第93話 反転現象
国王が明確に怒りを見せる。
エイダによる数々の挑発行為が響いてきたようだ。
もっとも、それに乗せられてはいけないと分かっているのか、目を剥くばかりで実際の行動には出ない。
どのみち暴力は禁じられているので何もできないのである。
国王は震える声でエイダに詰め寄る。
「舐めているのか。この期に及んで話し合いなど」
「まあまあ、そんなことを言わずに。どのみち暴力は無効化されるのだから、従ってくれるのが賢明だと思うのだがね」
エイダは呑気に応じる。
その態度が神経を逆撫でしていた。
もちろん意図的であろう。
国王の平常心を崩すのが狙いに違いない。
彼女の巧みな心理操作は、特に状況的な優位を取った場合に発揮される。
些細な言葉や仕草が、普通の人間とは比べ物にならないほどの効果に跳ね上がるのだ。
その点に関して、エイダは他の追随を許さない。
国王は警戒するばかりで玉座に座らない。
交渉に応じるつもりはないようだ。
残念そうに苦笑したエイダは、半ば空気と化していた黒衣の集団に目を向ける。
彼らは戦いが始まってから待機したままだった。
手出しのしようがなかったからだ。
魔王の護衛としては力不足と言えよう。
国の闇を担う暗殺組織も、この場においては些か場違いな存在であった。
優雅に笑うエイダは黒衣の集団を招く。
「代わりに君達と話をしようかな。どうだね、必要なら紅茶も用意するよ」
黒衣の集団は動かない。
ただし、若干の困惑が見え隠れしていた。
互いに目配せをして判断に迷っている。
国王が何も言わないのも大きい。
ひとまず部下を使って様子見を決め込んだようである。
沈黙の時間が延々と続く。
誰も行動を起こすことはなかった。
やがてエイダが大きくため息を吐き出した。
彼女はテーブルを指で小突きつつ、黒衣の集団を凝視する。
ぞっとするような冷たい視線だった。
「――黙っていては分からないな。早く座りたまえよ」
その瞬間、新たな異変が生じた。
黒衣の集団のうち数名が膝をつくか、唐突に転倒したのだ。
彼らの脚が部分的に砕け散っている。
まるで薄いガラスのような質感に変貌していた。
立てなくなったのはそのせいだった。
黒衣の集団に動揺が広がる。
彼らは次々と倒れて、崩れた両脚を目にして驚愕した。
質感の変貌はそのまま腰から這い上がるように侵蝕して、やがて全身へと至る。
悲鳴を上げた者から粉々になって消滅していく。
そうして間もなく、黒衣の集団は全員が砕けて死んでしまった。




