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天秤令嬢は動かない。ので、代わりに従者が動きまくります。

作者: 響 嵐

古の時代、巨大な龍が死したのちに生まれた巨龍大陸。

その西方に位置するビブリオテーケー国首都・アポロ

貴族の屋敷が連なる通り沿いに存在する、瀟洒な喫茶店の2階。


「ごきげんよう」


鈴を転がすような。という例えがあるが。

我が主の声はまさしくそうだろう。とマツリカは思う。

テーブルを挟んで二人の少女が向かい合っている。

一人は栗色の髪に緑色の瞳の、柔らかい雰囲気の少女だ。

対するのは金色の髪に緋色の瞳の少女。こちらは優雅な手つきで紅茶を飲んでいる。


「は、はい」

「そんなに緊張しなくてもいいのよ。取って食おうとは思ってないから」



今回の依頼主はアザレア・パナケイア。パナケイア伯爵の長女である。

パナケイア家は主に薬草栽培事業を執り行っており、質のいい薬草を育てる家として評判ではある。


「それで。ご依頼とはどのようなものかしら」



我が主、リコリス・テミス=ディケー公爵令嬢はにっこりと笑った。



「はぁー。今回もつまらなそうね」

「お嬢様。折角のご依頼なのですから」


アザレア様を馬車までお送りして帰ってみれば、リコリス様は深い溜息を吐いていた。


「だって。たかが家族調査くらいで……」

「致し方なしかと」

「そういうものかしら」

「そういうものです」


新しく入れた紅茶を一口口に含んで、リコリス様はそういうものなのねぇと呟いた。



アザレア様のご依頼は、自称・義妹のダリア様とお母君の事について調べてほしいとのことだった。

わざわざリコリス様にご依頼する理由は、きちんと根拠に則ったという証拠が欲しいからだろう。



「マツリカ。どれぐらいで集められそう?」

「今から行けば三日もかからないかと」

「そう。じゃあ屋敷で待ってるわ」


そろそろ屋敷から馬車のお迎えが来る時間である。

リコリス様が馬車に乗られたのを見送ってから、私は走り出した。



パナケイア領は王都からかなり南にあったが、何とか深夜には辿りついた。

本来なら馬を使っても三日はかかる距離ではあるが、リコリス様のためだ、急がなければ。


自称義妹様とその母君は今はアザレア様の父君であるパナケイア様と共に屋敷にいるらしい。

その前は、屋敷近くの小さな家(と言っても豪邸ではあるが)に住んでいた。それがアザレア様の言葉だった。

ちなみにアザレア様は現在首都の黄金の林檎亭(貴族御用達の高級宿屋だ)に宿泊されている。


私はその家があった場所まで歩き、鏡を取り出した。この鏡自体は何の変哲もないのだが。


「時よ・戻れ」


一瞬にして鏡に写した家の時が戻っていく。

鏡には家が建てられ、伯爵と思わしき男が女を迎え、仲睦まじく暮らしていくさまが見えた。

家の裏口には商人らしき男たちの姿が見える、時折侍女らしき女が荷物を持って出入りしていく。

……表の扉を何度も叩く人が見える、男、女、また男。続いて手紙が何通も扉の隙間から挟まれていく。

それらを家の中の者達はすべて無視していき、ついには家の中で赤子の声が響いた。

赤子がすくすくと育つころには表の扉を叩くものは誰もいなくなっていた。


「なるほど」


魔法を切り上げ、私は踵を返す。

ここでの情報は手に入った。後もう一か所行くところがあるが、今からでは迷惑になるだろうし。

と考えていた所で森から唸り声が聞こえた。狼か?


