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恋愛小説(バスの車内にて)

作者: kk
掲載日:2026/04/29

 希はいつも、家の最寄りのバス停からバスに乗って高校へ通う。


 バスの車内には、いろんな種類の人たちが乗っている。仕事で疲れたサラリーマン、子供を連れた若いお母さん、仲の良い老人夫婦。希みたいに遠くから高校に通う子は少ないせいか、今のところ、同じ学校の生徒をバスで見かけたことはない。


 希は、そんなバスの車内の風景を眺めるのが好きだ。 そして座るのはいつも、決まって右側の前から三列目くらいの席。そこの窓際のほうに座り、膝の上に学校のカバンを乗せて、カバンに取り付けてある、ゲーセンで取ったハリネズミ『ハリー』のぬいぐるみを触って、家か学校に着くまでの間、気持ちを落ち着ける。そしてこの席こそが、希の特等席だった。


 ある日、希が部活動終わりに、くたくたになってにバスに乗り込むと、珍しく一人の見慣れない中学生らしき男の子が乗り込んでいた。 希はその学ランの制服を見てすぐに、近くの中学の子だな、と思った。そして男の子が座っているのは、あろうことか、希の特等席だった。


 疲れているのに、いつもの席を取られた、と希は思った。 なんだか落ち着かなかったので、あえて特等席の真横に立った。 他にも座席は空いているのに、なんだか抗議デモをしているような格好に見えなくもない。


「なんか用?」男の子が希の方を見て言った。明らかに怒気のこもった言い方だった。「いや、そっちこそ何?」希は思わず言い返した。


 少しの間、睨み合いが続いた。 希が見た男の子の顔は、必要な部分を思いつく限りナイフで削ぎ落としたように無駄がなくシュッとしていて、微動だにせず、じっと希の方を見つめている。目も細く切れ長で、なんだかお腹を空かせた爬虫類みたいだな、と希は思った。


 そこ、私の席なんだけど、と希は思いつつ、「ウザ」と言いながら、特に目的もなく、スマホをいじり始めた。 男の子の方も、時間が経って怒りがおさまったのか、希から目線を逸らし、外の景色を見ている。 男の子の顔が窓ガラスに反射して、ふと、二人の目線が合いそうになって、思わず希は目を逸らした。


 次の日も、男の子は希の特等席に座っていた。しかも、その日は隣に友達らしき男の子も座って、二人で楽しそうに談笑していた。 希は、またか、と思ったが、まぁそもそも指定席じゃないしな、と思いつつ、反射的に黙って男の子の前に立った。そうしたところで、何も結果は変わらないと分かっているのに。


「なんか用?」あの男の子が言った。隣の友達らしき男の子がニヤニヤしてこっちを見ている。「いや、だから、何もないって!」希は言った。 バス中に響き渡る大きな声だった。 その日は部活帰りで、しかも練習中にありえないミスをして、普段は優しいはずのコーチにひどく怒られた。 お腹も空いていてイライラしているせいか、心なしか声が大きくなってしまった。 何事かと、バスの乗客が一斉に希の方を見た。


「おー、怖」友達らしき男の子が言った。 あの男の子の方は、じっと希のことを見つめている。こないだの爬虫類みたいな、細く、静かな目。 希は、思わず大声を出してしまった恥ずかしさと、部活での失敗と、いつもの安心できる特等席に座れないもどかしさで、気持ちが抑えきれずに、涙があふれ出した。


「おい、泣いちゃってんじゃん」友達らしき男の子が、オドオドしながら言った。それと同時に、バスのドアが開き、乗客が降りてゆく。


 あの男の子は、あ、と希に何か話しかけそうになったが、希は、その場から逃げ出したくなって、とっさにバスから降りた。


 そしてそこは、家の最寄りのいつものバス停ではなかった。


 見慣れない住宅街。少し日が暮れた曇り空。家までそう遠くないはずなのに、一本道を入ったらまるで遠い街みたいだった。 希は、静かな住宅街で、大声で泣きながら、かすかなカンだけを頼りに知らない道を通り、家へと歩いて帰った。


 次の日から、希はバスの乗車時間を一本早くずらすようになった。あの男の子と二度と会いたくないという気持ちと、あんなことがあって、恥ずかしくて同じ時間帯のバスには乗れないと思ったからだ。


 そんな生活が1ヶ月くらい続いた。早めのバスの乗客は、いつもの時間とは全く違う種類の人たちが乗っていた。 人間はみんな、決まった時間にバスに乗りたがる習性があるんだな、と希は思った。


