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三人の性癖

「はい、公ちゃん。アーン」

「あーん」

一方的にそう決め付けられた運命の再会から七日が経った今日も、自称可哀想な公男くんの周りでは女性の黄色い歓声と男性の黒い罵声がさながら応援合戦のように応酬されている。にもかかわらず、チアリーダーと応援団は僕たちの半径三メートル以内には決して近付こうとはしない。他校にでもエールを送っているような、そんなよそよそしさが声に乗って伝わってくる。

その全ての原因が、彼。別に両腕を骨折しているわけでもないのに、甲斐甲斐しく僕の口に弁当を運んでくれる吉野である。


始業二日目から我が母は僕と吉野二人分の弁当をこさえてくれるようになった。しかも吉野の方はでんぶハート付き。別に羨ましくはないのだが、それが応援合戦をしている者共には僕の手作りに見えるらしく一層感情を昂らせるらしい。


僕は四日目から、彼の好意を全く避けなくなった。毎回必ず便所に同伴することも許し、抱き着いてきても振り払わず、昼休みにはこうして黙々と餌付けされているわけだ。

別に、吉野の口づけで同性愛に目覚めてしまったわけではない。逆に僕はあの日の夜から悪夢にうなされるようになったのだが、僕は昔からいじめられていたせいで現実逃避のために自在に夢を操れるという特技があるため、どうにか悪夢から抜け出し、オール4の頭脳で始業式の謎の一つである木実ちゃんの豹変について考え続け、三日目の夢にしてついに解明することに成功したのである。


僕は以前から、休み時間には必ず窓側をぼんやり眺めるようにしていた。それはやはり窓の外ではなく、窓側の隣りに座る木実ちゃんを密かに観察するためである。単に好意を抱いている異性の顔を見るためだけの習慣だったのだが、観察しているうちに能面に思えた彼女にも、うっすらと微笑を覗かせる一瞬があることに気が付いたのである。それがどんな時だったのか、始業式に吉野が僕に抱きついた瞬間まではっきりとした法則は分からなかった。しかし、木実ちゃんのあの時の嬉々とした笑顔を思い出し、一つの有力な仮説が頭を過ぎったのだ。それは。

彼女は、いわゆる腐女子ではなかろうか。

腐女子。ヤオラー。ボーイズラブ。一般に、男性同士の恋愛を扱った小説や漫画などを好む女性のこと。(Wikipediaより)

噂には聞いていたが、それがまさか自分の意中の女性がそうであるとは、正直信じたくはなかった。単に男好きならモテない自分にもまだ可能性はある。しかし、腐女子は「男同士好き」なのだという。それはレズビアンの女性に付き合ってくれと言うようなものなのだろう。僕はその仮説が思いついた瞬間、ベッドから落下して頭を打ってしまった。しかし、その頭への刺激が、幸か不幸か、僕の人生で最大の閃きを(もたら)してくれたのである。

「いっそ叶わぬ恋ならば、見つめ合わせてみせましょう」

つまりだ。彼女が腐女子で、男同士が仲良くしている所を見たいのであれば、何のことはない。僕自身が彼女の目の前でそうしてやればいいのだ。彼女は嬉々として僕…と吉野、を見つめてくれるだろう。始業式の日には二人に割って入った吉野を恨んだりもしたが、こうなってしまえばむしろ好都合。僕は左にいる吉野を見る振りをして、木実ちゃんが右側にいる僕と吉野を見ている所をまじまじと見つめ返すとが出来るのである。

その結果、男子からさらにいじめられても構わない。女子の間で変な噂が立ったっていい。能面の綺麗な彼女の顔も好きではあったが、何といってもあの時見せた紅潮して目を爛々と輝かせている彼女の笑顔に勝るものは、僕には到底思いつきそうもないのだから。


四日目の朝、恐る恐る彼女の目の前で吉野と密着した瞬間。半径三メートル以内の誰しもが遠のいたこの聖域に、僕と吉野以外に木実ちゃんだけが微動だにせず存在し続けたのである。ただ、予想と違ったのは木実ちゃんが腐女子であることを隠したがったこと。木実ちゃんは殆どその表情を変えてはくれなかったのだ。僕は初めて知ったのだが、僕と同年代の男が意中の女性への気持ちをひた隠しにするように、腐女子はその嗜癖を対象の男性だけでなく、同種族でない女友達にも決してばらせない種族のようだ。

しかし、始業式に比肩するえびす顔を見せるほどではないにしろ、僕達の様子を垣間見るたびに能面からおかめさんくらいの表情には変わってくれる。あれから一週間、彼女の表情をいかにして緩めようかと勉強そっちのけで研究に夢中になってしまっている、というわけなのだ。

「ほら、公ちゃん。顔にご飯粒ついてるよ」

「おお。取ってくれ」

「へへ。いいの?えいっ」

吉野は吉野で、僕が一向に抵抗しないのをいいことに、どんどんスキンシップがエスカレートしてきている。流石に、教室内で頬に口づけまでされるとは思ってもみなかったが、大いに収穫があった。

