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最後のシーラカンス─米宇会談から(250301)─

作者: 貝瀬多聞

 深い海の底、人の踏み入ることのできない領域に彼は住んでいる。目は常に空いている。感傷は持たない主義。日付が変われば心境も変わる。思想信条が毎日を雁字搦めにすることを彼は知っていた。宵越しの金は持たない。その日に食えればそれでよい。極限まで軽妙に尽くした人生は反対の厳格さを以って営まれていた。真実を信じていた。どこまでも広く深い海で存在の確かさを考えていた。ひれで漕げば自らが進む、単純明快な理屈だったが黄金の価値を持つと断じていた。シーラカンスの一日は始まりと共に終わり、終わりとともに始まっていた。ロシアとウクライナが戦争をして、アメリカが激しい情報戦を仕掛けても、変わらず目を開けて泳いでいた。


 シーラカンスは家を持った。重く、ずっしりとしたものが落ちてきてうずたかく積もっていく。記号やアルファベット、数字の羅列が書かれているが、彼にとっては知ったことでは無い。たくさんの家は居住者が増え、カニやエビの仲間で栄えた。この複雑な迷路をかき分け、泳いでも泳いでもまったく別の出口に出て驚いた。金属の城塞はどこか冷たく、風のうねりは苦い血の匂いを含ませた。彼はやがて飽き飽きして新天地へと旅立った。どこを歩いても残骸は地を埋め尽くし、腐肉にエビが群がっていた。心地よい家は見つからない。不満はあったが、長く残る不快感は彼の外連味に反する。とっとと忘れてましな残骸を探した。やがて多くの山が崩れて砂に沈んでいった。次々と降る金属の塊は同じような末路を辿った。増えたエビはまた別のクジラなどに呑まれて消えた。やがてクジラも息絶えて堕ちた。彼は過食は好まない。口からこぼれる殻が流れてゆくに任せた。


 人間が滅んだあとも、彼は夢の中に遊んでいた。谷の間合いに風が吹き頬を撫でた時、砂ぼこりが経って視界を覆った時、小エビが薄く光を反射して透き通るような骨格を晒した時、最期のシーラカンスは心を熱くした。かけがえのないものを抱くと壊れることを恐れて捨てた。自らの破壊によってもたらされる悲鳴に熱情を感じた。誰かに壊されるならと隠れて生きることで安心を得た。安心が思想信条に代わることを恐れた。汚れる体を砂で削ぎ、苦しみを傷口に塗った。炎を見た。世界の終わりと最後のシーラカンスは示し合わせたかのように口を開き、白い歯が宇宙をさまよった。


当日の雑感のようなものです。

当時の記録として残ればよいと思い、投稿します。

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