違った。二つ首のオルトロスがこちらを見ていた。こんなところで出会う魔物ではない。


「時よ・とまれ」


オルトロスの動きが止まった。私は虚空から取り出した武器を放つ。

鳥のような、あるいは東方の文字にも似たその武器は回転しながらオルトロスの片方の顔面に突き刺さった。


「爆ぜろ」


武器に埋め込んでいた宝石が詠唱に反応し、武器諸共オルトロスの首を破壊した。

これで死んだかと思っていたが、残りの一首がこちらに向かって口を開けた。


「ダメだよ」


食われる前にオルトロスの胴体がひしゃげ、大地に張り付いた。

まるで、巨人の拳が垂直に振り落とされたかのように、魔物の体はぺしゃんこになっていた。


「ダメじゃないか、ジャスミン。こんなところで遊んでいたら」

「遊んでいたわけじゃない、ザグ」



後ろを振り返ると、男が立ってた。私より背が高くて、肩幅も広い。

しかし顔はとてつもなく美しく、男でも女でも抵抗もなく篭絡できる美貌を持っていた。

彼の名はザグ。私と同じようにテミス=ディケー家に仕えている従者だ。多分。

ザグは笑みを浮かべたまま、オルトロスに突き刺さっている武器を指さす。


「相変わらず面白いね、君の武器は」

「用は何?」

「つれないな。君を迎えに来たんだよ」

「いや私これから神殿に行くんだけど」

「こんな夜更けに?」

「歩いていけば夜明けにはつくから」

「ふぅん」


彼――ザグはじゃあ私も行くよと私の手を握ってきた。

正直舌打ちしたい気分だが追い返すだけの気力は残ってない。

それに、今からオルトロスの死体も何とかしないといけない。面倒だ、燃やすか。


「ああ、大丈夫だよ」


ザグの影が伸び、オルトロスを丸のみにしていく。

影に沈んでいく死体を見ながら私はザグの顔を見た。


「なんでここにオルトロスが?」

「さぁ、出てきたくなったんじゃないかな」

「……変なもの呼ぶなよ」

「分かってるよ」


にっこりとザグは笑う。私は深い溜息を吐いた。

この男とは長い付き合いだが、何時まで経っても彼の頭の中は理解できない。

いや理解など不可能なのかもしれない。とりあえず神殿だ、話はそれからだ。




朝をまって神殿に赴き。必要な情報を手に入れて王都に戻ったのは昼頃だった。


「おかえりなさい、マツリカ。……あら?ザグは?」

「彼なら先に部屋に戻りましたよ」

「そう。それで情報は手に入ったかしら」

「ここに」


神殿で情報を書きだした書類をリコリス様に渡す。

ここから先は彼女の出番だ。


「ありがとう。……それでは裁定をくださないといけないわね」




テミス=ディケー公爵家はこの国が出来てから代々とある生業を務めている。

それは裁定。裁判制度が出来上がるより前に生まれた、裁きの一族。

現在では裁判制度が出来、テミス=ディケー家は家長が裁判長を務めている。


ではリコリス様がなぜ動いているかというと、彼女の専門は貴族令嬢が関わる事件だからだ。

アザレア様の例に漏れず、貴族令嬢が関わる事件というのは思いのほか面倒ごとが多い。

そして現在においても貴族は体面を気にする。高位になればなるほど。古き家系になればなるほど。

要するに表ざたにならないようにリコリス様とそのご兄弟様方は動かれている。

ちなみに長男のミノス様は騎士団の、次男のアイアコス様はそれ以外の貴族令息の事件を担っている。


……しかし、建国から現在に至るまで、テミス=ディケー家は安泰だったわけじゃない。

ある当主は罪を軽くしたければと賄賂をねだり、ある当主は逆に罪を捏造して政敵を牢獄に入れていた。

そういった輩は誰が裁くのか。そのための報復装置がテミス=ディケー家には存在する。



報復装置の名は―――――。









アゼリア様からのご依頼を受けて七日が経った。

今日は依頼の内容を報告するために王城のひと間を貸し切った。


部屋にいるのはご依頼主のアゼリア様。

自称義妹のダリア様とそのお母君。お父君のパナケイア様。

そしてリコリス様と私となぜかついてきたザグ。



「お集りの皆様、本日は来ていただき誠にありがとうございます」


