第94話 世界最悪の法則
色を失った黒衣の集団は、あっけなく崩れ去った。
彼らが蘇ってくることはない。
魔人として優れた生命力を持っていようとも、それが通用するのは既存の物理法則の範疇だ。
異常性に満ちた空間を超越する機能は持ち合わせていなかった。
エイダは緩やかに手を組み、軽く首を傾げる。
一つひとつの動作には気品があり、まるで演劇の役者のようだ。
彼女は黒衣の集団の残骸を見て嘆息する。
「おやおや、軟弱だね。この程度で終わらないでほしいな。まだ色々な責め方を考えていたというのに」
これに反応を示したのは国王だった。
彼は配下の死を悲しむことなく、敵意の目をエイダに向ける。
「攻撃は禁じられているのではなかったのか。貴様だけが適用外なのだな」
「違うよ。私も自らの術に縛られる立場さ。暴力は一切振るえない。今のは彼らが自滅したんだ」
予想通りの指摘だったのか、エイダは流暢にそう述べる。
どう考えても詭弁だった。
エイダはこうなることを想定して法則を改竄したのだ。
知らぬ存ぜぬでは通じない。
彼女の態度を見るに、諸々を考慮した上で開き直っているようである。
エイダは魔導書の背表紙をなぞり、何かの講義かのように説明をした。
「精神状態が肉体に物理的な作用を及ぼす。意志が揺らげば肉体が損傷するよ。この空間における特殊法則の二つ目だ」
暴力禁止に次いで発表されたその内容は、実に単純明快であった。
心身の繋がりを密接にする。
結論を辿れば、ただそれだけの話なのだ。
精神的な不調が肉体にも現れるのは、生物としてありふれた体験であろう。
それをエイダは究極的に誇張した。
最悪の場合、粉々になって死ぬように細工したのであった。
黒衣の集団はエイダの威光に負けて崩壊した。
仲間の死が連鎖的に犠牲を広げることになり、あとは放っておくだけで恐怖が伝播する。
心理操作に長けるエイダが最も得意とするところだった。
(面白い発想だ。簡単に言っているが効果が凶悪すぎる)
この法則の恐ろしい点は、心が揺らいだ際に訪れるのがただの死ではないことだ。
黒衣の集団は存在そのものが消滅していた。
自我も魂も残っていない。
一切の記録が抜き取れない状態だった。
つまり問答無用で絶対的な死を与えてくるのだ。
ほぼ無限に再生する勇者の末裔でも、異次元から降臨した悪魔でも、自我だけで成立する蔵書狂でも抗うことは決して許されない。
偽りの賢者は、世界最悪の罰を実現させたのだった。




