第85話 絶望の炎
国王が黒い炎を全身に纏う。
肉や骨が焼けているが、本人は一向に気にしない。
自壊するほどの力を発しながらも、生命力はむしろ急激に上昇しているようだ。
いよいよ本領を発揮するらしい。
人間であることにこだわらず、魔王としての能力を使おうとしている。
黒炎の化身となった国王は、歪んだ声音で宣告する。
「五百年前は勇者に阻止されたが、今度こそ魔族の支配する世界を実現してみせる。脆弱な民衆はすべて魔人に仕立てて、人類そのものを根絶やしにしてやろう!」
国王の炎が周囲を侵蝕していく。
絨毯が燃えて建材の一部が溶け始めていた。
濃密な魔力が室内を巡り、灼熱の空間を構築する。
エイダとルナは滝のような汗を流していた。
この環境にいるだけで体力を消耗し続けるのだ。
特にエイダの衰弱ぶりは顕著で、いつ倒れてもおかしくない状態である。
(圧倒的な熱量だ。臨界点を超えた力を発揮している)
種族的な特性で自然回復の速度が高い悪魔には、魔力切れも期待できない。
このまま持久戦に持ち込まれるとまず勝てないだろう。
(さあ、どうする。ここからが正念場だ)
こちらの使える手札は少ない。
大抵の策は国王の炎で焼き尽くされるからだ。
防戦になれば、視線による発火が襲いかかってくる。
つまり最善手は短期決戦のみ。
環境的な不利で押し切られる前に、我々の全力を以て魔王を凌駕するしかなかった。
その時、ルナが弾かれたように動き出した。
彼女は国王の死角へと回り込んで短剣の刺突を放つ。
聖なる力を帯びたその一撃は、しかし炎の自動防御に阻まれていた。
切っ先が僅かに貫通しているが、国王には届いていない。
ルナは短剣を引き抜こうとするも、刃が融解したので諦めて手放す。
飛び退くルナに対し、国王が手をかざした。
「当代勇者よ。貴様に後れを取ることはない」
迸る黒い炎がルナを包み込む。
彼女の身体が急速に炭化し、端から朽ちていく。
再生速度を超える燃焼が勇者の末裔を死に誘おうとしていた。
「ルナッ!」
エイダが駆け寄ろうとしたので、腕を伸ばして行く手を阻む。
下手に近付くと燃え移る恐れがある。
ここは見守るしかなかった。
まだルナは死んでいない。
床に蹲った姿勢のまま、それ以上は輪郭が崩れず、徐々に炎が小さくなりつつあった。
この土壇場で成長しているのだ。
再生速度を限界以上に高めることで死に抗っている。
まだ時間がかかるだろうが、いずれ復帰するだろう。
同じ結論に至ったと思しき国王は、ルナを一瞥して鼻を鳴らす。
「腐っても英雄の端くれか。しぶとさだけは一級らしい」
国王がこちらを向き、持ち上げた両手をかざしてくる。
黒い炎が渦巻いて放出の瞬間を待っていた。
魔力を圧縮させながら、国王は朗々と宣言する。
「脆弱な人間どもよ。貴様らを絶望の淵に叩き落とす」




