第87話 運命と代償
国王が周囲を再び炎で侵蝕しようと咆哮を上げる。
一瞬だけ燃え上がるも、炎は即座に消滅した。
何度か同じことを繰り返してから、国王は悪態を吐く。
炎が広がることはもうない。
記録そのものを無かったことにしているのだ。
どれだけ強い能力だろうと問答無用で影響を及ぼすことができる。
悪魔だろうと例外ではなかった。
(あまり使いたくなかったが、背に腹は代えられまい)
記録の抹消はこの上なく冒涜的な行為である。
蔵書狂としての禁忌と言えよう。
助手としての手助けにしても逸脱している。
それでも決行したのは、未だに何も懸けていない己に気付いたからだ。
他の者達は死に物狂いで戦っている。
自らの命を賭して目的を成し遂げようと力を尽くしていた。
この場において、自身だけが傍観している。
蔵書狂なので正しい立場ではあるが、それを看過できない感情があった。
ようするに個人の情を優先したくなったのだ。
圧倒的な力を有する国王でさえ、本気で潰しにかかれば一瞬で倒せる。
いくら燃やされても修復できるため負けることがない。
こちらは国王の存在を抹消するだけでいい。
羊皮紙で触れる必要もなく、ただの一つの抵抗すら許さずに存在を否定できる。
無論、そこまで実現するつもりはなかった。
国王との対決は、単純な暴力で終わらせるべきではない。
決定打を与えるのはエイダでなければいけないのだ。
彼女の抱える不利を埋めて対等な戦いを作り、その行く末を見守るのが蔵書狂の責務だった。
羊皮紙で包んでいたエイダを開放し、あえて無防備な姿を見せてやる。
国王は何も仕掛けてこない。
接近も躊躇している様子だった。
己の炎を滅されたことを警戒しているようだ。
どのような仕組みで対処されたか不明なので、迂闊な行動に出られなくなっている。
ちょうどいいので今のうちに本題をエイダに切り出した。
「運命を覆す力が欲しいか」
「……貰えるものならね。まあ、無償ではないのだろうけど」
「察しが良いな。ただ与えるのではない。相応の代償を払ってもらう。図書館での契約と同じだ」
説明を聞くエイダは国王を一瞥する。
向こうはこちらのやり取りには気付いているようだが、手出しはしてこない。
誘い込むための罠である可能性を疑っているのか。
視線を戻したエイダは質問をしてくる。
「代償を払えば国王に勝てるのかい?」
「それはお前次第だ。結果は覚悟と執念で決まる」
淡々と告げると、エイダの顔から迷いが消え去った。
微笑する彼女は明瞭な回答を述べる。
「――分かった、契約しよう」
「代償はどうする。過去の記憶はもう使えないが」
「それなら寿命の半分を支払うよ。これから私が刻むであろう未来の記録を献上させてもらう」
はっきりとした口調でエイダは宣言した。




