エピローグ
二学期も十日が過ぎ、夏の暑さが蝉の鳴き声とともに静かになってきた。今日も朝早くから、大きな文字で僕のあだ名が書き殴られている。
「よお公子。今日もお前の名前、書いといてやったぜ。感謝しろよ」
「君が書いたのか」
「そうだよ?なんか文句ある?」
「ある」
「あーん?公子のくせに、何いってんだよ!」
「僕の名前は、伊達公男だ。公子じゃない。人の名前をもてあそんでからかうなんて、ひどいじゃないか。僕が傷付くから、消してくれよ」
僕は、全身をふるわせながらも、一言一言慎重に言葉を選び、しっかりと相手の目を見て毅然とした態度でそう告げた。
「な、なんだよ。公男のくせに。そんなに嫌なら自分で消せば?」
そう言って黒板に伊達公子と書いたクラスメイトは去って行ってしまった。せっかく勇気を振り絞ったのに、失敗だ。相変わらず言われるがままワイパー黒板消しを繰り出していることが我ながら情けない。せっかく、とまとと約束したのに。
「公ちゃんも言ってたでしょ。僕が何も抵抗しなかったから、いじめがますますエスカレートしたって。クラスメイトだって一緒なんだよ。公ちゃんが虐められても何一つ自分の気持ちを言わないから、相手もいじめを止めることが出来なくなっているのさ。逆に、公ちゃんが思ったことをはっきりと言い過ぎる所も友達が出来ない理由なんだ。名前とか欠点とか、どれもいじめる口実でしかないんだよ。自分が言われて嫌なことは言わない。嫌なことをされたらはっきり嫌だと言う。これが僕の最期のお願いだよ」
全く、あいつときたら。てっきり大好きな骨と一緒に自分の骨を燃やして欲しいだとか、トマト畑に骨を埋めて欲しいだとか、そういうことをお願いすると思ったのに。最後の最後まで、僕のことしか考えていないんだから。でも、そんな最後のお願いまで、僕には叶えてやることができないのだろうか。
「やるじゃない、キモオ」
そうこう考えているうちに、いじめっ子その二が現れたか?とも思ったが、このあだ名で僕を呼ぶのは…
「見直したわよ、公男君。初めていじめっこに勝ったわね!これも、やっぱり吉野君との愛情パワーなのかしら?」
と、我が愛する能面人形の方こそ、今となっては妄想たっぷりの笑みを浮かべたおかめさんへと変貌を遂げ、初めて僕のことを褒めた。
「それについては、木実ちゃん。君に話したいことがあるんだ。屋上へ来てくれ」
「な、何よ!公男君。離しなさいよぉ…」
僕の脳裏に、本当に最後の最後、かすかに聞こえたとまとの台詞が蘇った。
「そうそう。腐女子ってね、男同士の恋愛を見るのは趣味みたいなものなんだって。恋愛になると、普通の女の子のように男の子を好きになるんだってさ。少なくとも木実ちゃんは」
秋を告げる木枯しが、僕らには春一番のように感じられた。
白昼夢遊 了
駄文を最後までご精読有難う御座いました。
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