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宇宙生命体ジード

作者: Samail
掲載日:2026/08/26

単発です。面白そうなら連載版書きます。

1969年2月8日。

メキシコ、チワワ州。

昼下がりの空を、巨大な火球が横切った。


轟音。


空中で砕けたそれは、無数の黒い石となって大地へ降り注いだ。

後に、アエンデ隕石と呼ばれることになる隕石だった。

世界中の研究機関へ送られ、長い年月をかけて調べられることになる、貴重な試料。


その一つ。

割れた黒い石の奥に小さな種のようなものがあった。

石でもない。

植物でもない。

それは誰にも気づかれることなく。

一度だけ脈打った。


*


2026年、日本。


テレビの向こうで、街が燃えていた。

崩れたビル。

ひっくり返った車。

逃げ惑う人々。


その中を、一体の異形が歩いている。

人の形にも見える。

けれど。

腕は異様に長く。

皮膚の半分は、黒い殻のようなものに覆われていた。


『各地で被害が拡大しています。政府は不要不急の外出を控え、屋内に留まるよう呼びかけています。』


画面が切り替わった。

白衣を着た男が、険しい顔でカメラを見ている。


『当初、未知のウイルスによる感染症と考えられていた一連の症例ですが、現在ではウイルスや細菌とは異なる、未知の生命体によるものと考えられています。』


隣で兄ちゃんがポテトチップスをかじった。


「感染症じゃなかったのかよ。」


「昨日までそう言ってたよな。」


「適当だな。偉い人も。」


「分かんないだけだろ。」


兄ちゃんがもう一枚食べる。

俺も袋に手を入れた。


『この生命体は、単体では数センチほどの種子に似た姿をしています。人間の体内へ侵入すると宿主の細胞に干渉し、肉体そのものを変質させます。』


画面に映像が出る。

小石ほどの大きさ。

黒くて丸い。

種のようにも見える。

その殻が開き。

細い脚のようなものが伸びた。


「うわ。」


兄ちゃんが顔をしかめる。


「気持ち悪。」


「CGかなんかじゃないの。」


「いや、ニュースで流さないだろ。」


「そりゃそうか。」


画面が変わる。

今度は人間のシルエット。

胸に、小さな点。

そこから黒い筋が全身へ広がっていく。

腕が伸びる。

背中が膨らむ。

頭部が歪む。

人間だったものが、異形へ変わった。


『寄生された人間は、変異後も記憶や人格を保持する場合があります。一方で、完全に宿主としての人格を失う症例も確認されており――』


袋に手を入れる。

カサカサ。

覗く。

何もない。


兄ちゃんは得意顔で最後のポテチを持っている。

目が合う。


「ずるい。」


「兄だからな。」


「関係ないだろ。」


「兄は偉い。」


「二歳しか違わないじゃん。」


「二年分偉い。」


兄ちゃんは笑ってそれを口に運ぶ。

俺は恨めしそうに、でも少し楽しそうに笑う。


テレビの中では、世界が終わりそうなのに。

うちのリビングだけは。

まだ、いつも通りだった。


『なお、研究チームはこの生命体の外見的特徴から、暫定的に――』


ドン。


家が揺れる。

テーブルの上のコップが跳ねる。


「……地震?」


俺が言った直後。


ドン。


もう一度。

今度は近い。

窓ガラスが激しく震えた。

外から悲鳴が聞こえる。


兄ちゃんが立ち上がった。

さっきまでのふざけた顔じゃない。

カーテンを開ける。

道路の真ん中に。

何かがいた。


人だったのかもしれない。

破れた服。

片方だけ残った靴。

でも、腕が四本あった。

異様に長い脚。

顔の半分を、黒い殻が覆っている。


そいつが道路に倒れていた男の頭を掴んだ。

持ち上げ、そして。

握りつぶす。


「……。」


声が出なかった。

テレビからアナウンサーの声が聞こえる。


『――ジードと呼称しています。』


道路の異形が。

こちらを向いた。


「逃げるぞ。」


兄ちゃんが俺の腕を掴んだ。


「え。」


「早く!」


玄関へ走る。

靴を引っかける。

まともに履いている暇なんてなかった。

外に出る。

