第十話 魔術戦闘1
私は最近、イライラしている。
この世界に来てから2年。
2年も立ってしまった。
なのに元の世界に帰れる目処が全然立たない。
家族がいたわけではないから急いではいないが、やり残したことがまだまだあったのだ。
しかしこのままではこの世界に骨を埋めることになりかねない。
僕はいつになったら帰れるのだろう。
魔術の修行も最近うまくいってない。
基本はマスターしたと思うが、師匠はまだまだだと言う。
私は魔道師として大成したいわけではないので、修行もそこそこにして早く帰りたいのだが。師匠はそれを許してくれない。
ならばさっさと修行を終わらせたいのだが、上級魔術の習得は難しく、現在私は行き詰っている。
だというのに師匠はというと、首都に用事があると言って出かけてしまった。
しばらく帰ってこないらしい。
今のうちに逃げてしまおうと考えるのは甘僧である。
脱走は何度も試みたのだ。
ここから逃げるためには、首都か北の街を通る必要がある。私はいつもそこら辺で捕まる。大魔王からは逃げられない。
というわけで、しかたなく今日も一人で魔術の修行なのだ。
日課になっている魔道具を作る作業に入る。
今作っているのは二人用の玩具だ。台の上に固定した二体の人形を、台から伸びた紐に繋いだ手袋から魔力で操作して戦わせ、先に相手の人形を倒した方が勝ち。
完成すれば「戦闘士」とでも名前を付けて国中に売り出し、子供達の心を鷲掴みにして、ゆくゆくは三国すべての玩具シェアを独占する予定だ。
腕の関節が思いのほか脆く、風の魔法で瞬発的に伸ばす際に壊れてしまわないように、魔法の威力の微調整が難しい。
・・・よし、今度はどうだ?
手袋を嵌めてみる。この状態で魔力を込めれば、手袋から紐を通して台の上の人形に伝わり、風の魔法式が作動して腕が伸縮し、相手の人形を殴り倒す。
魔力を込めればいいだけだが、気分的にピーカブースタイルで構える。やや内角をえぐりこむように、打つべし!
べきっ
・・・・・、
嫌な音とともに、私が操る人形の左腕がスーパーロボットの鉄拳のように飛んで行った。
相手の人形は首がもげた。
くあああああっ!!!また失敗だ!!!
「メイスさんっ! メイスさんいるかい!!」
「師匠なら居ない!!!!」
うがぁぁぁぁ!!!これじゃ量産なんて夢のまた夢だ!! 一発当てて大金持ちになる計画が!! 金貨の海で泳ぐ夢が!!
「いや嬢ちゃん、なにキレてんだ? こっちは大変なんだって!」
「ん? あぁ、マスターじゃないですか。なんスか?なんか用スか?」
いつの間にか酒場のマスターが後ろにいた。
というか無断で人の家の中に入ってきて、マスターと言えど失礼じゃないか。
「いやノックしたって。鍵開いてたから勝手に入ったのは悪いけどよ。
なんでそんな機嫌悪いんだ? 反抗期か?」
失敬な。私はもとからこんな性格だ。ほっといて欲しい。
「お師匠さんは今居ないのかい?」
「師匠は私を置いて失踪しました。海の男になるんじゃい、とか言って」
「・・・嬢ちゃん、そういう冗談はやめたほうがいいぜ?前にも言ったけどよ」
「安心してください。こんなことマスターにしか言いませんから。
師匠なら首都に出かけましたよ。明日くらいには帰ってくるはずですが・・」
「憎たらしく育っちまったなぁ嬢ちゃん。
・・・はぁ~メイスさん本当に居ないのか。困ったなぁ」
腕を組みうんうん唸るマスター。
何かあったのかな?
「痔ですか? それなら師匠にも治せないと思いますが・・」
「違うよ!? 俺の尻はいたって健康だよ!!?