優雅にリコリス様がお辞儀をし。椅子に座る。


「あの、なぜ我々は呼ばれたのでしょうか?」

「そうよ、折角お芝居見に行くつもりだったのに」


パナケイア様は困惑気味、ダリア様は不満そうだった。ダリア様のお母君はアゼリア様を睨んでいる。

アゼリア様は硬い表情で彼らを見つめている。リコリス様が手を叩いた。


「今回は、アゼリア様のご依頼がございました。

貴女方の罪をつまびらかにせよ。とのことです」


「アゼリア!!貴女もしかしてダリアに嫉妬しているのかしら?!だからこんな馬鹿な真似を!!」

「アゼリア。なんという事を!!」


リコリス様がまだ話されている途中だというのにお母君とパナケイア様の言葉が部屋に響いた。


「静粛に」


面倒なので私がそういうと彼らは口をつぐむ。というか黙らざるを得ない。今のは魔法で黙らせたからだ。

リコリス様がちらりと私を見たあと、机の上に置いてある書類を指でたたいた。


「こちらが私たちが集めた情報になりますわ。

もったいぶった話をせずに結論から参りましょう。


タンタロス・パナケイア。あなたは長年にわたる職務放棄、および横領によりパナケイア家から除籍、炭鉱夫として北に送られます。

ダリア及びウィード親子も同じく偽証罪と窃盗罪によりむち打ちの後牢獄に入ってもらいます」


リコリス様の言葉に部屋が凍り付いた。ややあって口を開けたのはダリアだった。


「偽証と窃盗って……どういうことよ!!」


「どうもこうもないわ。貴女方は貴族でもないのにパナケイアの後妻と義子と名乗っていた。

平民が貴族を名乗る罪は重いのよ」


「……どういうことなの?」


驚きの余り顔が白いウィード夫人が呟く。

リコリス様がきょとんとした顔で夫人を見つめていた。


「リコリス様、おそらく彼女たちはパナケイア様と婚姻したら自動的に貴族になると思っていたのですよ」

「え?」


リコリス様は驚いたようにこちらを振り返られた。

まぁ、貴族であるリコリス様にとっては何言ってんだこいつ?と思われたかもしれない。

平民は結婚したら自動的にどちらかの家業を継ぐ。まぁ継がない人もいるかもしれないが。

しかしこの国の貴族は違うのだ。


「……僭越ながら、私めがご説明させていただきます」








貴族とは何か。

このビブリオテーケー国において貴族とは、神殿で証を貰った者達だ。

証とは、神の末席であるというもの。主に項の辺りに印が刻まれる。

この国の貴族はたとえ領地運営が厳しい貧乏貴族だろうと神の末端に数えられる。

証を貰うには、神殿で特殊な祝福を受けなければならない。大体は生まれた直後に行われるが、歳の上限はない。

上限がないのは養子として入った人が証を貰うためだ。


王家は王家の神殿でゼウス様から証を。

テミス=ディケー家ならば領地にある神殿でテミス様から証を。

証は一生涯消えることなく、証を貰った瞬間から貴族としての義務が生じる。

ちなみに証を授ける以外の祝福であれば平民でも手が届く金額でやってくれる。



「祝福自体はお金を積めば与えられるので、高位の商人や冒険者も与えられますが。

……失礼ながら、お二人は証を貰っていませんね?」


私の言葉に母娘は首を縦に頷く。ちなみに私は異邦人なので祝福は貰ってはいない。受けろとは言われているが。


「また、貴族と婚姻するためには同じく貴族になる必要がございます。

貴女方の場合は、どこかの貴族の養子となった後にパナケイア伯爵と縁続きにならないといけなかったのですが」


養子縁組をすれば必ず記録に残さないといけない。もしも怠れば罰則の対象になる。

このあたりはテミス=ディケー家の管轄なのでリコリス様がお調べになられたがどこにもなかった。


「かつ、再婚であっても初婚と同じように神殿に誓約書を提出しないといけませんが。

その痕跡もございません。つまるところ貴女方の立場はただの愛人とその娘ということになります」


「あ、愛人ですって!!」

「ひどいこと言わないでよ!!じゃあ、誓約書を書けば私はパナケイア家の令嬢になれるのでしょう?

