第89話 覚悟の歩み
完璧に癒えた肉体を見て、エイダは頬を膨らませて小言を洩らす。
「こんなことができるなんて初耳だよ。もっと早い時期に治してくれてもよかったのに」
「本来は使ってはいけない能力だ。明かすつもりはなかった」
「ふむ、そうか」
返答を聞いたエイダはふと真顔になると、嬉しそうに微笑む。
彼女はこちらに頭を下げてきた。
「矜持を曲げてまで助けてくれてありがとう。君は本当に優しい人だね」
「……人ではない」
「無粋なことを言わないでくれよ。そこは素直に受け取ってほしいな」
エイダはまた笑い、そして魔導書を手に進み出した。
背中を向けるエイダは静かに言う。
「行ってくるよ。ここからは私だけで終わらせる」
「了解した。お前の勇姿を記録しよう」
「さすがヴィブルだ」
エイダは意気揚々と国王のもとへ進む。
彼女は片腕の固定具を外し、羊皮紙の混ざった包帯を解いていく。
優雅な動作で魔導書を開くと、芯のある声で宣告した。
「待たせたね。決着をつけようか」
「貴様だけで勝つつもりとは、舐められたものだ」
国王が片手を振り、室内全域に炎を撒き散らす。
黒い灼熱が再び蔓延して轟々と蹂躙を始めた。
焼け焦げた調度品が落ちて溶けていく。
一連の様を目にした国王は、意外そうに話しかけてきた。
「蔵書狂、もう炎は消さなくていいのか」
若干の挑発が含まれた声音だ。
それには乗らず、淡々と回答をする。
「必要がなくなった。ここからはエイダの戦いだ」
一方、エイダは倒れるルナのもとに歩み寄る。
うっすらと目を開いたルナは、掠れた声を発した。
「エ……イダ、ちゃん……」
「よく頑張ってくれたね。後は任せてくれるかな」
「うん……」
安らかな笑みを浮かべたルナは、力を抜いて目を閉じる。
微かに息をしているので死んでいない。
再生に専念しているようだ。
そっとルナを撫でたエイダは、国王に向き直って見据える。
彼女は燻る怒りを垣間見せながら指を差した。
「炎の魔王。私は君を叩き潰す」
「口だけのペテン師が。ならばこれを止めてみせよッ!」
叫ぶ国王が漆黒の炎を振り放つ。
渦巻く死の熱気がエイダへと殺到した。
炎は多頭の蛇と化して突き進む。
刹那、エイダの全身が淡く白い光を帯びる。
光は彼女を中心に周囲へと浸透していった。




