36.私が運命の人
シーンと周りが静まり返る。
誰もが呆れて声が出ないようだ。
取巻き男子たちも、クラウディアの友達も一様に目が点になっている。
アンドレは僕に背を向けているから表情は見えないけど、長年の付き合いから背中越しでも呆れ返って白目向いているのは分かる。
チラリと腕の中の恋人を見た。
彼女だけだ。真っ青な顔で目を丸くしているのは。
「あ、あの・・・、私は・・・、本当に運命の・・・」
周りの白けた空気に気が付いたのか、セシリアは急にしどろもどろし始めた。
「運命の人って・・・、貴女、何を仰ってるの・・・?」
エリス嬢が呆れたように呟いた。
「ほ、本当にそうなのよ! カイル様は私のことを好きなるの! 私と結婚するのよ!」
セシリアは必死になるが、それがその場をますます白けさせる。
「・・・だ、大丈夫ですか? セシリア様。何か変な物でも食べた? それとも頭を打たれたとか・・・」
マリア嬢は心配そうな顔をして、セシリアに近づいてきた。
取巻き男子生徒を見ると、心底呆れ返った顔をしている。こりゃ、信者離れ確実だ。
「な、なによ! 本当なんだから! ねえ! カイル様、信じてください!」
親切に寄ってくるマリア嬢の手を振り払うと、セシリアは再び僕に懇願するような瞳を向けた。
「カイル様、私と初めて会った時、運命を感じませんでしたか? 何か感じたでしょう? 私に一目惚れしたはずなんです!」
「・・・と言ってますが、カイル様」
アンドレがセシリアを制しながら、首だけ振り向いた。その目は半分死んでいる。
僕はフルフルと首を振った。
「嘘よ!」
セシリアは叫んだ。
「本当だよ。だって僕は一目惚れって人生で一回しか経験したことがない。八歳の時に初めてディアに会った時だけだから」
「!!!」
僕の腕の中でクラウディアがビクッと体を揺らした。
青い顔がカーッと真っ赤に変わっていく。面白くって、つい吹き出してしまった。
「あはは、照れてるんだ。可愛いなあ、ディアは」
「~~~!!」
クラウディアは両手で顔を覆ってしまった。
アンドレの生温い視線が突き刺さるが、気にしないことにする。
「という事で、これ以上僕に期待をしないで欲しい、ロワール嬢。僕の運命の人は貴女ではなくてクラウディアだ」
「ロワールって・・・、今まで名前で呼んでくれていたのに・・・」
「うん。ファーストネームで呼ぶことで君に誤解を与えていたのだったのなら、これからは改めようと思ってね」
この国では知り合いであれば、ファーストネームで呼ぶことが通例だ。
家名で呼び合うのはそれなりに距離があることを表している。
セシリアは両手を握りしめ、プルプルと震えながら僕を睨みつけた。
「ひどい・・・! ひどいわ、カイル様!」
「そうかな? 僕なりの反省なんだけど」
「なっ・・・!」
「それじゃ、僕らは失礼するよ。行こう、アンド・・・」
「私は諦めないから!!」
僕の言葉を遮ってセシリアが叫んだ。
「カイル様は、絶対に私のことを好きになるんだから! 振り向かせて見せるから!」
そう叫ぶと、一目散に走ってどこかへ行ってしまった。
僕ら全員でポカンと彼女を見送る様は、傍から見ていたらさぞかし間抜けな光景だっただろう。
★
翌日、まだ誰もいない生徒会室でアンドレと向かい合った。
「またすごい女性に好意を持たれてしまいましたね、カイル様。お気の毒としか言葉が思い浮かびません」
アンドレがその言葉通りの憐れみ深い目で僕を見た。
「自分が運命の人って・・・。絶対に自分のことを好きになるって、そうそう言えるセリフではないですからね」
僕もそう思う。普通の人なら言わないだろうね。
でも、彼女はヒロインだから。この物語の先を知っているから自信があるんだろう。
こんなにも、その物語と違う話になっているというのに。
「要注意人物ですね。今はカイル様がターゲットですからいいですが、もし、殿下に気が移りでもしたら、厄介この上ない」
「ねえ、僕ならいいってどういうことよ?」
「あの女子生徒がビンセント殿下に同じように迫る様を想像してください・・・」
「・・・うん、最悪だね」
「気を引き締めないといけません。いつ、殿下に気持ちが移るか・・・。生徒会の応援員である以上、他の生徒たちよりも殿下の近くにいる機会が多いのですから」
確かにね・・・。
「カイル様よりも殿下の方がずっと男前ですし・・・」
確かにね・・・って、ちょっと余計だよ。
「でも、僕としてはビンセントに移ってくれた方がいいかな~。だって、そうしたら王太子に付きまとう害虫として堂々と駆除できるし」
「・・・カイル様、言い方・・・」
ビンセントと同じこと言うね、アンドレも。
「あ~あ、もう、ロワール家を消しちゃおうかなぁ」
僕は伸びをしながら呟いた。




