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第百話 騎士団長チェインハンマ

 蒼剣サーベルはどこかへ消えた。

 フレイルの所へでも行ったのか。私に逃げろと耳打ちを残して。

 どうやら私たちを逃がしてくれるつもりのようだ。私を大量殺戮犯と知ってである。

 温情、にしたって破格の扱いだけれど……、


 私の手は数万人の血で汚れている。

 そんな汚い手で、自分の夫に触れるなと言われたようで、

 私のフレイルに近づくなと、言われたようで、


「メイス氏」


 ククリさんがハンカチで私の口を拭いた。

 私は知らず唇を噛んでいたようで、白いハンカチに赤い染みが出来る。

 血の赤。その赤さが自分の手を染めている色なのだと、

 全て遅いことなのだと、それ以上考えるのをやめた。


「サーベル氏に何か言われたんッスか? ちょっと行って自分が顎骨でも外してやるッスよ? たぶん無理ッスけど」


 前に戦ったときはボコボコにされたんッスよ~なんてククリさんが笑ったところで、目の前の大きなテントからさっきの見張りの騎士が出て来てテント内へと促される。

 中は広いが、いろいろな物がごちゃごちゃしていた。大小の剣や盾、鉄の鎧兜、馬車の車輪、かなり大きな金属の板、そんなものが分厚い絨毯の上に所狭しと並べられている。

 それらに囲まれながら、私も見たことのある一本の槍の魔導兵器を手にまっすぐ立ってこちらを見る騎士の男がいた。


 青い甲冑を着込んで腰に幅広の剣を差した騎士。鉄の胸甲、手甲、脚絆。それら全てがこの国の旗のように青い。

 目の覚めるような青で染められた鎧の上には兜が無いが、端の棚に同じ青色の兜が見えた。

 兜の代わりに鎧の上にあるのは端正な妙齢の男の顔だ。オレンジ色の髪を短く刈り込んでいて左眉に小さな傷がある。年齢を重ねた顔の皺と大きな眼にチョビ髭が全然似合ってなくて変な感じ。太い眉を眉間に寄せて厳しい表情を作っていた。

 しかしその表情も、


「うむっ!! よく来てくれたな!!」


 すぐに豪快な、豪胆な笑顔に変わった。

 この人が青の国騎士団団長。チェインハンマ、その人である。


「時間がないのだ!挨拶している間も惜しい!

 さっそくだがいくつか聞きたいことがある。まずはこれを見て欲しい。こいつをどう思う」


 無駄にでかいダミ声でまくしたてるので少し引く。押しの強そうな人だ。

 取り出だしたるは人の背丈ほどもある大きな鉄の板。金属装甲のようだ。分厚く重そうだがこの人は難無く持ち上げる。すごく大きいです。


「報告によると君は魔導兵器を圧倒したそうではないか。

 ……その君から見て、どうかね? これは馬車の側面を守る装甲だが、正直の所この装甲板で十分に思うかね?」


 …………お前は何を言っているんだ?

 こんなただの鉄の板で中級二等以上の魔術を防ぎきれるわけがない。溶熱(メルト)系の魔術で簡単に穴が開く。射程距離が短いから戦闘で使う魔道師はいないけど訓練を受けた兵士がそれを使えるなら話は別だ。