お父様!今すぐお金を積んで私たちに証を付けてください!!」


ダリアの叫び声にタンタロス・パナケイアはびくりと肩を震わせた

素知らぬ顔で紅茶を飲んでいたリコリス様はその男を見た。


「無理でしょうね。そんなお金、もう貴方には残ってないもの」

「そんな……お父様!!お金ならいくらでもあると言ってたじゃない!!」



そんなこと言ってたのか。穀潰しのくせに。




「そもそも。パナケイア家の現当主はアゼリア様です。そこにいるタンタロス・パナケイアではありませんわ」

「……は?あなた、一体どういう事?」


「ウィード夫人。そこの男は貴女の元にいたときは何をしていましたか?」

「なにって、一日中絵を描いたり。ダリアが生まれてからはダリアをあやしたり……」

「つまり、仕事をしてなかったという事。仕事をしていない貴族は生きている価値はないわ」

「仕事って……貴族って働かなくてもいい人たちの事でしょう!?」


小娘の言葉にリコリス様はカップを置いてこちらを振り返られた。


「……どういうこと?マツリカ」

「貴族は平民が納めたお金で一日中遊んで暮らしているという、という勘違いですよ」

「嘘でしょう……子供ですらしない勘違いじゃないの?」


その勘違いをしている者達が目の前にいるのですけどね。

この国の貴族は全員仕事をすることが義務になっている。

ちゃらんぽらんに遊んでいる貴族の次男坊とかは大体間諜だったりするし。

夫人達が行うお茶会も、あれ次の流行とか決めるための会議みたいなものだし。

タンタロス・パナケイアは真っ青な顔でアゼリア様を見つめている。


「お父様。領地の運営は誰がなさっていましたか?」

「それは……その」

「わたくしのお母さまであるオルタンシア・エルピス伯爵令嬢。

お母さまが輿入れして、わたくしを懐妊した時からお父様はお仕事を放棄されましたね。

本邸の近くに、そちらの母娘と暮らすための家を建てて、ずっとそこに入り浸っていた」

「わ、わたしは……その」

「ゴミクズね」 


吐き捨てるように小さな声でリコリス様が呟いた。


エルピス伯爵家はテミス=ディケー公爵家に連なる家だったのでオルタンシア様はそこに嘆願書を差し出した。

タンタロス・パナケイアは職務を放棄し、領地の運営はオルタンシア様が代理となって行っていたが限界である、と。

そこで公爵家は上位貴族会議にてパナケイア伯爵家の当主交代を要請し、全会一致で決定が下された。


パナケイア伯爵家はオルタンシア様が女伯爵となり、彼女の死後はアゼリア・パナケイアが受け継いだ。

タンタロス・パナケイアはその時点で当主の資格を失った。

現時点で彼の身分は、温情でパナケイアを名乗っているただの無職、しかも奥さんと娘からおこずかいを貰っているおっさんである。

貴族からすればそんな暮らししているのは成人前の子供か引退したご老人ぐらいなのだが。


「そもそも、なぜわたくしがリコリス様にご依頼としたと思っていますの?」

「なぜって……え?」

「貴方方を合法的に追い出すためです」


そういうアゼリア様は貴族令嬢の顔をした、小娘とその母親はそんな彼女を睨みつけている。


「追い出すって……当主だか何だか知らないけど、何の権限があってそんなこといっているの!?」

「そうよ!!」


「お金」


魔法でもう一度黙らせようとしたがそれよりも早くアゼリア様は口を開いた。


「貴女方を養っていたお父様のお金が底をつきました」

「…………え?」

「ですから、お父様が生まれてから今まで築き上げた全財産を、貴女方は使い切ったのです」


アゼリア様から提出された3人の浪費は想像を絶するものだった。

そもそもからして住んでいた家自体もこのおっさんの財産で建てられていたものだ。そこに並べられた調度品は超一流の物。

そこに雇われていた者達の給料は勿論おっさんの財産から。

そして屋敷に移り住んでからの毎週買い込むドレス、宝飾品。王都での滞在は高級宿、劇場のボックス席。領民の女子を招いてのお茶会ごっこ。


伯爵が生まれてから現在へ至る貯金額は相当なものだったが、それを彼女たちは十数年で使い果たした。


「本来であれば、領地の運営をしていく中で万が一の時を考えてためておく個人資産。

それを貴女方は使い切った。……それどころか屋敷の調度品やお母さまの宝飾品を売りに出しましたね」

「!!」


鏡に映っていた実行犯は屋敷に移り住んだ時についてきた別邸の者達だが、指示していたのはウィード夫人だ。

もちろん、売り払われた物は即座に回収されている。

ちなみに屋敷の物を盗んだ罪で別邸の者達も処罰を受けるだろう。焼き印で済めばいいけど。


「お父様が領地の運営に手を貸していたならば、資産も回復していたでしょうけれども……。

お父様は一切行っていませんので、当然資産は回復していません。

お金を生み出すこともなく、消費しかしない貴女方を、家に置いておく理由はございません」


「…………なによ、貴族ってそんなに偉いの?

自分が父親に愛されてないからって、こんな卑怯な真似をして!!