そうじゃなくて、北側の森に魔物が出たんだって」
「えっ?」
魔物。その多くは北東の山の方に棲んでいるが、たまに人里に下りてくることがある。
魔物といっても様々で、一番小さいものだとネズミくらいのものだ。それくらいなら街中で見かけることもある。群れると危険だが、大抵の被害は子供が指を噛まれた程度だ。黒死病も媒介しなければ、ほっぺから電気を出すこともない。
犬くらいのものになると、ぐっと危険度は上がる。この森でもたまに見かけるが、魔法使いでも剣士でもない一般人では、大人でも相手をするのは危険だ。
一般人の手に負えるのはそのレベルの、単体の小型の魔物まで。群生型の魔物や中型以上の魔物になると、討伐依頼が街の冒険者ギルドに出される。
私も前に相手にしたことがある。師匠が戦闘用魔術の訓練としてギルドで受けてきた依頼だ。
そのときは馬が二本足で立ち前足がカマキリの鎌になった魔物だった。名前もそのまま蟷螂馬。鎌は凄い切れ味で脅威だったが、馬のクセに二本足で立ってるので鈍足もいいところだった。落ち着いてしっかりと詠唱した火の魔術で仕留めた。
マスターが師匠に直接依頼しに来たということは、それ以上の魔物ということだろう。一体どんな漢字にどんなルビを振られたクリーチャーなのか。
「鳥巣樹だ。かなりでかいらしい。
ここまでは来ないと思うが、嬢ちゃんも気をつけな」
「っ!? 群生型で大型の魔物じゃないですか!!」
鳥巣樹。図鑑に載っているものでは、かなり強力な魔物だ。
樹木の姿をした魔物だが、枝葉の中にある鳥型の体の一部を何十と飛ばしてくる。
鳥はそれぞれ意思を持つように飛ぶが、複数の魔物ではない。数十の鳥と本体の木が合わせて一匹の魔物だ。一匹で複数の身体を持つ魔物を群生型という。
「すぐに騎士か、魔道士を派遣して貰うべきでは?」
「パン屋のせがれが早馬で呼びに行ってる。だが間に合わないかもしれん。メイスさんならなんとか出来るだろう。出かけてるって聞いたが、一応来てみたんだ」
鳥巣樹の危険度ランクはBだ。大きい固体だとB+に匹敵する。そこらの剣士や魔法使いでは荷が重いだろう。
だが師匠なら討伐できる。
師匠はアレで、魔道士としてのランクはA+らしい。嘘クセーこの味は嘘を吐いている味だと信じなかったら、賞状のような免許と綺麗な勲章を倉庫の奥から引っ張り出してきた。ドラゴンを倒したこともあるとか嘯いていたな。
ふむ・・・。
私は今スランプだ。伸び悩んでいる。
玩具作りもうまくいってない。
ここらで何か、違う刺激が欲しいと思っていたところだ。
自慢ではないが、今の私の魔術はかなりのものである。
ちゃんと準備をすれば、Bランクの魔物でも十分倒せるだろう。
「よければ、私が行きましょうか?」
「え!?
・・ぶッハハハ、嬢ちゃんじゃダメだ。危なっかしすぎる」
ぬ・・・笑うことはないじゃないか。
ピキリときたね。
「私はもう魔術だって完璧ですし、Bランクの魔物くらい倒せます」
「いやそうは言っても嬢ちゃんはまだ子供じゃねえか。
そりゃメイスさんの一番弟子だし、すげぇんだろうけどさ。
嬢ちゃんがやるにしても、せめてメイスさんが居る時でないと・・・」
・・・これだ。何かと言うと私を子供扱いしてくる。
私は変な剣に幼女にされて以来この姿だが、立派な大人である。まぁ幼女にされる前だったら絶対魔物となんて戦いたくないが。
マスターは知らないのだ。この幼女に秘められた強大な魔力を。
この姿が問題か。ならばやりようはいくらでもあるのだぜマスター。
「わかりましたぁー。師匠が帰るまで大人しくしてますぅー」(棒)
「お前・・、
・・・絶っ対だぞ!? 絶っっ対に一人で魔物狩りになんか行くなよ!?」
はいはい押すなよ絶対押すなよー。
「念のため今街にいる冒険者に召集を掛けて、即席の討伐隊を組む。
いいか? 絶対に大人しくしてろよ!」
不味いこと言っちまったな。と呟きながら街に帰っていくマスター。
「なんかあったら、すぐに街に避難してこいよ」
「はいはーい。そんときはヨロシコ~」
それを見届けてから、私は準備に取り掛かった。
まず着替えだ。魔道具の授業で作った杖とローブを引っ張り出してくる。
よしよし。ひさしぶりの魔物との戦闘だ。
ウッヒョー、オラわくわくしてきたぞ。
○
さて、鳥巣樹はその名の通り、樹木の魔物である。
森の中で木の魔物をどうやって探すか。その辺を説明したいと思う。
魔物というのは、この世界のあらゆる生物無生物の姿を混ぜこぜにした姿をしている。
そして姿だけではなく。生態や習性なども模していることが多い。
木の魔物である鳥巣樹も、木の生態を模している。つまり動かない。
たまに思い出したように動き出し、人を見つけては襲い掛かってくるのだ。
木に擬態した魔物がいきなり襲い掛かってくるわけである。これだけでも十分厄介だ。
だがいるとわかってるなら対策は簡単である。
これは種類を問わず、魔物全てに共通した習性だが、基本的に魔物は人を襲う。
ミミズよりもオケラよりも、まず人間を優先的に襲うのだ。
こちらが人間であることをアピールしてやると、奴らは面白いほど簡単に引っかかり、無我夢中で襲い掛かってくる。
その方法の一つが、歌である。
歌を歌うと魔物を連れる。この世界の諺である。
調子に乗ると失敗する、みたいな意味だったか。フラグじゃない。フラグじゃないよ?
