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即興小説  作者: 談儀祀
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愛しの殺人鬼

 前門の虎、後門の狼という単語がある。

 要するに前を見ても後ろを見ても敵がいて、前にも後ろにも進めない状況のことを表しているのだけれど、日常生活でそんな場面に出会うことなんてめったにないと思う。

 ただ、今の僕はまさしくそんな状況だった。

 借金を抱え始めて早3年、とうとうやくざさんに売り渡された僕は夜の街を必死で走っていた。恐ろしいことに今この街には空前絶後の殺人犯――何とすでに23人を殺傷し、初めの事件から丸一か月以上逃げ続けているという凶悪犯――もいるという噂で、ただでさえ恐ろしい状況を加速度的に恐ろしくしていた。

 僕がこの街に来るのは初めてで、土地勘も何もあったもんじゃなかった。だからがむしゃらに逃げ続けているのだけれど、それでもどこかで感じていた。こうなってしまった以上、僕は多分死ぬんじゃないかと。やくざさんに追いつかれても死ぬだろうし、たとえ撒いたとしてもまっとうな社会生活は送れなくなるだろう。しかも撒く前に殺されるかもしれないのだ。

 そんなことを考えていたのが悪かったのか、とうとう裏路地の細い道に僕は紛れ込んでしまっていた。細い道はすぐに出ないと、行き止まりになっている可能性が高い。

 そして右に曲がった瞬間、そこで僕は目を疑うような光景に出合った。

 まず、あれほど恐れていた行き止まりだった。後ろからはやくざさんの怒声が響いてくる。引くわけにはいかなかった。

 そして何よりも僕の目の前では新たな解体ショーが行われていた。人間の女性の首が転がり、体は綺麗に分割されていた。ブロックのような肉塊は、スーパーで見るサイコロステーキになってしまったかのようでおぞましくすら感じる。

 僕に気付いたのだろうか。殺人犯はフードをかぶった顔をこちらに向ける。血に塗れた顔は見まごう事なき少女だった。獣のような笑みが浮かんだその顔が、不快に歪んで、そしてすぐに愉悦に彩られる。

 そして後ろから、やくざさんが迫ってきた。

「おおおら! 追いつめたぞ……っ?」

 そしてそれが彼の最後の一言になった。彼の首は飛んでいた。肩口からすっぱりと吹っ飛んで、後続のやくざさんにぶつかって止まった。後続の彼も、一瞬ののちに同じ運命をたどった。

 僕は全く展開について行けないまま、少女を眺める。少女はそして言った。

「こんなところで出会えるなんて! さぁ、一緒に行きましょう!」

「ど、どこに……」

「どこになんて決まっているじゃありませんか!」

 少女は純粋無垢な笑顔を浮かべて僕を誘う。

「もっと、深くて暗いところですよ」

 僕の悪夢は、まだ終わらない……。

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