屋敷の下僕たちが冷たかったのもあんたのせいでしょ!!」


醜くわめき始めた小娘をアゼリア様とリコリス様はうんざりしたような眼で見ていた。



「私はパパに愛されているわ!!だからそんな意地悪するんでしょう?!」

「貴女、本当に自分が愛されていると思っているの?」


リコリス様の言葉に小娘は口を閉ざす。



「だって。貴女は貴族令嬢としての躾も、平民としての躾もなっていない。

朝起きて、食事をして、休憩を取って、買い物して、食事して、眠る。

毎日毎日遊び惚けて、……そんな肥え太った豚みたいな姿をしていることの何処が愛されているというの?」


ダリア、ウィード、タンタロスという名の豚どもは顔を真っ赤にさせたが言葉が出てこなかった。

まぁ、当然だろうな。本当の事だし。というか人間ってあそこまで太れるのを知らなかった。

ドレスも礼服も専用のサイズで作られているから売ろうにも売れないわね、とはリコリス様の言葉だ。



「ここに、リコリス・テミス=ディケーは宣告する。貴女方は罪を成した。ゆえに罰する」



リコリス様が指を鳴らすと扉が開き、兵士たちが入ってきた。

子豚と母豚は喚きながら連行され、父豚は……。


「お前のせいだ!!」


兵士たちを振りほどき、懐からナイフを抜き出して近くにいたリコリス様めがけて振り下ろす。

間一髪。私はそれを胸で受け止めることが出来た。


刃が刺さり、心臓に届く。久しぶりに感じたが痛いな。

だが、残念ながらこの程度のナイフでは。




死ねないんだよなぁ。




私は己をさしている父豚の顔を容赦なく殴りつけた。壁に激突し、ずるずると崩れ落ちていく。



「マツリカ様!!」

「平気よ、ねぇマツリカ」

「はい」


胸に突き刺さったナイフを引き抜いて兵士に渡す。

服が血で濡れてしまったがしょうがない。アゼリア様は驚いた様子で私を見ていた。



「まさか、死なない……?」

「…………、それは秘密ですよ」










彼らが連行された後、リコリス様はアゼリア様を伴って王城を出て行った。

何でも気晴らしにカフェに行くらしい。私も後を追いたいが。




「ザグ、何時まで抱きしめてるの?」

「私の気がすむまで」


騒動のあった部屋で、私は彼と二人っきり。

近くにおいてあったソファにザグが座り、膝の上に私が乗っている体になっている。

ザグはナイフが刺さった箇所を丹念に撫でていた。


「何年消費した?」

「2年位かな。たいしたことないと思うけど」

「ダメだよ、君の命は一分だろうと一秒だろうと。私のものだ」

「ザグレウス」


本名を呼ぶと、ザグレウスは嬉しそうに笑い。背中から一対の翼を生み出した。





報復装置・終末機構ザグレウス。


この古龍大陸を生み出した龍がこと切れる刹那に生み出した、転生する神。

ある時はゼウスの子、ある時はハデスの子、ある時は……。

そうやって生まれ変わりながら、彼はこの大陸から神が失われる時を待っている。

この大陸から神々の力が消えうせ、人が何の力も持たなくなった只人になったとき、彼は龍として再臨する。

神々はそれに対抗するため、この大陸の人々に神の証を刻んでいった。

彼がテミス=ディケー家に存在するのは、何代目かのテミス=ディケー公爵が転生した彼を『掟』と『正義』で機能を一部封印したからだ。

それから、彼はテミス=ディケー家が神の道を逸れようとすれば罰する装置となった。


それからまた数百年経ち。神の証も効力が薄れるようになり、さすがの神々も困っていた。

このままでは龍が再びよみがえってしまう。手を打たなければならない。