町が変わっていた。

人が走っている。

泣いている子供。

叫ぶ女。

車を乗り捨てる男。

遠くで爆発。

黒い煙が上がる。


「こっち。」


兄ちゃんに引っ張られる。

走る。

どこへ逃げればいいのかなんて分からない。

ただ、あそこから離れなきゃいけない。

路地へ入る。


「兄ちゃん。」


「止まんな。」


「でも、どこ行くんだよ。」


「知らねえよ。」


「知らないのかよ!」


「走りながら考える!」


こんな時まで適当だ。

でも兄ちゃんが前を走っている。

それだけで、怖さが和らぐ。


ガン。


背後で音がした。

硬いものが地面を叩く音。


ガン。

ガン。


速い。

近づいてくる。

兄ちゃんが振り返る。

俺も振り返った。


さっきのジードが四本の腕を地面につき。

獣みたいに走ってくる。


「走れ!」


兄ちゃんに背中を押された。


「兄ちゃん!」


ジードの胸元が裂けた。

そして、中から。

黒い何かが飛び出した。

小石ほどの大きさのそれ。


さっきテレビで見た。


ジード。


真っ直ぐ。

俺に飛んでくる。

動けなかった。

不意に兄ちゃんの背中が俺の目の前に。

黒い種が兄ちゃんの胸に張り付いた。


「……え。」


殻が開く。

細い何かが、兄ちゃんの体へ食い込んだ。


「ぐっ……!」


「兄ちゃん!」


黒い筋が。

胸から広がっていく。

首へ。

顔へ。

腕へ。

皮膚の下を、何かが這っている。

兄ちゃんが膝をついた。


「逃げロ。」


「何言ってんだよ!」


「はやク!」


背中が膨れ上がる。

服が裂ける。

黒い殻が生えてくる。


「兄ちゃん!」


近づこうとする。


「来ルな!」


足が止まった。

兄ちゃんが顔を上げる。

右目はまだ兄ちゃんだった。


しかし左目は、真っ黒だった。


「行ケ。」


「嫌だよ。」


「駄目ダ。」


「兄ちゃんも来いよ!」


「……。」


兄ちゃんが笑った。

いつもの顔。

少しだけ馬鹿にしたような笑い方。


「兄ちゃンノ言うこと聞ケ。」


兄ちゃんの体から。

黒いものが一気に溢れた。

空気が歪む。

地面が割れる。


「兄ちゃん!」


黒い殻が。兄ちゃんの顔を覆っていく。


次の瞬間。

世界が弾けた。

爆発。

そう思った。


兄ちゃんが黒いジードへ変わる。

その余波。衝撃が路地を吹き抜けた。


窓が割れる。

壁が崩れる。


俺の体が宙に浮いた。


「兄ちゃ――」


背中から地面に叩きつけられた。

骨が折れる音がした。

息ができない。

熱い。

痛い。

耳鳴り。

視界が滲む。


黒い煙の向こう。


何かが立っていた。


大きい。

人間じゃない。

全身を黒い殻に覆われた異形。


でも分かった。


兄ちゃんだ。


「……兄……。」


手を伸ばす。

動かない。

指一本、動かない。


意識が落ちていく。


黒い異形は空へ跳ぶ。


その時、

黒い異形の足元から何かが落ちた。


白い小さな種。


黒いジードから剥がれ落ちたみたいに。

ころころと転がって俺のすぐそばで止まる。


一度だけ脈打つそれは。


俺の胸へ。

ゆっくりと近づいて・・・。


*


真っ白だった。


上も、下も、何もない。


「……ここ、どこだよ。」


声が響く、返事はない。


「兄ちゃん?」


何もない。


「兄ちゃん!」


「うるさい。」


声がした。

振り返る。

辺りを見回す。


誰もいない。


「……誰だよ。」


「よく見ろよ。」


「見えねえよ。」


「はあ、ほら。」


目の前に俺が立っていた。

ただ、髪も肌も真っ白い俺。


「は?なんだよ、お前。」


「知らん。」


少しだけ間があった。


「俺は……多分、ジードだ。」


「は?」


頭が止まる。


「ジード?」


「お前たちは、そう呼んでるみたいだな。」


「俺に寄生したのかよ!?」


「した。」


「ふざけんな!出てけ!」


「いいけど、お前死ぬよ?。」


「……え。」


「骨も折れてたし、中もかなり壊れてた。」


「じゃあ……。」


胸に手を当てる。


