第96話 記録の役目
エイダは何度か手を打った。
彼女は大げさに息を吐きながら、椅子の上で足を組み直す。
試すような目線は、国王を真っ直ぐ見つめていた。
「いやはや、楽しいね。こういう戦いにこそ価値がある」
「…………」
狡猾で図太いエイダに対し、国王は明確な殺意を抱いていた。
固く握られた拳は小刻みに震えている。
今にも殴りかかりそうな雰囲気だが、それが無駄な行為であるのは国王自身が理解していた。
ここで乗せられれば、もう退くことはできない。
エイダの話術に嵌められて抜け出せなくなってしまう。
国王は努めて冷静に歩くと、エイダの出したテーブルに手を置いた。
「――いいだろう。貴様の大好きな話し合いをしてやる」
そう宣言した国王は、玉座に深く腰かけた。
猛禽類を彷彿とさせる目付きで、真正面からエイダを睨む。
エイダは喜んでまた手を打ち鳴らした。
「素晴らしい、助かるよ。そろそろ説得も面倒になってきたところでね。承諾してもらえて良かった」
安堵したエイダは胸を撫で下ろす。
なんともわざとらしい反応だ。
こうなるように仕組んだのは、他ならぬ彼女自身である。
魔導書の術を発動させた時点で、国王の選択を奪ったも同然だった。
どのような考えであれ、エイダの希望する話し合いを始めるしかなかったのだ。
そこまで読んだ上で、彼女は特殊法則を設定した。
短時間で決めたとは思えないやり口である。
両者はテーブルを挟んで相対する。
言葉を発さずとも緊張感が高まっていく。
纏う雰囲気は対照的だが、人間を超越したそれぞれの横顔には似通った部分もあった。
二人の目には強烈な感情が宿り、互いを喰い殺したいという衝動を発散している。
(怪物同士の睨み合いだ。誰も手出しできない)
ルナも距離を取ったまま動かない――否、動けない。
エイダと国王の間に割り込むのは無粋であると理解しているのだ。
ここで踏み込んだところで両者の邪魔にしかならない。
暴力を禁じられた空間では、援護の一つも満足にできないのだった。
(エイダを信じる。我々にできるのはそれくらいだろう)
結論付けながら事象の記録に専念する。
援護はできずとも、目の前にある出来事を客観的な視点から残すことはできる。
唯一無二とも言える蔵書狂の役目だ。
エイダから己の末路を記録するよう託された。
助手としてその要望に応じねばなるまい。




