第86話 もう一つの力
広範囲に黒い炎が発生して、爆風と共に拡散した。
咄嗟に人型を解除し、エイダを包むようにして庇う。
表面を凄まじい勢いで焼かれるも、修復速度を最大まで上げることで対抗する。
さらに炎の性質を分析して僅かにでも耐性を上げておく。
付け焼き刃に過ぎないが、これでも無防備に受けるよりは時間を稼げる。
羊皮紙に囲われたエイダは驚いた顔で名を呼んでくる。
「ヴィヴルッ!?」
「問題ない」
そう返すも、実際には厳しい戦況だ。
エイダは何もできず、ルナも復活するにはまだかかるだろう。
羊皮紙が国王に触れれば即座に鎮圧できるが、接近する段階で燃やし尽くされるのは目に見えている。
能力的な相性は最悪に近い。
仮に周囲一帯を覆う規模で羊皮紙を広げようとしても、国王ならば同規模の炎を発生させられるはずだ。
決定打として切るには勝ち筋が薄い。
そもそも、率先して力を使って諸悪の根源を叩くのは違う。
エイダが乗り越えねばならない困難なのだ。
彼女の出番を奪うような真似は控えるべきである。
たとえ絶体絶命だとしても、エイダの覚悟を見極めるべきであろう。
つまりこの局面で取るべき行動は、エイダに選択を与えることだ。
今のままでは選択の余地がないまま死んでしまう。
望ましくない結末であるのは言うまでもない。
そこまで決まれば、対処方法も自ずと見えてくる。
(……やむを得ないか)
数瞬の躊躇を挟みつつ、その能力を発動させる。
室内全域を覆い尽くしていた炎が消失した。
唯一、炎を纏ったままの国王が不機嫌そうに問いかけてくる。
「何をした」
「炎による攻撃という記録を抹消した。世界の履歴から消し去れば、それが現実にも反映される」
返答を聞いた国王の動きが止まる。
そして苛立った様子で高熱の息を吐いた。
「世界の履歴だと……貴様の能力が創り出す固有概念か」
「違う。既存の物理法則を独自に解釈しただけに過ぎない」
この世界はあらゆる情報が現在進行形で記録されている。
その一部を恣意的に白紙へと戻せば、対応する相手の攻撃や存在を消すことができるのだ。
強力無比であるが、世界最悪の能力とも言える。
記録の収集に生涯を……いや、それ以上の年月を捧げた蔵書狂が、よりによって記録を否定する。
そのようなことはあってはならない。
知識欲の暴走とは対極で、己の本能の全否定であった。




