哀の違い
長いことヨーロッパ諸国をぶらぶらとして、最終的に日本に居ついてもう6年になる。
初めは留学という名目で行ったものの、すぐにその暮らしになじみきってしまい、大学を中退してずっとイギリスで暮らしていた。長く務めた食品工場が廃業するのと同時にイギリスを辞してアメリカを探索した。ヨーロッパとアメリカのその違いはやはりその広さだろう。面積がそもそも違うし、国家の数も違うためか、その広大な土地の使い道にあこがれを覚えた。そこに住んでみたいと思いはしたものの、やはりあの狭い住宅が恋しくなって生まれ故郷の日本に帰ってきた。
両親はまだ俺がイギリスにいると思っているのだろう。もともとあまり会話はなかったし、自立した今となってはほとんど口出しされることもない。携帯電話の番号さえ変えなければそれが露呈することもないだろう。もっとも、携帯電話の会社が変わるからこの携帯が壊れた時には連絡しなければならなくなるだろうが。四国に住む両親はのんびり屋だからと、その事実を後回しにしていた。
今考えれば、俺は悲しかったんだろう。イギリス人の悲しみ方は、日本人と同じようでいて少しだけ違う。同じようなのはきっと文化的に似通っているからではないかなと思う。言葉の吹き溜まりになっているからか、どちらの国にも語彙だけは豊富だった。狭い土地に、海に囲まれた国土も一緒だ。そんなこと、関係があるのかはわからないけれど。
そして何よりの違いは神を信奉しているかだろう。日本では神は漠然としていて、熱心に信仰する人も多くない。イギリスはキリスト教の地域だから信奉者もそれなりに多いし、悲しむときも神に哀願するようだと、少なくとも俺はそう思っている。
そんな同じようで違う哀しみ方のどちらをしていたのかといえば、俺はイギリス式の悲しみ方だったのだろう。今までの基盤を奪われ、第二の故郷を追われて神に救いを乞うているようだったのだろう。昔の自分が見ればそれはさぞかし滑稽だったに違いない。昔の俺は、少なくとも誰かに助けを求めるようなやつではなかった。俺がそうなったのはきっと、かの地で確かにその存在を身近に感じたからなのだろう。
俺は、主は確かに存在すると、そんな風に思うようになっていた。
こうして日本にいる以上、そんなことを言うことは到底できない。だがそれは俺の心に巣食うように、じわじわと版図を広げてきた確信だった。主に祈れば、きっと俺は救われるだろうと。
ぼんやりとそんなことを考えながら、俺は目を醒ます。6年住み慣れた我が家は、それでもなおあの頃の記憶がよぎって、住み慣れない部屋に思えてくる。
きっと俺は一生あの頃のように充実したと思える生活はできないだろう。できないだろうが、それでも主に祈りを捧げながら生きていくだろう。
それは住み慣れたイギリス式の物ではなく、生まれ故郷である日本式の悲しみであることに、俺はまだ気づいていないし、きっとこれからも気づかないだろうと思いながら、俺は涙に濡れた笑顔を作った。