 厚みが十倍は必要だ。鉄の守りだけなら雷魔術もよく通るだろう。


「……………」

「さあ、どうかね! 意見が聞きたい!」

「メイス氏は喋れないッスよ?」

「うむ? ……なんとそうだったか!!」


 カンラカラカラ笑う騎士団長。

 私は構わず(つえ)をその鉄板に向けて適当な火魔術を行使した。積層材質が一度の溶熱(メルト)は防いだが、二度目でやはり難無く穴が開く。

 向こうの景色を見せてくれるようになった鉄板を裏表からしげしげと見つめるチェインハンマ団長。


「うむ。明確な答えだ。言葉など不要だな!」


 ガランと鉄板を床に捨て「やはりこんなものは役に立たん」と笑う団長。ちょっと熱かったのか手をプラプラさせて、次に一本の剣を取る。

 鞘から抜くと極めて細長い刀身が出てきた。いわゆるレイピア剣のようだ。


「これは敵の装甲の継ぎ目を狙う突剣だ。数は十分とは言えんが、訓練だけはしている。

 敵に有効だと思うかね?」


 言葉はいらないと言ってくれるので私もやりやすい。うだうだ言わず結果を見せた方が話も早いというものだ。

 剣を見せてくれるチェインハンマ団長に、私は両腕を広げて前に立って見せた。

 それを見て団長はにやりと笑い剣を構える。ククリさんが慌てるのを制して、まっすぐ剣の切っ先を見、魔術を行使しておく。


 その私の頭を狙って、チェインハンマ団長が鋭い突きを繰り出す。

 はたして、


「む」


 突剣は、私の顔面を貫く前に床へ落ちた。団長が取り落としたのだ。

 それを見て私も溜息が漏れた。

 これは、勝てないな。


 私が使ったのは界雷(コライダー)という、広い範囲に長時間雷を留める私オリジナルの魔術の極小版だ。魔物の足を止めるにもやや弱い威力に抑えた雷は魔道師でもない人の目に見えず、団長や他の騎士にも未知の魔術ということになる。未知とはいっても魔物の足を止めるための魔術はいくつもあるし、それは人間相手にも有効なので対策くらい考えてはいると思ったのだが。

 そう、未知というのが最大の脅威だ。敵は未知の魔導兵器を用い、未知の戦術で戦うのだ。それを予想するのはとても難しい。

 魔導兵器で魔術を操る軍団の用兵なんて私にも想像もつかない。

 少なくとも私が見た魔導兵器の三重抗魔術装甲にこんな剣が通用するとは思えない。というかその前に近付くことが出来ないと思う。

 赤の国はこの戦争のために様々な準備をしていたようだ。戦いとは始まる前に決着しているものだというし、勝つ準備が整っているということなのだろう。


 守りも攻めも向こうが上。こちらは準備も不十分。

 蒼剣サーベルが言った通り、

 青の国は、赤の国に勝てない。


「はっは!! やはり魔道師相手に、騎士団の装備では意味を成さんか!!

