あるゲッシーのプロローグ
「いい天気だよなぁ…」
思わず口に出るほど気持ちよく晴れた青空だった。
大木に背を預けたまま視線を移すと、暖かい木漏れ日が差し込んでいる。
名も知らぬ鳥が遠くでさえずる以外は、穏やかな静寂に包まれていた。
おそらく森の中なのだろう、少し開けた空き地で私は目を覚ました。
周囲の草はフワフワとして柔らかい。日差しのせいかほのかに暖かさまで感じる。
「これは、もう少し、寝てても、いいんじゃないだろうか…」
そうだそうだ、とでも言うように、体はゆっくりと草のベットに倒れこんでいく。
「まてまてまて、それどころじゃ無いだろ」
私は勢い良く起き上がり、座ったまま自分の両手を見つめる。
「いち、にぃ、さん、よん…いち、にぃ、さん、よん」
何度数えても左右の指が4本ずつしか無い、後、人間に肉球は無いはず…
かなり迷ったが、恐る恐る顔に触れてみる。
知らない顔だ。柔らかいフサフサの毛がある顔には全く覚えがない。
「待てよ、この顔は…」 思い切って頭を触ってみると、予想したものがあった。
「耳だよねぇ…、しかも縦耳。これは“ゲッシー”になっちゃってるってこと?」
私はぽすり、と再び草の上に倒れ込んだ。気持ちいいなぁ、もう寝ちゃおうかなぁ。
…うん、現実逃避してる場合じゃない、問題ありすぎるし頭を整理しないと。
「ちょっとお話しと違うんですが、どういうことなんですかね、部長さん…」
私は思い出せる最後の、そして唯一の記憶に想いを馳せた。
私は豪華なオフィスで来客用のソファーに座っていた。見覚えのない部屋だ。
瞬時に背筋を伸ばし呼吸を整える。だが違和感。
意識ははっきりしている。しかしここに来るまでの記憶が無い。
それどころか他の記憶も無いことに気づいて、私は固まった。
「大丈夫ですか?こちらをどうぞ、落ち着きますよ」
白いスーツの女性がテーブルにお茶を置いてくれた。
「あ、ありがとうございます…」私はそれを手に取る。
女性は微笑んで軽く会釈すると立ち去った。
お茶を飲む。普段ペットボトルのお茶しか飲まない私でも分かる高級茶だった。
…なぜコーヒーカップで出されたのかは分からないが。
「落ち着いたかしら?」カップを置くと正面のソファーから声がかかる。
さっきとは別の女性。落ち着かせたいなら急に現れるのはやめて欲しい。
私は姿勢を正して正面の女性に向き合った。
もうとりあえず話を聞くしか無いでしょ。お茶美味しかったから落ち着いたし。
正面に座っているのは高級そうな茶系のスーツを着たハーフっぽい壮年の女性。
…女性に壮年って言っていいんだっけ?
ソファーの後ろにはさっきの白いスーツの女性が立っている。
その隣には黒いスーツの女性。姉妹かな?
「…転生ですか?それとも転移でしょうか?」
思わず言ってしまった。いいじゃんこんな機会もう無いだろうし。
「話が早くて助かるわ」茶色スーツの女性は微笑んだ。
「ちゃんと説明するから、まずは自己紹介させてもらうわね」
彼女は周りを見回しながら言う。「私は…部長と呼んでちょうだい」
「あなたの精神に負担がないよう環境を整えたから、それに合わせて、ね」
「係長です、よろしくお願いします」白いスーツの女性。
「軍曹です、よろしくお願い…うぎゃ」
係長が軍曹の頭部に鋭い一撃を加えている。
良いツッコミだな…すごい音がしたけど大丈夫なんだろうか。
「皆さんは…神という存在として理解してよろしいのでしょうか?」
聞くまでも無いとは思うけど、念のため確認させていただきたい。
「神…神ね」部長さんはため息をついて視線を遠くに彷徨わせた。
なんか聞いちゃいけなかったかしら。後ろのお二人も表情が暗い。
「それが諸々のトラブルの原因なのよね」




