第98話 亀裂は蝕む
エイダはポーチ型の魔道具を漁り、取り出したカップに紅茶を注いだ。
目を閉じて香りを楽しみ、ゆっくりと一口飲む。
カップを持つエイダは自慢げに語る。
「知っているかね。この国の紅茶は味が良い。誇るべき特産と言えるだろう」
「…………」
国王は話に反応しない。
用心深くエイダを注視し、次の挙動を見逃さないようにしている。
或いは、この空間に定められた未知の法則を警戒しているのかもしれない。
エイダがすべてを打ち明けているか分からないのだ。
その可能性を視野に入れるのは当然だった。
エイダは優雅に紅茶を満喫している。
二杯目を入れながら、彼女は意地の悪い笑みで指摘した。
「ははぁ、さては怯えているね」
「何のことだ」
「君は私に怯えている。考えが読めずに困惑し、恐怖しているのだ。そうだろう」
エイダが頭を下げて、上目遣いに国王の顔を覗く。
抉り込むような視線だった。
物事の本質……そのさらに先を解き暴こうとする無貌の狂気である。
騎士団長との戦いで垣間見えた一面が、ここで不意に現れた。
両者は至近距離から見つめ合う。
刹那、国王の腕に亀裂が走る。
左肘が衣服ごと割れていた。
硬い断面が崩れて一部が粉となって今にも分離しそうだ。
国王は驚愕し、反射的に玉座から立ち上がりそうになった。
それをなんとか堪えて言葉を洩らす。
「ば、馬鹿な」
「慌てなくてもいい。悪魔にだって感情はある。未知とは根源的な恐怖を呼び起こすものだからね。君が動揺するのも仕方のないことなんだ」
エイダは穏やかに宥める。
国王からすれば逆効果だろう。
いや、彼女は端からそれを狙っている。
誰であろうと恐怖するのだと認識させることで、国王を引きずり落とそうとしているのだ。
(言葉に出すことで強く認識させて、一種の呪縛にしているのか)
この空間では暴力が禁じられている。
ただし唯一、言葉による攻撃は可能だった。
それによって揺さぶりをかけて損傷を誘っているのだ。
実に悪辣で合理的な手法である。
国王は苦々しい面持ちで、慎重に両腕を動かす。
亀裂の入った片腕はそれ以上の損壊を示さなかった。
ひとまず落ち着いたらしい。
国王は自然と手を顔の横に動かそうとする。
それを見たエイダが先手を取って発言した。
「おや、耳を塞ぐのは感心しないね。それは私の言葉から逃げることを意味する。心の敗北は死に直結するよ」
挑発された国王がテーブルを叩こうとして、寸前で止める。
暴力は禁じられている。
それを抜きにしても、彼の肉体は損傷しつつあるのだ。
テーブルに叩きつけた拳が砕け散る恐れは十分に考えられる。
国王は苦し紛れに吼えて両腕を下ろした。