「はっ、ははっ!はははははははははっあっはあっ」

「こ、木実ちゃん?大丈夫?」

思わず名前で呼んでしまったこともそうだが、彼女が興奮の余り笑い出してくれたのも嬉しかった。

傍から見たら気味の悪い光景なのだろうが、今の僕は十四年の人生の中で最高潮を迎えていると言っても過言ではない。

「おーい!もしもーし!」

「はっはー、ひっ、ひー、ふー。ぶっ」

ありきたりな方法ではあるが、彼女の目の前で手を左右に振ってみせても、目の焦点が合っておらず、過呼吸気味にひゅーひゅーとした音を鳴らしながらラマーズ法のような呼吸をしたかと思いきや、机に突っ伏して動かなくなってしまった。

「こりゃ、ちょっとやり過ぎたかな?どうしよ…」

「あっ!木実ちゃん病気?早く病院に連れていかないと!」

「おう…いや、とりあえず保健室だろ?」

と言うが早いか、吉野は僕の頬に付いていたであろう米粒を自分の下唇に付けながらも冷静に行動を開始した。まともに動けない彼女を背負い、さながら白馬の王子様の馬のように颯爽と同じ階の中央に位置する保健室目掛けて走り出したのである。

「お、おい!あんまり急ぐと危ないぞ!木実ちゃんにも負担になるんだからな」


などと冷静に注意をしつつ、非常に乗じて僕も道案内役を買って出た形で保健室に急いだ。というか、吉野の方こそ木実ちゃんの体にしっかりと密着していて役得にも程がある。後で間接ハグでもしたい位である。しかし彼にすれば僕にしか興味がないのだから得ではないのだろうか。それにしてはやけに木実ちゃんのために動いている所が実に意外である。

「君って僕以外にも関心が有ったんだな。驚いたよ」

「あれ?もしかして灼いてるの?嬉しいな。でも安心して。僕は公ちゃんの大事な木実ちゃんだから良くしてあげてるだけなんだから」

「な、何言ってるんだよ。っていうかそれってどういう…」

率直に疑問を投げかけただけなのに、木実ちゃんの見ていないところで無駄に吉野に好印象を抱かせてしまったどころか、又もや彼の意味深な発言を聞いてしまい混乱していると、僕たちの会話に気づいたのか愛しの眠り姫が目を覚ました。

「う…うーん」

「あ、木実ちゃん気が付いたね。良かったね公ちゃん」

「あ、ああ。木実ちゃん、大丈夫?急に気絶したから心配したよ」

「え?えーと。私…気絶したの?」

「そうだよ。僕が公ちゃんのご飯粒を食べてたら、急におかしくなったから保健室まで運んできたんだ」

「ば、ばか。そんなこと言ったらまた木実ちゃんが興奮しちゃうだろ!」

「そういえば、そんな気もするわね。って、え?どうして?どうして私が、その」

しまった。吉野が木実ちゃんと呼んでいるのに乗じて、僕も木実ちゃんと呼べるようにとさりげなくなだめようとして、ついつい誰にも知られていないはずの木実ちゃんの嗜癖について言及してしまった。こればかりは木実ちゃんが紅潮して(うつむ)いている様子に見とれている場合ではない。何とか誤魔化さなければ。

「あ、あのさ、普通男同士があんなことしてるの間近で見たら、気味悪すぎて気絶しちゃうかな、と思ってね」

「そ、そうよね。そうなのよ。私ってほら、真面目だからね。男女が公衆の面前で不正交友をしているだけで、とても不愉快なのよね!」

「そうだよねえ。全く吉野ときたら、スキンシップが過ぎるんだからなぁ。はは、はははは!」

「そうなのよ。困った木下くんだこと。うふ、ふふふふふ!」

木実ちゃんが完全に誤解だったと思ってくれたかは分からないが、少なくともどうにかこの場を乗り切るために話に乗ってはくれたようだ。危なかった。もし僕が木実ちゃんが腐女子体質であることを知っていると気付かれでもしたら、僕だって嬉しくない。僕が木実ちゃんを好きなことに勘付かれてはならないのだから。

「何言ってるんだよ、二人とも。公ちゃんは木実ちゃんが好きだから、喜んでもらおうと思って腐女子の木実ちゃんのために僕といちゃいちゃしてるんでしょ?どうして嘘つくのさ?」

「………」

「………」

「…うぐっ」

「…ほごっ」

「あれ?おーい!もしもーし!公ちゃん?木実ちゃん?」

決して知られたくない秘密を知られたショックで、見事に二人同時に気絶してしまった。いや、正確には吉野は二人の秘密を知っていたらしい。でも何故なのだろう。僕は吉野にさえ木実ちゃんの性癖のことは…」

考えが纏まらないまま、僕らは深い眠りについてしまった。


第2部 了

次回予告

第3部 天国と地獄


投稿予定日

08月15日00時

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