マグマの川と共存する者たち
自己紹介を終えたあと、眞鍋博士は
「まず、1次元。炎の世界だ。そこは洞窟の中でマグマと共に暮らしている」
と巨大コンピューターを操作して、1次元の様子を示した画像を引っ張ってきた。
洞窟の両端には、幅が5メートル程の通路があって、何故か決まった所に麦の穂で出来た、かまくら型の家が立っている。
中央には、幅が10メートル程のドロドロとしたマグマの川がある。
「なるほど。けれども、水はどこにあるのですか」私は尋ねると「水は、あちこちに湧き出ているけど……」と眞鍋博士は湧水の写真を私たちに見せる。
「このように、少しずつ減っているんだ!」
「えーっ!」
私たちは研究室内で叫んだ。
「だから、君たちは、減っていく湧水を何とかしてきてくれないか?」
「了解」
私たちは敬礼をした。
「あっ、ちなみに研究室は北館4階にある生徒立ち入り禁止場所にあるから」
「はい」
栞菜は首だけ後ろに向いて返事をした。
私たちは異次元カプセルの1次元カプセルの前に立つ。濃い赤色の液体が、だんだん少なくなっている。
眞鍋博士は巨大コンピューターに設置されている赤いボタンを強く押した。
赤い空間が現れ、私たち4人はそれに吸い込まれた。
「あー、ここが1次元の世界かあ」
憧君は辺りを見渡す。
私たちの服装は、高校の標準服を着ていた。しかし、1次元に住んでいる人々は、女性はペラペラのワンピース、男性はそれをダイナミックにした感じの服を着ている。
「みんな薄着だね」
栞菜は不思議な気持ちになる。
「うん。でも、暑くない?標準服を着ているのだから」
私はブレザーを適当にたたんで、リュックサックの中に入れる。
「あのさあ、標準服を着ているから暑いんじゃなくて、ほれ、右に向いたらマグマがあるだろ。そいつのせいで暑く感じるんだよ」
政は私の顔を見て呆れた目つきする。
「レーダー、何か良い感じの服を用意して。暑いよー」
私は早速カバンの中に入っているビーズ・ネオンを使った。
レーダーはすかさず、去年の文化祭で着たクラスTシャツと学校の体操服のハーフパンツを用意する。
その後、驚いたことに赤外線通信を行うセンサーから、用意してくれた洋服が現れた。
「ありがとう!助かった!」
私はレーダーに向かって嬉しそうな顔をした。
「イエイエ。マタナニカアレバ、ワタクシニオマカセクダサイ」
「……レーダーが喋った!?」
憧君は着替えながら目を大きく見開いた。
「今時はハイテクグッズが出回っているからなあ」
栞菜は標準服をリュックサックに入れた。
「なあなあ、晩飯食いたい。もう19時だぜ」政は辺りに店があるかを確認すると「よな。ウチもお腹がすいた」栞菜はポケットから財布を取り出す。
突然、とある中学生ぐらいの少年少女の4人に囲まれて
「ねえ、お兄ちゃんたち、何でそんな服を着ているの?」
と聞かれた。
当然、返事なんていうものは出来なかった。
「もしかして、この次元の人間じゃないんじゃあ……」
「あ、うん。私たちは3次元から来た。1次元の湧水の量が減っていると聞いたからね」
私は積極的に答えた。
「そうなんだ。確かに僕らはその量が少なくなっているから困ってるんだな」
「そりゃあ、なあ。ちなみに、君たちの名前は?」
栞菜は問いかけた。
「アタイの名前はマユ」
「あたしはユリ」
「僕はジュン」
「俺はキョウスケ」
「名字は無いの?」
「無いよ。お姉ちゃんたちはあるの?」
マユは栞菜の顔をじっと見る。
「ああ、あるとも。ウチの名前は長石 栞菜。よろしく」
「私は杉浦 水莱」
「僕は峰川 政斗」
「俺は榎原 憧祐」
自己紹介が終わると、キョウスケは
「兄ちゃんたちは家が無いんだよね?」
と聞く。
「ああ。来たばっかりやしな」
憧君は腕を組む。
「麦の穂がたくさん置いてあるところがあるから、あたしたちについて来て」
5分ぐらい歩くと、通路の端に麦の穂がたくさん積んである場所を見つけた。
「うわあ、いっぱいあるねえ」
栞菜は麦の穂を手に抱えた。
「てか、そんなに麦が取れるの?」
私は麦の穂の隣に置いてある長縄を3本取る。
「うん。洞窟の壁を掘って小麦を育てて、アタイたちの主食であるパンにしているの」
マユはどっさり積もった小麦の穂をいじる。