この世界にももちろん歌はあるが、魔物を引き寄せるので、街の外では歌われない風潮がある。街中では小型の魔物くらいしか出ないので、むしろ害獣駆除に利用されるくらいだが。
姿を隠した魔物に対しては、こうして歌いながら索敵するのが一般的だ。
なので大きな声で元気よく歌う。
しばらくすると、来た。
距離は100m強。のっしのっしと根っこの足を動かしてこっちに向かってくる。
鳥巣樹だ。実物を見ると大きいな。10m以上あるんじゃないか? 図鑑の通りならもう攻撃を始めないと危ない。
杖に仕込んだ魔法式に魔力を練って通してやる。
「爆熱光!!」
説明ばかりになってしまうが、ここで魔法使いの杖についても説明したい。
魔道師は杖で詠唱する。この表現がしっくりくる。
詠唱というのは、要するに記号の組み合わせである。
属性の記号。威力の記号。効果の記号。様々な記号を複雑に組み合わせて魔法を完成させるのだ。
魔道具の場合。この全てをあらかじめ書き込んでいるため、魔法使いでなくても簡単に使うことができる。
だが杖の場合、すべての詠唱を書き込んではいない。
あらかじめ書き込んだ詠唱に、必要に応じて違う詠唱を足してやるのだ。
たとえば、火の属性、小くらいの威力、という未完成の詠唱を杖に仕込んでおく。
このまま使おうとしても、火が直接、小くらいの威力で出る、ということもなく、詠唱が完成していないので魔法が成り立たない。
そこに魔道師が、球状に凝縮して前に向かって飛ぶという効果を、口で呪文を唱えるなどして足してやれば、初級魔術である火炎弾の完成だ。
しかしその効果の詠唱を、地面の一定範囲を燃やし続けるという詠唱に変えてやると、こんどは地炎焼という別の魔術になる。
簡単に説明したが、実際の詠唱はすごく複雑だし、派生魔術と省略する詠唱の暗号化の間でパズルみたいな調整がとても難しい。
なので私が練習で初めて作ったこの杖は、熱光線を出す魔法だけが使えるようになってしまっている。
これでは魔道具と変わらない。
杖としては失敗作だと、師匠に鼻で笑われた。
しかし威力は十分!
射出された光はまっすぐ飛んで、首尾よく鳥巣樹に直撃し、激しい炎に包まれて燃え上がった。的が大きいと逆に楽だな。
危険度Bランクの魔物は一撃で焼滅した。
「・・・やったか!?」
なーんて言うのもお約束。
空を裂いて飛来する鳥達が私を貫く前に、今度はローブに仕込んだ魔法を起動させる。
こちらは最近作った魔道具だ。起動させると腕を向けた方向に、袖から突風撃を出して飛ぶことができる。
これを作ったときは珍しく師匠に褒められた。特許申請を検討中である。
横っ飛びに逃れ距離を取る。
鳥の数は10。鳥巣樹が燃える寸前に飛び出したのだ。こちらも図鑑で見たとおり。本体を倒せばその一部である鳥も動かなくなるのだが、無生物型の魔物は完全に絶命しにくい。これがあるので鳥巣樹は厄介だとされている。そもそも木に擬態しているのだ。いきなり目の前にこいつが現れたら、何も出来ずに蜂の巣にされる自信がある。
次々に飛来し私を狙うが、もう一度突風撃を使ってひらりとかわし、さらに距離を取った。
ローブのポケットから紙の束を取り出す。ハガキくらいの大きさの紙はすでに魔法が描き込んである魔法紙だ。10枚ある。ちょうど足りるな。
「追炎弾」
取り出した魔法紙を全て開放し、宙に放る。
魔法紙に描いてあるのは、自動的に動く物体を追尾する火の魔術。動き回る小さな的を狙うのに便利だ。ネズミとかゴキブリとか。
威力が低いのと、動く物体ならなんでも追いかけるので私も動けないのが難点だな。害虫駆除にこの魔法を作ったときは偶然入ってきた師匠の髭を少し焼いてしまい、もの凄く怒られた。
小さな火の玉が尾を引いて鳥達に向かう。鳥達も回避運動を取るが、速度が全然違うのだ。結局すべて命中し、黒こげになって落ちてきた。
もう一度本体に爆熱光を浴びせ、完全に絶命したことを確認してフィニッシュ。
・・・・、
・・・・・楽勝じゃん?
