5月7日 初恋 神崎和也
放課後の図書室は、静かだった。
ほとんどの生徒は帰宅するか、部活へ向かっている時間、俺はなんとなくここへ来た。
目的があったわけじゃない。
ただ、誰にも邪魔されずに過ごせる場所を求めていた。
適当に本棚の間を歩きながら、タイトルを眺める。
けれど特に読みたいものは見つからず、そろそろ帰ろうかと思った、そのとき_
視線の先、窓際の席。
そこに、彼女がいた。
肩くらいまでのゆるくウェーブがかった髪が夕日に照らされ、淡く光を帯びている。
指先が静かに動き、本のページをそっとめくる、その仕草さえも、なぜか目を奪われる。
時間が止まったみたいだった。
心臓が、一瞬、強く跳ねる。
「……誰なんだろう。」
初めて見るはずなのに、目が離せない。
理由なんてわからない。
ただ、彼女の存在が俺の世界に突然入り込んできて、揺さぶる。
息を詰めたまま、しばらく動けずにいた。
ほんの数秒。いや、もしかするともっと長い時間だったかもしれない。
彼女の指が静かに動き、次のページへと進む。その仕草が、どうしようもなく美しく思えた。
次の瞬間——
ふと、彼女が顔を上げた。
俺の視線に気づいたのだろうか。
ゆっくりとこちらを向く。
そして、ふわりと笑った。
柔らかく、優しく、包み込むような微笑みだった。
心臓が、大きく跳ねる。
一瞬、思考が止まった。
言葉も、動くことさえもできなかった。
ただ、その目が俺を見ていることがわかった。
夕日の光を含んだ瞳は、どこか夢の中にいるみたいで。
「……」
俺は息を吐くことさえ忘れていた。
目が合った瞬間、朔の胸が大きく高鳴った。
微笑まれたことが嬉しくもあり、けれど、どうしていいのかわからない。
心臓がうるさい。視線を逸らしたいのに、動けない。
「やばい……。」
次の瞬間、俺は反射的に目をそらし、本棚の影へと逃げるように歩き出した。
背後で彼女はまた本へ視線を戻したのだろう。
何事もなかったかのようにページをめくる音が聞こえる。
俺は、その余韻に振り回されながら図書館をあとにするしかなかった。
(なんなんだよ……俺。)
自分の中で新しい感情が芽生えたことに気づきながらも、それを持て余してしまう。
このまま彼女のことを忘れるなんて、きっとできない。
時間を合わせてみましたが、部活動の時間ってもうちょっと遅いんですかね…?
ep.11は次に雨が降った日に投稿する予定です。