「それに、水莱が手にしてる長縄を使って、かまくら型の家を作るんだぜ」
キョウスケはニヤニヤする。どうやら私たちが作る家が、余程楽しみなのであろう。
12分後、壁が掘られた所に入ると、麦の穂で出来た家がズラリと並んでいる。
「ここは僕たちが住むビードロという場所なんだな。通路に家があったら邪魔やから、このように壁を掘って多くの人が住めるように作られているのさ」
ジュンは私たちに説明する。
「なるほど。3次元でいうマンションみたいな感じやな。でも、君たちの家はそこにあるのか、わかるん?」憧君は顔をしかめると「もちろんさ。家の入口前に住んでいる人の名前が書かれた看板を見るんだよ」とユリは他人の家の看板を触った。
「へぇー」
私たちはこっくりと頷く。
「じゃあ、もういい時間だからアタイたちは家に帰るね。またね」
マユたちは手を振って、それぞれ家に帰った。
「さてと、夕食でも食べに行くとするか」
政は腕時計を見た。時計の針は19時20分を指していた。
ビードロから出て少し歩くと、壁が掘られた向こう側にはスーパーがあった。上を見上げると“マイロン”と木で出来た看板にそう書かれてあった。
吊り橋を渡って中に入ると、パンが商品棚の7割を占めていた。残りの3割は湧水を使った炭酸ジュースが置かれていた。
「ははあ、お米というものは無いのかね?」憧君は目を細めると政は「お前なあ、マユの話を聞かんかったのか?1次元はお米が主食じゃなくて、パンだよパン!人の話を聞けよ」と呆れた顔をした。
2人で言い合っている間に、私と栞菜は夕食のパンを選び終えていた。
「憧君たちは決まった?」
私は両手で買い物かごを持つ。
「ゴメン!まだ!」
政はダッシュでパンを選びに行った。
「もー、早くして!遅いねん!」
栞菜は怒りを飛ばした。まるで政と憧君の話を聞いていたかのように。
19時50分。夕食を食べ終えビードロで家を作ろうとしている。
「あー、美味しかった」
私はお腹を軽くさすった。
「主食がパンだけのことはあるな」憧君は突き出たお腹を叩くと「まあな」と政は麦の穂を地道に編んでいく。
「こんな経験はめったにないしね」
栞菜も編み始める。
「さーてと、私も家を作ろうか」
私は麦の穂を鷲掴んで、壁を作り始めた。
「あっ……」
憧君は突然ひらめいたかのように言う。
「何?どうした?」
政は驚かずに顔を上げる。
「この家って、4人で1つの家なん?」
憧君は呑気なことを言う。
「当たり前だよ!1人で1戸建ての家だったらどーすんねん!?時間がかかるし、これだけの量で足りるわけないやろ?」
政は積んである麦の穂に目をやる。
「マジすか!」
そう言われた憧君は慌てて壁を作った。
翌朝8時、私は麦の穂を枕代わりにして寝ていたことに気がつき、
「あーっ、確か今日って土曜日やんなあ?」
と独り言を言った。
その声で地べたから栞菜が起き上がって、
「うん、そうやで」
と寝ぼけた声で目をこする。
「今日が学校だったら、授業中に寝てしまってたかも」
私は枕にしていた麦の穂をテキパキと編み始めた。昨日に比べてかなり慣れてきた。
30分後、政も起きて、山積みになっていた麦の穂をすべて編み終え、私が取って帰った長縄で家を組み立てている。
「へぇーっ、結構長いねんな」
私は作業をしながらつぶやく。
「コイツは1本で10メートルぐらいあるらしいぞ」
政は向こう側で作業をする。
1時間後、ようやく……
「でーきた!」
私はバンザイした。
そう、家が出来上がったのだ。看板は私たちのフルネームが書かれてある銀色のプレートが飾られている。中に入れば、直径20メートルの広々とした居間がある。
「これで荷物を安心して置けるね」
栞菜はリュックを床に丁寧に置いた。
「真夜中になったらビードロの街灯が消えるから、豆電球を吊り下げよう」
政はポケットから道中で拾ってきたヤツを天井からぶら下げる。
その時、憧君が目を覚まし、ふあーっとあくびをする。
「お前、寝すぎやろ」
政は指摘した。
「そんなん知らん」
「知らんふりしてもウチらは知っているんだから。君が1番睡眠時間が長いのよ」
栞菜は憧君に指を指した。
「ま、俺は10時から寝たからな」
「自慢か!?私たちは1時まで起きてやってたし」
私は鋭い目つきで憧君を見た。