黄緑色のしおり
かたん。
書棚にあった本に手をかけて、引っ張り出す。何度も繰り返してきた動作。それこそ息をするように、私は本を引っ張り出した。
図書室の奥まった位置にある、地域史のコーナーの中でも珍しい、小ぶりな冊子。いかにも安物の紙で作られたその本は、ここ最近幾度となく引き出されているからか、背の部分が少しくたびれている。
私はその光景を少しばかり嬉しいと思いながら、ぱらぱらとまくる。本を読むときのスピードではない。この中に何か挟まっていて、それを引っ張り出そうとするような、いや。本を読む人にならしおりを探すようなと言った方がわかりやすいかもしれない。
ほどなくして、それは見つかった。57ページ。入っていたのは、黄緑色のしおり。
「夏目漱石」
書いてあるのは、それだけ。名も姿も知らない人からの、一言だけのメッセージ。
私はそのしおりを裏返すと、ポケットに忍ばせていたシャープペンシルでさらさらと書いておく。
「今日は漱石の「こころ」を読もうと思います」
そのしおりをそのまま挟んで、本も元通りに戻しておく。明日にはきっと、それに対して何かの反応があるだろう。
そっけなく次の作家の名前が書いてあったり。
あるいは別作品の名前が書いてあるかもしれない。
時たま、感想が書かれているときもある。
私はそれを楽しみにしているのだ。
私の右肩の後ろから、こっそりと囁いていくようにしおりは挟まっている。それは切れそうなほどに細いつながりで、たとえばどちらかが卒業したり、ここに来なくなってしまえばまず続かない、そんなせつない交わりかた。
私はそんなどうしようもなく寂しい付き合い方が、とても気に入っていて。
書棚でこころを探し出すと、貸出処理をして椅子に座った。
ぱらぱらとこころをまくる。
一度は読んでいる小説ではあるけれど、それでも。しおりに名前が書いてあると言うだけで、それは何か特別なもののように感じるのだ。不思議とその小説の中の世界までが明るくなっていくような。
昼休みが終わるまでに読み終わった部分は大して多くはなかったけれど、私は持って帰ってまで読もうとは思えなかった。ここで、この図書室で読むことが重要なのだと、なんとなく私はそう思っていた。
返却処理をして、本を書棚にもどす。
ふと思いついて、しおりを取りに戻ってみた。
先ほどの黄緑色のしおりが57Pにそのまま挟まっている。
私はそれに一言だけ付け加えると、やはりそれを書棚に戻した。
きっとこれ以上は私には必要のないものだと知っていたから。
私が立ち去った後で、しおりの持ち主、右肩から声をかけてくれる人はあれを読んでくれるだろうか?
読んでくれたらいいな、と思いながら、私は図書室を出た。
「いつもありがとうございます」
それだけが伝えられれば、この切ない交わりに、十分大きな意味があったんじゃないかな。
そう思いながら、私ははなうたを口ずさむのだった。




