58.祖父
悪天候が続いたので、予定通りに目的地にたどり着けるか不安だったが、無事に五日の日程で辺境地区に着いた。
「お待ち申し上げておりました。カイルお坊ちゃま」
用意してある邸に入ると、恭しく頭を下げて僕を迎えてくれたのは、先代の当主―――僕の祖父―――に使えている執事だった。
「やあ、トーマス。何で貴方がいるの? 何か嫌な予感がするんだけど・・・」
「長旅でお疲れでしょう? すぐにお茶のご用意を。ご隠居様もお待ちでございます」
「やっぱりー? ちょっと、お祖父様が来るって聞いてないんだけど? あの人と一緒ってやりづらいんだよ。自分勝手で我儘でさ」
「ささ、お坊ちゃま。どうぞこちらへ」
「聞いてるー? トーマス」
いい年で若干腰が曲がっているがスタスタ歩いて行く彼の後ろを、ブチブチ文句を言いながら付いて行く。
通された部屋には、ソファに深く座り込み、プカプカと葉巻を楽しんでいる祖父の姿があった。
「おお! 待ちくたびれたぞ! 我が孫よ! 久しぶりじゃの!」
「・・・半年前の夏にも会ったじゃないですか? 記憶力が低下しているようなら仕事にも差し支えると思いますので、ここはご遠慮なくお帰り下さい」
「半年も会っていなかったら久しぶりじゃろうが。相変わらず冷めとるの、お前は」
「で、何でお祖父様がここにいるのです? 父上からは何も聞いていませんが」
僕は祖父の前のソファにドカッと腰を降ろした。
「わはは! 何を隠そう情報提供者がワシだからだ!」
「やっぱりね・・・」
僕はメイドに出されたお茶を一口飲んだ。
祖父は引退後、ランドルフ領の片隅に隠居用の屋敷を建てて、そこで祖母と暮らしている。
生涯現役タイプで大人しく隠居生活を楽しむことが出来ないらしく、勝手に諜報活動に精を出している。もちろん、それはそれで助かるのだが・・・。
ましてや、ここは我がランドルフ領の隣。祖父が何かしらの情報を抑えていてもおかしくない。
「情報提供だけで十分ですよ、お祖父様。お年を考えて下さい」
「ぬかせ! ワシはまだまだピンピンしとるわ!」
「してると思っているのはご自分だけ。確実に衰えてますって。もー、お祖父様の面倒まで見るのは大変だから、大人しく帰ってくださいよー」
「ほんとーーーに、お前は可愛くないの・・・。誰に似たんだか・・・」
「父上と瓜二つのようです」
「何を言うか。ロバートの方がまだ可愛げがあったわい」
祖父はワザとらしく大きなため息を付くと、葉巻を潰した。
「まあ、いい。とにかく現状を説明する」
そう言うと、トーマスに向かって合図をすると、彼が地図を持ってきて僕らの前のテーブルに広げた。
「我がランドルフ領とリード辺境伯領との間にあるこの土地は王家の所有の土地だ。ここに暫く前からある組織が巣くっている。少しずつだが隣国から武器を仕入れていることが分かった」
「武器の密輸とは大胆ですね、リード伯爵も。しかも他人の土地で」
「まだ、そこまで言っとらんぞ」
「リード伯は最近、隣国とやたらに懇意にしてますからね。娘もあちらの高位貴族に嫁がせてるし。大した事業もしてない割には、隣国との交流が多過ぎる。優遇されてる感が否めない。このせいだったんですね」
「まあ、お隣さんにとっていい駒ってところじゃな」
祖父は置いてあるシガレットケースから一本葉巻を取り出した。
すぐにトーマスが傍に近づき、咥えた葉巻の先に火を付ける。
祖父はふぅーと煙を吐くと、
「隣国の後ろ盾を得ていると信じておるんじゃろうな。何かあっても一家で亡命出来ると考えておるんじゃろ。僅かな失態を犯しただけでも切って捨てられること間違いなしというのに。愚かよのう」
そう言って軽く頭を振った。
「豊かな領地でもないですからね。経済状況は良くないし。うまい汁があれば誘いに乗っても仕方がないのかもしれませんね。とは言っても、許されませんが」
「その通り。幸い組織はまだ小さい。ワシが優秀過ぎてすぐ見つけちゃったから」
祖父はウホホと笑いながら、僕に向かって煙の輪っかを幾つも作って見せる。
軽く苛ついたので、その煙をブンブンと手で消してやった。
「本来ならお前の助けなんぞいらんかったのだぞ、カイル。ワシだけで十分だったのに、ロバートの奴めがワシだけだと私兵は貸さんと言いだしおって」
「でしょうね」
僕は肩を竦めた。
祖父は派手好きで、隠密に行動することを嫌うのだ。
この暴走爺のせいで、昔から父は曾祖父と共に頭を悩ませていたと聞いている。
実際に武器の密輸は大犯罪だ。
派手な捕物劇を繰り広げて、リード辺境伯爵家の悪事を公にし、断罪に処することは間違っていない。
だが、相手は隣国の高位貴族が絡んでいる。つまり王家も何らかの形で関わっている可能性が大きいわけで、そうなると険悪な国際問題になり兼ねない。
ここは密かに潰し、わざと黙して隣国を牽制したいというのが父の狙いなのだ。
つまり、祖父に勝手をさせない為に僕を寄こしたわけだ。
祖父を止めることが出来るのは父と僕だけだからね。
「お祖父様。今のランドルフ家の当主は父上です。そして我が当主の言う事は絶対。お祖父様も父上に従ってください。僕が申し上げている意味は分かりますよね?」
「何だと?」
「父上は僕にお祖父様の手助けをさせるためにここへ遣わせたわけではありません。この僕に始末を付けるように命じたんです」
「むうっ!」
「ということで、僕の指示の下に動いてくださいよ、お祖父様。勝手な行動は慎んでもらいますからね。派手な行動は厳禁です」
「ワシが情報提供したのにぃ!」
「僕も名誉が掛かっているので引けません」
そう、名誉が掛かっているのだから!
僕の汚点をディアに知られるわけにはいかないのだから!