 魔道師鎮圧の訓練の方がいくらか役に立ちそうだ。装甲板など外しておいて正解であるな」


 騎士団の装備をここまでたやすく一蹴する私に、チェインハンマ団長は豪快な笑みを向けるだけだった。

 これらの装備に、そもそも団長自身が期待していないようだ。


「では次は戦士殿の意見を聞きたい」

「なんッスか」

「白の戦士ならば、赤の兵士の魔導兵器に対抗出来るかね?」


 白の国の、戦士団。

 その総数は赤の兵士団よりもさらに少ない。数百人規模のはずだ。

 しかしその少数にあって、戦士たちは精鋭揃い。一人一人が一騎当千とも言われるほどである。……さすがにそれは言い過ぎだとは思うが。


 騎士団は白の国に援軍を要請している。

 縋る藁には太くあって欲しいものだろう。


「戦士は何者にも負けないッスよ? そのために毎日血ぃ吐いてるッス。

 騎士は練度低いッスよね~。サーベル氏と、あと何人か以外は大したことないッス」

「では、戦士団なら兵士団に勝てるのだね?」

「戦士は女王から魔道具を授るッス。有事の際には全員が賜る数があるはずッスよ。それさえ使えば戦士が一騎当千って話は、全然ウソじゃないッス」


 フンと鼻をならして見せるククリさん。さっきも見張りの騎士を瞬く間に無力化していたし、戦士の強さは本物だ。

 戦士が持つ魔道具といえば、エッジの古代魔道具。物の硬さを失くす古代魔術が封じられた金稀石があった。あんなものを戦士全員が……

 全戦士が古代魔道具で武装しているというのなら無敵の軍団ではないか。

 それが援軍として共に戦ってくれるのならば、騎士団にとって心強すぎる。

 援軍が間に合えば、だが。


「ふむ、やはり援軍が勝機か……」


 残念ながら、援軍は間に合わない。

 白の国は海の向こうだ。赤の国の港は封鎖されている。確実に足止めがあるはずだ。無敵の戦士団とはいえ揚陸には時間が掛かる。

 私のように空でも飛んでこなければ国境を渡ること自体が難しい。一度青の国へ渡り迂回しなければ。

 ……どちらにせよ時間の掛かる話だ。


「……うぉっほん!」


 青の騎士団団長、チェインハンマは、

 わざとらしくもわざとらしい咳払いを一つ。

 太い眉毛を眉間に寄せて、暑苦しい瞳を私に向けてきた。


 言いたいことはわかる。

 戦況は絶望的だ。時間を稼がなければならない。

 そのために少しでも戦力を補強したいということは、わかる。

 たとえそれがこんな子供だとしても。街を一つ滅ぼした虐殺魔道だとしても。

 私には魔導兵器を圧倒した実績があるのだから。


「ものは相談であるのだが、我らに手を貸しては貰えないだろうか?」


 チェインハンマという男は、

 やれることはやる人らしい。





 要求はシンプルだ。

 城砦都市を壊滅させた魔術の力を貸してほしい。

 その力で騎士団を、青の国を救ってほしいと。

 報酬は免罪。

 私の罪は赦される。

 誰の何の権限だと言うのだろうか?


 ……私は首を縦には振らなかった。



 私は行ってはいけないのだ。

 騎士団を助けには行けない。

 そこにはフレイルがいる。

 私はフレイルにはもう会えないよ。

 フレイルの目の届かないどこかで、私は隠れて暮らすのだ。

 蒼剣サーベルが、そうしろと言った。


 私は言い返すことも出来なかった。

 フレイルに会ったところで、何を言うことも出来ない。。

 戦いが回避されるわけでもない。

 

 騎士フレイルと蒼剣サーベルは青の国の象徴(アイドル)だ。

 人殺しの私には眩しすぎる。青の国の主人公たち。

 二人を照らす世界の光は、血で汚れた私の姿まで露わにしてしまう。

 影に隠れて行く方がいい。私は世界を避けて行こう。




 騎士団への協力がなければ、私の罪も赦されない。

 私たちはまた元のテントに軟禁されることとなった。


「やっぱ逃げるしかないッスよ!」


 ククリさんはまたも脱走する気でいるようだ。

 たしかにこのままでは無理矢理に縛ってでも戦場へ投入されかねない。あの団長はそれくらいやりそうだ。

 しかしさっきもククリさんが騎士の一人の首を捻じったものだから見張りを増やされてしまった。脱走は無理だ。


「…………」


 そういえば騎士サーベルは、逃げ道を用意すると言っていた。

 あれはどういう意味だったのだろうか?


 逃げ道を用意しておくから、さっさと消えろ。

 その逃げ道とは、私の想いも寄らないもので……、


「あ、ドク氏どこ行ってたんッスか?」


 ドクが戻ってきた。

 用意された逃げ道とやらは、ドクが連れて来てくれた。


「二人とも!助けを呼んできた! ここを出よう!」


 見張りに聞こえない声で脱走を宣言するドク。

 今までどこで何をしていたのか。

 あの団長と交渉を繰り広げ時間を稼ぎ、助けを呼んできた。

 その助けというのは……、


「いや僕は女の子の身体を好き勝手治癒するためにここに来たんだよ~?

 騎士サーベルにも言ったけど脱走の手引きなんて僕はしないよ~」


 …………、

 ……懐かしい顔のグレイブ先生だった。


「ほらほら治療が必要なきゃわい子ちゃんはどこかな~~? ……って」

「………なにしてんッスか? 魔法士グレイブ」

「げぇっ!!??戦士ククリ!?」


 私が驚くよりも早くグレイブ先生の悲鳴が上がる。


 私は避けて通りたいというのに、

 袖擦り合うほど、この世界は狭いようだ。




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