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即興小説  作者: 談儀祀
13/15

仮面の絵描き

 スラム街に奇妙なうわさが広がっていた。


『スラム街の奥まった場所にある一角、誰も近づかないような暗い路地裏に怪しい絵描きがいるらしい。彼に書いてもらえれば前世から今やるべきこと、趣味から死ぬまでの時間まで何でもぴたりと描きあてるらしい』


 そんな怪しげなうわさを聞いて危ないからと近づかないようでは、ジャーナリストとして終わっている。足が竦むのを必死で我慢しつつ、俺はうわさの発信源であるスラム街の一角までやってきていた。

 つんと鼻をつく悪臭と襤褸を纏った浮浪者らしき男たちに胡乱な瞳を向けられつつ、愛用のカメラとペンだけを手に進む。

 飲食店と思わしき建物の角を曲がった先の行き止まり。そこが「絵描き」がいるという場所だ。

 はたして、そこにいたのはスラム街では珍しいそこそこ上等な服を着た女性であった。少し背が高いだろうか。顔は仮面で隠し、衣装も女だとはすぐには気づかれないようにしているのだろうが、これまで何人もそういう人間の相手をしてきた俺には分かる。これは女性だ。

「こんにちは」

 女性は機械のような声で挨拶する。ボイスチェンジャーだろうか。

「こんにちは。あなたがうわさの絵描きさん?」

「そうですが、取材ですか」

 見抜かれた。念のためにカメラもノートも鞄の中に隠していたのだが。

「ええ、私は××社の○○と申します。ぜひ取材をさせていただきたいと思いまして……」

「私は、絵を描くだけです」

 俺の言葉をさえぎって絵描きは言う。インタビューや種明かしなどは応じない……、ということだろうか。

「そうですか……、では占うだけでもしてはいただけませんか」

「占いはしませんよ、絵を描くだけです」

「では、お願いします」

 そうして俺が何を書いてもらおうか考えようとしたときには、絵描きの筆はキャンバスの上を走りだしていた。猛烈な勢いで絵具が消費されていき、数分とたたないうちに何度も塗り重ねられた絵が姿を現していく。

 それは。

 たしかに俺だった。顔の輪郭も、着ている服も何もかもが俺と同じ。ただ一つ違うのは。


 俺の背中から、何か柄のようなものが飛び出していることで。


「え?」


 描き終わるのと同時だったのだろうか。路地の奥から、どたどたと誰かが走ってくる音が聞こえる。

 俺は絵描きに問うた。

「俺は……、あんたに殺されるようなことをしたのか……」

 絵描きは確かにその瞬間、笑ったように感じた。そして言ったのだ。

「いいえ、もともと私は、こうして人を殺していただけですよ」

 足音はもう背中のすぐそばまで近づいてきていて、ここは行き止まりで、俺は特に何のとりえもないジャーナリストで。

 震えるのをこらえて必死で振り返る。顔だけが。

 そして見たのは、あの絵描きが描いたものと全く同じナイフを持った、屈強そうな男で。


「あぁ……」

 それが俺の最後の一言。

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