頭を悩ませていた彼らが見つけたのは、東方から来た異人だった。




私は、いきなり現れたゼウスという神を見た瞬間。焼かれて灰になった。

とはいえ、灰になった程度で死ぬわけはないのですぐに再生したのだが。

再生した私を見て、ゼウスは驚愕と共に私の正体を見抜いた。流石は神といったとことか。


古龍大陸から遠く離れた島国、そこが私の故郷だった。

島国は神の死体から生まれたもので、時々そこからとんでもない人間が生まれることがある。

神の末端装置・真人。島国が物理的に沈まない限り、決して死なない不老不死の輩。


そんな私は故郷の姉から『世界を見てこい』の一言で追い出されて旅をしていた。


私を見て、ゼウスは言った。

お前、あいつの嫁になってこい、と。

ザグレウスが愛を覚えれば、この大陸を滅ぼしたくないなぁという感情を得て終末機構の座を投げてくれるんじゃないか。

という期待を持ったらしい。自然そのものであった自分たちが、感情を得て神となったように。

私はそれを受けてゼウスにこう返した。

寝言は寝て言えと。


そもそもいくらでもそういった機会はあっただろうが、とか。

なんで今やってきたばかりの異人に声をかけたんだ、とか。

言いたい文句は山ほどあったが、とりあえずあってくれ。とザグレウスが封印された地に強引に放り込まれた。


彼は、牢獄の中にいた。

何の感情もわかない瞳で、ずっと空を見上げていた。


「きみは?」

「真人・茉莉花。旅をしている」

「旅ってなに?」

「……そこから?」


私は彼と話し始めた。

食事はそこらへんの空気を吸えば何とかなるので、七日七晩話し合うことが出来た。

彼は。


「……僕も旅がしたい」


そういって牢屋をぶち壊し、私の手を取った。


「ねぇ、茉莉花。僕と一緒にいてくれる?」


返事をしようとした瞬間。

牢屋が壊されたことに気が付いた当時のテミス=ディケー公爵に首を切り落とされてしまった。


その後は滅茶苦茶大変だった。

ゼウスは王家に息子のアポロを通じて託宣していたらしいが、当の王家は慌てふためいていたし。

テミス=ディケー公爵は私が首を切り落とされたというのに悠長に挨拶を始めたから卒倒していたし。

ザグレウスが驚いたせいでケロべロスが生み出されて辺りが灼熱の地獄と化してしまったし。


そしてなんやかんやあって。

ザグレウスは私を花嫁にしてテミス=ディケー公爵家に改めて忠誠を誓った。

それが今から100年前。主は変わったが、やることはあまり変わらない。



「マツリカ」


満足したのか、ザグレウスはにっこりと笑って手を緩めてくれた。

私は彼の膝の上から降りて、歩き出す。お嬢様の後を追うために。


「待ってよ、マツリカ」


その後を、ザグレウスが追ってくる。あの翼はどこにもない。

けど、私は知っている、彼が翼を出すときは報復するときだ。






一か月後、私の胸にナイフを突き立てた元貴族が、炭坑内で爆発事件に巻き込まれた。

かろうじて命は取り留めたが、全身にやけどを負い、死ぬまで苦悶の声を上げていたという。





簡単な説明

リコリス・テミス=ディケー

貴族令嬢が関わる事件を専門に裁定する貴族


マツリカ

東の島国からやってきた真人(仙人の上位種)

完全なる不老不死。


ザグレウス

国がある大陸となっている龍の転生体。

感情が揺らぐとモンスターが湧き出てくる。

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