「助けてくれたってことか?」


「俺も死にそうだったからな。」


「……。」


「お互い様だ。」


妙に軽い。

こっちは何が起きたのかも分からないのに。


「それより。」


声が言った。


「そろそろ起きろ。」


「は?」


「来たぞ。」


「何が。」


「他のジード。」


白い世界に。亀裂が走った。


*


目を開ける。

瓦礫だらけの路地。

最初に見えたのは、自分の手だった。


白い。

皮膚じゃない。

硬い殻が腕全体を覆っている。

指先には白い爪。


「……え?」


立ち上がる。

痛くない。

さっきまで息もできなかったのに。


胸に触れると何かが中で脈打った。


ドクン。


「これ……俺?」


『今のお前だ。』


頭の中で声がする。


「勝手に喋んな!」


『混乱してたから。』


「いや、するだろ!?」


瓦礫の向こうで音がした。

一体のジード。

さっきとは別の個体のようだ。


二本の腕。

大きく裂けた口。


背中から、骨みたいな突起が伸びている。

こっちを見る。


「……どうすんだよ。」


『やるしかないね。』


「いきなり!?」


『逃げても追い付かれるでしょ?』


「戦い方なんて知らねえよ!」


『まあなんとかなるよ。』


「はあ!?」


ジードが跳んだ。


「右!」


考えるより先に右へ飛ぶ。

景色が流れた。

一気に数メートル。

壁にぶつかる。


「うわっ!」


『動きすぎ。』


「加減が難しい!」


ジードが振り向く。

もう一度、突っ込んでくる。


「どうすんだ!」


『殴ってみれば?』


「雑だな!」


拳を握る。

地面を蹴った。

体が勝手に前へ出る。

白い拳が、ジードの顔に叩き込まれた。


轟音。


黒い体が吹き飛ぶ。

壁へ激突した。


「……。」


自分の拳を見る。


「なんだよ、これ。」


『おお、これが寄生か。』


「お前も知らねえのかよ!」


『初めてだからね。』


瓦礫が動いた。

ジードが立ち上がる。

まだ生きている。


胸元。

殻の隙間で赤いものが脈打っていた。


ドクン。


俺の胸も同じように脈打つ。


「……あれ。」


分かった。

理由なんて分からない。

でも分かる。


「あそこだ。」


『何が?』


「分かんねえ。でも。」


拳を握る。


「壊せばいい。」


『俺もそう思う。』


ジードが走る。

俺も走った。

腕が振り下ろされる。

避ける。


二発目。


白い腕で受ける。

衝撃。

でも折れない。

その腕を掴む。

引く。


ジードの体勢が崩れた。

胸の赤く脈打つものへ。


「そこだ!」


拳を叩き込む。

硬い。


もう一度。

殻に亀裂が走る。


「うおおおっ!」


白い拳が胸を貫いた。

赤いものが砕ける。


ジードの動きが止まった。

ゆっくり倒れる。


そのままジードは白くなり、動かなくなる。


俺は自分の白い手を見る。


足元に倒れているジードを見る。

そして兄ちゃんがいた場所を見る。


黒い異形はもういなかった。


「兄ちゃん……。」


返事はない。

胸の中で白い何かが脈打つ。


『まあ、生きてはいるだろ。』


声がした。


「……え。」


『お前が生きてるんだし。』


少し間を置いて。


『なら、あいつも生きてるかもしれない。』


俺は兄ちゃんが消えた先を見る。

白い拳を握った。


*


それから三年が経った。

兄ちゃんはまだ見つかっていない。

ジードは増えた。

世界も少し変わった。


そして俺は今日もジードを狩っている。


『来るぞ。』


頭の中で声がした。


「分かってる。」


『三体。』


「見えてるよ。」


『右からも一体、追加で。』


「……それは見えてなかった。」


『感謝しな?』


「うるさい。」


白い腕を構える。

目の前で四体のジードが咆哮した。

俺は地面を蹴る。

兄ちゃんを探すため。

そして人間として生き残るために。

三年前。

死にかけた俺に寄生した白いジードと共に。

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