 ある日、部活の終わりが遅くなってしまって、希はギリギリのところでバスを逃した。 激しい雨も降っていたし、これ以上バス停で待っているとびしょ濡れになる気がしたので、仕方なく、いつもの時間のバスに乗ることにした。


 そこには、いつもの人たちが乗っていた。疲れたサラリーマン、子供を連れた若いお母さん、仲の良い老夫婦。 そして、あの特等席には誰も座っていなかった。希は、忘れかけた自分の巣を見つけたツバメみたいに、素早く特等席に腰掛けた。


 久々の特等席からの眺めは最高だった。 激しい雨が降っているせいか、外でいろんな傘をさしている人を見ることができたし、窓ガラスが希を雨から遮ってくれる。 そして、特等席という安全な場所から景色を眺めることで、優越感に浸ることができた。 行き交う人の傘を見て、黒とか紺とか、意外と濃いめの色が多いんだな、と希は思った。


「あの、すいません」ふいに、誰かに話しかけられた。ずっと窓の外の景色を見ていたので、大人に話しかけれたのかなと思い、「はい、すいません」と、希がとっさに振り向きざま答えると、「あ、やっぱりそうだ」と、こなだの男の子の友達が立っていた。 友達の方は、あの男の子とは真逆で、目は大きく二重で、顔も少しふっくらしていた。


 希はびっくりして、思わず目を逸らした。まるで、NGが出た映画のワンシーンを撮り直す俳優みたいに。


「スグルから預かってきたんだ」そう言うと、男の子がカバンから荷物を取り出した。「はい、これ」と、透明なグリーンの、ガチャガチャのカプセルを取り出した。同じタイミングで、バスどこかのバス停に停車した。


「何、これ?」希は言った。「知らない、じゃあ俺行くわ」そう言うと、さっとバスから降り、傘を広げて帰っていった。 傘が子供用だったらしく、少し小さいせいか、ほとんどずぶ濡れになりながら、急いで走り去ってゆく。


 希はポカンとしながら、カプセルを開けた。車内の揺れもあってか、中から勢いよく何かが飛び出し、床に落ちた。 希はそれを拾い上げ、まじまじと眺める。


 『リアル動物シリーズ』と書かれた説明書と一緒に、ヤマアラシのフィギュアが入っていた。


 希は家に帰ってすぐお風呂に入り、ベッドの上で、ヤマアラシのフィギュアを手に取ってまじまじと眺めていた。 どういうことだろう?と希は思ったが、部活の疲れもあって、そのまま頭も乾かさずベッドの上で眠ってしまった。


 その夜、希は変な夢を見た。 朝、遅刻しそうになって急いで学校に到着すると、なぜか校庭にいるヤマアラシに追いかけ回される夢。チャイムが鳴って、教室に入らないといけないのに、ヤマアラシが邪魔をして校舎に入れない。


 ヤマアラシのことも気になっていたから、次の日の部活帰り、希はいつもの時間のバスに乗った。 特等席には、あの男の子が座っていた。今日は友達はいなくて一人みたいだった。


 希は、特別に言いたいこともあり、いつも通り特等席の前に抗議するように立つと、「あれ、何?」と言った。 男の子は、はっと希の存在に気づいて、あ、あ、と頭の中で話す内容を整理している様子だったが、一呼吸置いてから、「ヤマアラシ、だよ」と、言った。


 希は、訳が分からず、「なんでくれたの?」と言うと、「泣かせちゃった、と思ったから。俺のせいで」と、表情だけで反省を表現するかのように、眉を寄せて難しそうな顔をして言った。


「で、なんでヤマアラシなの?」希は、おかげで変な夢見たじゃん、と言いたかったが、ぐっとこらえた。「だって、好きなんでしょ、それ」男の子が言った。


 希は、少しの間、うーんと考えていたが、「もしかして、これ?」と、ハリネズミの『ハリー』のストラップをカバンから持ち上げてみせた。「そう!それ!」男の子が言った。「全然違うじゃん!」希は言った。男の子がぶぜんとした、なんとも言えない表情になった。


 それが希はおかしくて、大声で笑った。 いつもの乗客たちが、こっちを見ていた。でも、前回と違って、心配した様子ではなく、みんなが微笑ましくこちらを見ていた。 夕暮れ時で、車内の全てがオレンジ色に染まっていた。


 それでも希は気にせず、涙が出るほど大声で笑った。 その日から、その席は二人の特等席になった。

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