白鳥の湖
ある朝、一羽の白鳥が湖に舞い降りた。
他に白鳥はいなかった。
白鳥は老いていた。
もう他の群れとシベリアの大地へと帰れないと悟った白鳥は、眼下に見えるこの湖を、自分の死地とした。
しばらく白鳥は湖をゆっくりと回っていた。
岸辺には人間も動物もいなく、周りは森だった。
ここなら安心して余生を暮らせる。
もう何回もシベリアとこの島を往復してきた。
ある日、小さな鴨たちの集団が湖にやってきた。
「白鳥さん、お一人ですか?」
鴨が尋ねた。
「そうです。私は一人です」
「寂しく無いですか?」
「寂しくありません。私はここで仲間のことを思いながら暮らしているので、ちっとも寂しくありません」
「仲間がみえるのですか?」
「ここで心を静かにしてると見えてきます。みんなが故郷の大地で賑やかに暮らしているのを」
「そうなんですか。私もいつか歳をとったら、群れと離れなければなりません。一人になっても仲間は見えるのですかね?そうすれば寂しく無いと思えるのですが」
「大丈夫ですよ。私は死も怖くありません。死んだら私の魂はシベリアの仲間の元に帰る事を知っているからです。それまではここで静かに暮らすのです」
「そうなんですね。では私もいつかここにきます。それまで元気で」
いつしか、鴨たちは湖や飛び立って行った。
どこへ向かうのか?白鳥にはわからなかったが、またいつか会えるだろう。
また、ある日、1匹のたぬきが現れた。
「白鳥さん、白鳥さん、一人優雅でいいですねー」
「そうでも無いですよ。見えないかも知れませんが、足はバタバタ忙しいんですよ!」
「そうは見えませんねー。そうだ、私、先程野いちごの沢山なってる場所を見つけましてね。白鳥さんは食べますか?野いちご?」
「いちごですか?食べたこと無いのです。たぶん食べられると思いますが」
「では持ってきます」
たぬきはそう言って森の中に消えていった。
しばらくすると、手に沢山の野いちごを抱えて戻ってきた。
「ほら、白鳥さん、食べて。そっちには行かないから、ここに置いとくよ」
「ありがとう、たぬきさん。そこに置いてくれれば後で取りにゆきます。でもなんでそんなにしてくれるのですか?」
たぬきは照れくさそうに答えた。
「だって、この湖に浮かんでる白鳥さんは、あまりに美しいんだもの。だからそのお礼に」
白鳥は、たぬきの言葉に喜んだ。
「もう私はおばあちゃんなのに、でも嬉しいわ。ありがとう」
たぬきはまた森へと消えていった。
またある日、熊がやってきた。
「白鳥さん。野いちごどこに生えているのか知ってるかい?わしは腹が減って腹が減ってたまらんのだ。さっきキツネから聞いたら、たぬきが白鳥に野いちごをあげていたと聞いたんだが、知らぬかね?」
「ごめんなさい。熊さん。私はずっと湖の上にいて、森の中は知らないのです。たぬきさんがどこから野いちごを摘んできたのかもわからないの」
「そうなのか?でもたぬきがどの辺から出てきたのかわかるだろ?どっちだい?」
白鳥は長い翼を片方あげ、指差した。
「確かそっち」
その瞬間、熊は湖に飛び込み、白鳥の翼に噛みついた!
「何をするの?熊さん?」
「お前があんまり美味そうだから、お前を食べることにした!」
そして熊は白鳥の首に噛みつき、白鳥は絶命してしまったのである。
白鳥は、自分の寿命が終わったことを、空高い上空から眺めていた。
「ありがとう熊さん、これでようやくシベリアに帰れる。ありがとう熊さん」
白くて大きな翼を優雅に広げながら、白鳥は北へと旅立ってゆく。
仲間のいるシベリアへと。




