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66.揺らぐ思い

我がランドルフ領は国境に面している土地柄、隣国からのスパイ侵入事件は少なくない。

例の武器密輸事件のこともあり、その絡みで隣国から刺客が送り込まれたとも考えられた。


もしくは政治的な権力争いで、父の失脚を望んでいる反対派閥の襲撃か。


現在、この国は宰相を務めるブラウン侯爵家に権力が集中している。そのブラウン侯爵家を筆頭で支えているのがランドルフ公爵家だ。大黒柱に近い我が家の失脚はブラウン家にとって大きな痛手となる。


しかし、今回の襲撃は、祖父が生け捕りにした捕虜から、彼らはランドルフ家に潰された元下級貴族に雇われた刺客と分かった。なけなしの金を叩いて我が家に一矢報いようとしたらしい。完全な逆恨みだ。

我が家の裏稼業からしても、このような逆恨みを受けることもよくあることだ。


しかし、一番気になる事は、今回の襲撃で刺客がまっすくクラウディアを狙ってきたことだ。

本来なら殺すよりも人質目的で拉致する予定だったらしい。

まだ婚約者である彼女はランドルフ家の中で一番弱く、そして我が家にとって一番の弱点だと調べた上での犯行だ。

今後もきっと彼女を狙った襲撃は起こるだろう。

逆恨みにしても、醜い権力争いにしても、襲撃する対象は相手の弱点だから。


それは最初から分かっていた。

分かっていたからこそ手放そうと思っていたのだ。

それを全身全霊で守り抜くことで、手元に置くと決めたのだ。


でも、今になってその決心が揺らいでくる。


刺客が放った吹き矢には毒が塗られていた。

刺された馬は翌日に死んだ。

馬の図体だから一日持ったのだ。人間ならばすぐにでも毒が回って死んでいただろう。


そう考えた時、改めて体が震える。


あの時、あの矢がディアに刺さっていたら・・・。

もし、僕の腕の中で息絶えていたら・・・。


『私、今とっても楽しくて、本当に幸せですわ!』


この土地に来る前まで、そんな風に笑って言ってくれた彼女。

それなのに・・・。

その笑顔が一生見られない事態になるかもしれなかったのだ。


「本当に幸せなのだろうか? 僕なんかといて・・・」


僕は自分の部屋に戻り、一人になった途端独り言ちた。

その疑問の答えなんて決まっている。

それなのに、僕は何度も自問を繰り返した。





クラウディアの体調を考慮し、僕らは王都への帰国を一週間遅らせることにした。

早馬を走らせ、ロイス伯爵家には詫びと事情の連絡を入れた。伯爵は相当ご立腹だろう。


この一週間、クラウディアには絶対安静を言い渡した。

そして僕は出来るだけ彼女の傍で過ごした。


彼女は襲撃事件の事について何も聞いてこなかった。

きっと聞きたいことはたくさんあるはずだ。


自分が乗っていた馬はどうなったのか。

襲ってきた男は何者なのか?

なぜ自分が狙われたのか―――本当に狙われたのは自分なのか?


それだけじゃない。


目の前で人が殺されたのだ。たとえ暴漢だったとしても。

普段穏やかに生活している彼女には目にするはずのない光景だ。

護衛が振り下ろした剣から飛び散った大量の血しぶきを見て、一体どう思っただろう?

どれだけ恐ろしかっただろうか?


それでも彼女は何も言わない。

僕が自分から話すまで待ってくれているのだろう。

彼女の口から出るのは日々の他愛のない話だけ。それを面白おかしく笑顔で話してくれる。


ただ、夜になると思い出して怖くなるようだ。

眠るまで僕に傍にいるように懇願してくる。

もちろん、僕は傍を離れない。彼女の手を握り、眠りに落ちるまで傍にいた。


彼女が何も聞かないのをいい事に、僕は何も話さなかった。

怖がらせたくないというのも嘘ではない。だが、本音は僕に勇気がなかっただけ。


本当のランドルフ家の姿と、本当の僕の姿を知られるのが怖かっただけだ。


いくら国の為とは言え、ランドルフが行っている後ろ暗い所業を知ったら、彼女はどう思うのだろう?

そして、この僕もそれに手を染めている人殺しだと知ったら? 

そして、そんな家のせいで自分の命が狙われたのだと知ったら?


それでも君は僕を大好きと言ってくれるのだろうか?


僕は握っている彼女の手を見つめた。

僕よりもずっと小さな手。とっても柔らかくって可愛らしくて、いつまでも握っていてくなる手。


彼女からは規則正しい寝息が聞こえる。

僕は彼女の手にキスをし、そっと離すと布団の上に優しく置いた。


そして彼女の寝顔を覗き込んだ。

うなされる様子もなく、スヤスヤと寝ている。


僕は彼女の額に唇を近づけた。

だが、途端に自分がとてつもなく黒く薄汚い存在に思えた。


―――彼女に触れる権利などない。


唇が額に触れる前に彼女から離れると、僕は静かに部屋を後にした。



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