第90話 色彩は融ける
異変はすぐに生じた。
エイダを中心にして部屋から色彩が失われていく。
白と黒の世界だ。
広がる光が影響しているようで、それに触れた箇所から変化している。
効果は無差別なのか、彼女自身も色を奪われていた。
荒れ狂う悪魔の炎も、色を失った途端に停止する。
それ以上は燃え広がらず、まるで時間が止まったかのようだった。
ほどなくして謁見の間は白と黒だけの空間になる。
すべてが光に包まれたのだ。
横になったルナも、咄嗟に防ごうとした国王も、この羊皮紙の身体も例外なく色を失った。
国王については自動防御が発動せず、そこから反応が遅れて光に接触していた。
国王は己の両手を見下ろし、魔導書を持つエイダを睨む。
「何をした」
「ただ魔術を使っただけだよ」
「嘘をつくな! 貴様が魔術適性を持たないことは知っている。このような現象を起こせるはずがない」
国王の指摘は真っ当であった。
もしエイダが賢者に足る力を持っているのならば、とうの昔に発揮しているだろう。
実際は何の特殊能力も持たないために追い詰められているのだ。
すぐさま国王はこちらを向いて追及してくる。
「蔵書狂……貴様が欺こうとしているな?」
「これは紛れもなく賢者エイダだ。彼女にはきっかけを与えただけに過ぎない」
事実を伝えるも、国王が信じた様子はなかった。
彼は追加で炎を解き放つ。
しかし、それらは色を失って止まる。
それどころか端から崩れて消滅し始めていた。
よく見ると他の炎も徐々に削れて小さくなっている。
魔力の流れを注視していた国王が、その行方に気付いて怒りを見せた。
「儂の炎を糧にして術を構築したのか。器用な真似をしてくれたものだ」
「ご名答。私の魔力は一般人並みだからね。こういう時も他力本願が基本なのだよ」
エイダは悠々と応じる。
若干の自虐が含まれているが、彼女はむしろ開き直っていた。
己の弱さを克服したわけではない。
ただ理解して、粛々と受け入れているのだ。
エイダはゆっくりと歩き出す。
彼女のそばの炎から次々と魔力に変換されていった。
「私はどこまでも無力だ。少し物覚えが良く、口が達者なだけでそれ以上の才能はない――しかし、覚悟はできている。それを披露しよう」
エイダはそう言って魔導書をめくる。
刹那、国王の纏う炎が引き剥がされた。
人間の姿が露わになり、驚愕に染まる顔が晒されることになった。