え? マジで楽勝じゃん。なんだよあっけない。Bランク恐るるに足らず!
・・・いや、違う。私が強すぎるのだ。彼が弱いわけではない。
自分でも知らぬ内に、ここまで強大な力を得ていたのだ。恐い・・、我ながら自分の才能が恐い・・・。
わざとらしく大げさに頭を振り、顔を覆いながら木に手を付いたりしてみたり。
その木が突然動き出した。
「――――っ!!?」
咄嗟にローブを起動して難を逃れた。もう一匹いたのだ。
動き出した木を見る。鳥巣樹・・・いや違う。
枝に葉っぱが一枚も無いし、鳥も飼っていない。危険度ランクが二つも下の歩行樹だ。脅かしてくれたな。
Dランクといえば一般の人では危険だが、並の剣士なら難なく倒せるくらいだ。今の私の敵ではないな。出会った敵の強大さと己の不運を呪うがいい!
ぴしゃん!
――――ひっ!?
歩行樹は側面に枝が数本、腕のように生えている。
自由に動かすことが出来、その腕で人間を襲う。
その動きはしなやかで、まるで鞭のように撓り、人間を打ち据える。
まるで鞭のように。
ぴしゃん!
・・・・くっ!!
耳障りな音を・・私の魔術で消し炭にしてくれる!!
「爆熱光!!!!」
・・・・、
・・・魔法が、出ない。
「爆熱光!! 爆熱光!!!」
杖はうんともすんとも言わなくなった。
ぴしゃん!
・・・あの音だ。
あの音が私の集中を乱して、魔力がうまく練れないのだ。
杖は魔道具と違って、魔法式を完成させるのに魔力を練る必要がある。
この爆熱光の杖には完成された魔法式が仕込んであるが、爆熱光はかなりの魔力を必要とする中級火魔術で、そこらの木の枝を削っただけの杖に内蔵できる魔力では全然足りない。結局使用時に魔力を練って供給しなければならない。
その魔力が練れない。
焦れば焦るほど集中力が霧散してしまう。頭の中が空回りする。
魔力が練れなければ、普通の魔法も使えない。小さな火を出すことすらも出来ない。
くそ!! ならローブだ。
役に立たない杖を投げ捨てる。突風撃の消費なら、ローブの内蔵魔力であと三回は出すことが出来るはずだ。あんな唐変木、木っ端微塵にしてやる!
突風撃は目の前に爆発的な空気の塊を生み出す下級風魔術だ。熱も何も伴わないただの空気なので燃費はいいのだが、触れるくらいの距離で撃たないと効果が薄い。
あいつのドテっ腹にぶち込んでやりたいのに、
足が、前に出ない。
ぴしゃん!
・・・その音を、やめろ!!
