50.祝福の女神
「あ、そうそう、アンドレは日頃のストレスを発散するべく、剣術を選んでます」
出場する生徒用の席から、既に始まった競技を観戦しながらビンセントに話しかけた。
競技は二人で競うトーナメント方式だ。
「・・・もっと紳士的な理由を聞きたかった・・・。相手の生徒に同情する・・・」
ビンセントは眉間に手を当てて軽く溜息をついた。
その時、競技会場から大きな声で僕の名前が呼ばれた。
「では、お先に殿下」
「うん。まさかの一回戦敗退なんていう冗談は止めてくれよ」
「あはは。その言葉そっくりお返してもいいですか? 一緒に決勝戦まで残ってくださいよ。殿下」
僕は爽やかに笑って会場に向かった。
クラウディアの読んだ物語では、僕はこの武道大会で優勝することになっている。
種目は違えど、優勝する未来は同じかな?
心のどこかで、勝利が約束されていると期待しながら競技に臨んだ。
試合内容は至ってシンプル。
競技者は二人。お互い、交互に的に10本の矢を放つ。
的の中心に近ければ近いほど点数は高い。10本放った合計点数で勝敗が決まる。
そして僕は、お約束通り決勝まで勝ち残った。
相手は・・・、やっぱりビンセント。
良かった、残ってくれて。王子様はこうでないとね。
人より優れていることを見せつけるのも、上に立つ者としては重要だ。
決勝戦のファンファーレが響き、その中を僕らは二人、並んで競技場に入った。
観客は入ってきた僕らを歓声と拍手で迎える。試合前にお互い固く握手をすると、会場のボルテージはさらに上がった。
審判のコイントスで先攻後攻を決める。
ビンセントが先行だ。
ビンセントが立ち位置で矢を構えた。
それだけで、会場からキャーッという黄色い声援が湧き上がる。
ビンセントはその声援に乱されるどころか糧に変え、全神経を集中させ矢を放った。
見事、ど真ん中に矢が刺さった。
ワーッと言う歓声が場内に巻き起こる。
ビンセントはそれに応えるように、観客席向かって手を挙げた。
その態度にさらに黄色い声援が大きく湧き上がる。
ああもうっ、やりづらいな、この後。
王太子殿下の忠実な下僕としてなら、ここは彼に花を持たせるのも有りかもしれない。
でも、今回の試合はクラウディアに勝利を約束しちゃっているからね。「無二の親友」として正々堂々勝負させてもらおう。
ごめんね。ビンセント。
★
「勝者、カイル・ランドルフ君!!」
会場に僕の名前が響き渡った。
割れんばかりの拍手と歓声が僕に贈られる。僕はホーっと息をついた。
ビンセントとの点差は僅か2点だった。
あー、危なかった・・・。正直、後半は本気で焦った・・・。
ビンセントの腕前は評価していたが、まだ自分には及ばないとどこかで高を括っていたのだ。油断は禁物だ。反省しなければ・・・。
僕はビンセントを守る立場として、常に彼よりも優れていないといけないのだから。
「カイル、おめでとう。完敗だよ」
ビンセントがやり切った爽やかな笑顔で僕に右手を差し出した。僕はその手を握った。
「どこが完敗ですか・・・、僅か2点差で。ほぼ互角。いい試合をありがとうございました」
「うん。いい試合だった。途中で君の焦った顔が見られたのは僕にとって貴重だったな。君を追い込めるまで僕の腕も上がったんだって実感したよ」
ビンセントはそう言うと、握手から手を放したと思ったら、僕の右手を掴み、天高く突き上げた。
「みんな! 勝者に惜しみない拍手と祝福を!」
王太子殿下自ら観客に向かってそう叫んだ。
本当にこの王子様は心が真っ直ぐだ。僕とは正反対。だから僕は彼に忠誠を誓おうと心から思えるのだ。
惜しみない拍手を贈ってくれる観客の中に、泣きながら必死に拍手をしている小柄な令嬢を見つけた。
「泣くほど喜ぶことじゃないのに・・・」
僕が思わず呟くと、
「あはは、ごめん、カイル、引き留めてしまったね。早くクラウディア嬢のもとに行ってあげて」
そう言って僕の手を下げると、ポンポンと背中を叩いた。
「ありがとうございます。殿下もリーリエ嬢がお待ちですね」
「うん。優勝できなかったから小言を言われるかな~」
ビンセントはわざとらしく肩を竦めながら、バチンと片目を閉じると、リーリエ嬢の元へ駆けて行った。
僕も僕の天使のもとへ向かう。
「クラウディア・ロイス伯爵令嬢」
僕は観客席に近づき、クラウディアに呼びかけた。
周りは一斉にクラウディアへ振り向いた。
クラウディアは相変わらずポロポロ涙を流しながら僕を見ている。
僕が観客席の柵越しに手を差し伸べると、周りの生徒たちはクラウディアの為に道を開けてくれた。
クラウディアは上段の観客席からゆっくり降りてくる。
柵まで来ると、おずおずと僕が差し伸べる手に自分の手を添えた。
僕は空いている手でポケットからハンカチを取り出すと、そのハンカチも添えるように彼女の手を両手包んだ。
「貴女に勝利を捧げます。僕の祝福の女神」
僕はそっと彼女の指先に唇を落とした。
ワーッと新たに歓声と拍手が響き渡る。
顔を上げると、クラウディアは顔を真っ赤にしたまま固まっていた。
でも、少しずつ顔が緩んでくると、改めてポロポロと涙を流し始めた。
柵越しの観客席にいる彼女は僕よりも高い位置にいる。僕は見下ろしている彼女の頬に手を添えると、親指で涙を払った。
次の瞬間、彼女は僕に抱きついてきた。
あまりの出来事に、流石の僕も固まった。
婚約者相手とは言え、公衆面前で男性に抱き付くなんて淑女あるまじき行為だ。
とてつもなく焦ったが、耳元で聞こえる彼女の嗚咽に、とても突き放すなんてできない。
それどころか、気が付くと僕も彼女の背中に手を回し、抱きしめていた。
周りの歓声と拍手が異様なほど大きい。
いつまでも鳴りやまない中、僕らは暫く抱き合っていた。




