまっただけなんだ。
誰も死なない世界を願いながら、誰かが傷つく世界を望んだ。
心のどこかでちくりと不幸を望んだ誰かが居たのだ。
それをお前は粛々と叶えてしまった。ただ与えられた機能のままに。
きっと、ほんのちょっぴり思ってしまっただけなのに、
思うほどでもない思いすらも、お前たち魔物には十分だ。
お前なんかただの魔物で、魔道具で、
与えられた機能をただ全うするだけで、
きっと人の気持ちなんて、
永遠にわからないのだ。
「メイス、グラディウスは何か言ってるかい?」
ものの言えない私が剣と話す無音がもどかしいらしく、ドクも剣に手を伸ばす。私はその手に剣を預けて、奇跡を手放すことにした。
フレイルが危ないのだ。
助けたい。
私は人の死を願ったヒトデナシ。
だとしても、これはどうしようもなく本心なのだ。
剣に歪められてなるものか。
「二人ともちょっと外を見て。何かまたマズい雰囲気だよ~」
そこで御者台のグレイブ先生の変な声が聞こえてきた。いつも通りの軽薄な調子だがちょっと切迫している。
まだ納得のいかない顔のドクも、一先ず窓から顔を出す。私も一緒に身体ごと乗り出して馬車の進行方向へと目を向けた。
「……戦闘が、始まってる」
荒野の先に土煙が見える。
先行しているはずの蒼剣サーベルの小隊。
数人の騎士だけで飛び出したように言っていたはず。まさかまともにぶつかってしまったのか?
「様子が変だ。なんだあれは?」
馬車をさらに走らせ近付いて見ると、数人の騎士が戦っているのが見える。奮闘しているようで、少数の騎士側が優勢にも見える。相手側はどうやら本隊ではないらしく騎士に押され確実に数を減らしているようだ。
様子が変だというのは、騎士が戦っているのは兵士ではなかった。
装備が不揃いだし、人間でないものも混じっている。
装備が不揃いな冒険者と、
人間でない、人間に飼いならされた魔物だ。