アレによく似たその音を聞くと、私の足は前に出ない。
何も出来なくなってしまうのだ。
「・・・パキ・・ぺき」
――!?いつのまにか歩行樹は私のすぐ目の前まで来ていた。
「突風――――」
衝撃と共に空と大地が反転した。
私の小さな身体は、十数mも飛んでいって、落ちた。
ごろごろ転がってようやく止まる。
「・・・っげほ!!」
全身を強く打って、あまりの痛みに咳き込んだ。
魔法を放つ前に攻撃を受けた。あの枝の腕で殴り飛ばされたのだ。
「・・・げへ!!・・っげほ!!」
どうかしていた。
非力で貧弱な魔法使いが強大な魔物と戦うには、距離を取るのが絶対条件だ。それを至近距離で戦うなどと。
こんな状態では戦えない。尻尾を巻いて逃げるべきだ。
すぐに立ち上がって、後ろを向いて走って逃げろ。
「づっっ!!」
立ち上がろうとして、痛みが走った。
・・・足を挫いた。
右の足首が痛む、折れているかもしれない。
「突風撃!!!!」
ローブは応えてくれなかった。
見ると胸の辺りから下が盛大に破れている。さっき攻撃を受けた時だろう。布地に描いた魔法式が欠損して魔術が成り立たない。
・・・・起き上がれず、何も出来ずに前を見る。
歩行樹がぴしゃんぴしゃんと腕を鳴らして近づいてきていた。
あぁ、これはダメかもわからんね。
くやしい。
なさけない。こんなはずじゃなかったのに。
私はさっきまで、Bランクの魔物を余裕で圧倒していたのに。
それがこんな格下にやられてしまいそうだ。
歌を歌うと魔物を連れる。
やはりフラグは恐ろしい。
マスター。ごめんなさい。
言うことを聞かずに勝手をした挙句がこの様です。
だってマスターが押すなよ押すなよってネタを振るから。しかたなく。
師匠。すみません。
私はまだまだ未熟でした。
あと昨日、師匠が大切にしている壷を割ってしまったことも謝っておきます。
「それと一昨日は盆栽を割りました。高価そうなマリオネットも二体台無しにしました」
「・・・お前という弟子を一人にするのではなかった」
師匠の声がした。
驚いて振り返る。
「轟雷打」
そのときにはもう終わっていた。
師匠が放った数百の電撃の雨に打たれ、歩行樹は炭も残らず消滅した。
師匠は私の前に立ち、
ゆっくりと自分の髭をなでながら。
「あれは・・もう手に入らん東国の壷なのじゃぞ・・・苗木も・・やっとあそこまで枝葉を伸ばしたというのに・・戯曲式のマリオネットなど、いくらしたと思っておるのじゃ・・・それを二体も・・」
静かに、泣いていた。
○
数日後。
足は折れてはいなかったようで。師匠の治癒魔術ですぐに回復した。
師匠は早馬に乗って来たのだそうだ。首都へ応援を呼びに出ていたパン屋のにーさんと街道の途中で会えたので、その馬に乗って帰ってきたというわけだ。
街に着くとすぐに事情を説明されたらしい。マスターは当然のように私が一人で勝手に行くことを予見していて、一緒に探しに来ていたのだ。
マスターにはこっぴどく怒られたが、師匠のおしおきに比べれば鼻歌物である。
師匠には雷魔術の最終奥義を披露された。もちろん加減はしてくれたが、口を塞がれて縛り付けられた私は死ぬかと思った。
プラスに考えると新しい抗魔術を覚えたのだ。私はレベルが上がった。もう雷魔術は私には効かない。でも出来れば止めて欲しい。ごめんなさい。もうしませんから。
街に行くとギルドに出ていたという討伐依頼の報酬が貰えた。
歩行樹を相手に小便ちびってた私だが、その前にはちゃんと鳥巣樹を倒していたことは、師匠が確認してくれた。
なので私は今、ちょっとした小金持ちである。
無駄遣いが捗るな。お菓子か玩具くらいしか買えないが。
というわけで、
「師匠!!師匠!! 開発中の玩具がとうとう完成したんです!見てください!」
「おぉ・・おぉ・・・これはワシのマリオネットじゃないのか?」
「そんなこともうどうでもいいじゃないですか。それよりコレ、二人用の玩具なんですよ。ちょっと遊んでみましょう」
満を持して完成を見た自信作だ。ぜひ師匠に一番に試して貰いたい。
オレ・・この玩具が完成したら、師匠(の操る人形)をぶっとばすんだ・・・。
手早く仕組みとルールを説明して手袋を装着させる。
「ふむふむ・・、なかなかおもしろい物を作りおるの」
「でしょう? ささ、早く遊んでみてくださいよ。私はこっちのを操作しますから」
「では試してみるとするかのぅ。・・・どれ!!」
べきっ
・・・・・、
嫌な音とともに、飛んで来た人形の右腕が私の眉間に刺さった。
お・・おうふっ!?
「なんじゃ? 壊れてしもうたぞ」
「・・・壊した。・・・師匠がこわした~~~!!!」
「ち、違う! この人形の強度が足りておらんのじゃろうが!」
「師匠の魔力が強すぎたんです! チェックの時は大丈夫だったのに!」
「むぅ・・力が入りすぎたのか。しかしこれは元々ワシのマリオネットじゃし・・・、その・・・・・スマン」
「この老眼!! 加齢臭!! 耄碌爺!!!」
「おま!!そこまで言うかこの!! ワシのマリオネット弁償せい!!!」
「師匠が壊したんでしょうが!!!」
ぎゃーぎゃー喚いてみても、壊れた作品は直りはしない。
はぁ、また一から造りなおしか。
物を壊される気持ちが少しわかったよ。
これからはもう少し考えて物壊すことにします。
こちらは閑話です。
「十一話と十二話の間くらいの話」
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