あるゲッシーの狩猟本能
街からちょっと歩いた草原。森まではまだ距離がある場所に、その林はあった。
背の高い木々が密集しており、中に入ると森にいる気分になる。
その奥、ほぼ中央だろう、そこだけ鬱蒼と草が繁茂している茂みがあった。
私は地面に伏せ、右手に採集網を握ってゆっくりとそこに近づいていた。
目標はその茂みの周辺を飛ぶ白い蝶だ。私の知っている蝶より小さくて素早い。
気づかれないように伏せて、ゆっくりと近づいている、いるんだけど…
「慎重にね、焦らないで…フフッ」エミーさんが後ろから助言をくれる。
なんか変な声が聞こえるんですけど。エミーさん体調悪いのかな?
伏せたまま後ろのエミーさんを振り返る。パッと顔をそらされた。
「ほら、集中して…プッ」なんか苦しそうなんだけど、大丈夫?
「そのまま…ううダメだ、お腹痛い…クフフ」集中出来ないんですけど。
もう一度振り返る。エミーさんがその場に倒れてる!
「エミーさん!」私は跳ね起きて彼女に駆け寄る。返答が無い。
彼女は丸めた身体を時折痙攣させている。顔は両手で覆っているが紅潮している。
私は彼女の側に屈み込み、再び彼女の名を呼ぶ。
なんだ?何かに刺されたのか?それとも何か病気の症状?どうする。
「うう…お尻が、お尻が…もうダメ…」かすかにエミーさんの声が聞こえる。
「お尻?お尻がどうしたんですか?!」緊急事だし彼女のベルトに手をかける。
「違うわよ!私のお尻じゃない!」パッと起き上がったエミーさんが叫ぶ。
叫んだらまた倒れ込む。一体どういう事なの?
しばらくするとエミーさんの呼吸は少し落ち着いた。
顔を覆った指の間から私を睨んでるんですけど…
「うう…自分で気づいてないのね…あれは反則ぅ…」エミーさんが呟く。
私はどうしていいか全く分からない。するとエミーさんが起き上がった。
「あのね…自覚してないみたいだから言うけど…プッ」なんなんですか?
「獲物を目の前にして、お尻をフリフリするのは止めて…クフッ」
は?お尻フリフリって猫が狩りの時やるやつ?私そんなことしてた?
私が愕然としていると、とうとうエミーさんは吹きだした。
「真剣に獲物を見てるのに…不意にお尻をフリフリって…うう苦しい」
自分は真剣なつもりだから、見てる方は余計におかしいのよと笑いながら言う。
私が憮然としているとエミーさんは「ごめんなさい、もう笑わないわ」まだ笑ってるけど。
「蝶々逃げちゃったじゃないですか…」私はエミーさんに文句を言う。
「まだいるかもしれないし、探しましょ」エミーさんが立ち上がる。
「可愛い姿を見れたから、私は満足だけどね」こちらの顔を覗き込みながら言う。
そんな良い笑顔で言われたら、文句も言えないんですけど…はぁ、まぁいいか。
とりあえず人前での行動には気をつけねば、と決意する私なのであった。
「あ」エミーさんが立ち止まる。前方に意識を集中している。
エルフの五感は鋭い。視覚も当然含まれる。だがゲッシーも負けてませんよ。
「…おお」エミーさんの視線を追うと、さっきと同じ蝶。でも今回は群れだ。
「あの蝶々は、ギルドの買取いくらくらいでしょう…?」姿勢を低くしながら尋ねる。
「季節によるけど、最安の部屋1泊と定食2回は固いわね」エミーさんも屈みながら答える。
「でも普通は1匹捕まえるのがやっとよ?」エミーさんは慎重だ。
私は手にした採集網を見る。群れを一度に捕獲するほどの大きさは無い。
一網打尽にするためには手数が必要か…ふむ。
ここは前世で鍛え上げた、死にゲーの技を披露するしかあるまい、フフフ…。
「絶対ろくでもないことをやる気だわ…」エミーさんは協力お願いしますね。
私とエミーさんは、低い姿勢のまま手順を相談する。
チャンスは一度だけ、豪華な夕飯のために頑張りましょ。
「じゃ、そういうことで」
「分かった、頼りにしてるわよ」
私たちは慎重に移動する。私は群れの右側へ、エミーさんは左側だ。
用意ができたことを視線で確認する。…では行きますか。
私は群れに向かって駆ける。蝶たちが四方に散る動きを見せる。
もう大きな網でも捕えきれない。だからこそのこの技。
「秘技、連続切りっ」
網を高速で振る、右薙ぎ、左薙ぎ、切り下ろし、切り上げ、もう一度切り下ろし!
「エミーさんっ!」こちらに駆けてくる、両手で採取袋を広げて。
私は袋に網を突っこむ、間髪入れずエミーさんが袋を閉じた。
しばし無言、荒い息のまま見つめ合い、互いに笑みを浮かべる。
「やったわね!大成功じゃない!」エミーさんも嬉しそうだ。
「最初はふざけて言ってるのかと思ったのに…」採取袋を持ち上げる。
「まぁ私が本気に出せば、当然ですね」正直嬉しい。ちょっと調子に乗ってもいいよね?
「また調子に乗って…」エミーさんは私の額を指で突いてクスクス笑う。
はぁ、やっと前世の知識が役に立った。でも振ったのが網じゃカッコつかないよなぁ。
「ちょっと高いデザートがあるんだけど…今日はいいよね、ね」エミーさんが笑う。
この笑顔を見れたから、今回はよしとしましょ。
エミーさんの満面の笑みを見ながら私は思うのだった。




