三日目:援護射撃もミッション内
「おはよう」
「おはよ~」
今までと同じようで、ちょっと違う三日目の朝の挨拶。
いつもと変わらず、朝のおしゃべりを満喫していた相手、明海ちゃんもその些細な変化に気がついて「おぉ?」と声をもらしていた。
そのちょっとした変化――それは、鈴木君から「おはよう」って言ってくれたこと。
今までだったら、顔も見ないであたしの挨拶に「おはよう」と返してくれるだけだった。
それも時々ね?
それが今日、あたしがおはようと言う前に彼からその言葉を聞けたのだ。あたしは心の中でガッツポーズをする姿を思い浮かべた。
これは確実に彼との距離が縮まている証拠!
「なんだ、つまんない」
「明海ちゃん、明海ちゃん。本人目の前にしてそれ言っちゃダメよ」
あたしと鈴木君の距離が縮んだ事を察知して、明海ちゃんがとっっても残念そうにため息を吐いた。
「だって、つまらないものはつまんないんだもん。ほんじゃ、行くわ……なんか、頭の中に咲いてる花から花粉撒き散らされそうだから」
「そこまで言う……じゃあ、中休みに」
そう毒舌を残して明海ちゃんは自分の机に向かう。
「椛沢」
「なに?」
明海ちゃんの後姿を見送っていたら、鈴木君から声をかけられた。
なんだろうと鈴木君を見ると、とっても複雑な表情を浮かべている。
「え? どうかした?」
「いや……宮里と椛沢って、友達なんだよな?」
「うん」
それがどうかした?
そう問いかけると……あ、ちなみに宮里は明海ちゃんの苗字ね。
鈴木君はちょっと迷ってから戸惑いを声に乗せながらぽつりと、
「お前、友達ってより……おもちゃ扱いされて無いか?」
少し最後の言葉だけためらってから鈴木君は聞いてきた。その言葉にあたしは少しだけ遠くを見つめて数秒間を取って鼻で笑った。
「なんでそこで笑うんだよ」
鈴木君はちょっと気分を害したのか眉間にしわを寄せていた。
「うんとね、明海ちゃんてすっごく嘘が嫌いで一直線な人なんだよ。それでいて、とっても人の気持ちに敏感なの」
「あれでか? の前に、おもちゃ扱いは否定しないんだな」
だってされてるもの……
あたしの言葉に、信じられないといった表情を浮かべる鈴木君。
そんな彼に、あたしは苦笑しつつ「あれでも」と、うなずいた。
「だからね、本当に困った時や助けてほしいと思った時は一番に駆けつけてくれるんだよ」
そう……どんなに言葉がきつくても、言う事が容赦なくても、明海ちゃんはあたしが本当に困った時は、いつもいつも助けてくれた。
まぁ、ピンチに陥る回数は低いから、日常のあの攻撃がかなりきつく感じることがないわけでも無いんだけどね……でも、それを補うほどの信頼をあたしは明海ちゃんに寄せているんだ。
「それに今だって……」
「いま?」
何の事かと鈴木君が首をかしげる。
その彼にあたしは、何も答えずただ微笑みかけた。
明海ちゃんは、あたしと鈴木君が話せるように気を使ってくれたのだ。
そして、きっと会話のきっかけもくれたんだと思う……うん、そう思いたい。
「明海ちゃんはくーでれなの」
「……ふ~ん」
あたしの言葉に鈴木君は、納得してるのかしていないのか、わからない相槌を打ってくる。
いや……ちょっと、人に聞いておいてそれはないんじゃない??
「鈴き――」
「ちゃんと見てるんだな」
「え?」
一言いってやろうと意気込んだと同時に、鈴木君の目が真っ直ぐあたしへと向けられた。
メガネの奥で煌く灰色がかった黒い瞳に、あたしの驚いた姿が映し出される。
「お前、凄いな」
と、今まで見た事のない満開の花を思わせる綺麗な笑顔を浮かべていた。
その笑顔にあたしの心臓がどきどきと早鐘を打って、顔が真っ赤になっていく……。
「椛沢どうした?」
「なんでもない!」
真っ赤になった顔を見られたくなくて慌てて顔を鈴木君から背ける。
よかった……窓際の一番後ろの席で……。
今日ほどこの席で助かったと思った事は無いと思う。
あたしは早く頬の赤みが引くようにと、ひんやりと冷たい両手で頬を包む。
そしてなんとなくそのまま窓から外の景色を眺めた。
始業ベルが後少しでなるということもあり、窓の外に広がるグラウンドには誰もいない。
無人のグラウンドとその端っこに、申し訳程度に作られた花壇がある。
花壇には様々な花が植えてあって、遠目からもそのカラフルな色彩が見える。
――鈴木君の笑顔は牡丹の花かなぁ……。
花壇には牡丹はないけど、花というだけですぐに連想させてくれた……鈴木君の笑顔は満開の牡丹だ。
今日のお昼はあの花壇の付近でとろうかなぁ。
そう思いつつ、いまだに顔の赤みが引かなくて焦った三日目。