第74話 歪み生まれた側面
騎士団長が片手で何らかの合図を送る。
すると、広間全域が赤い格子状の結界によって隔離された。
予め何らかの術を仕込んでいたのだろう。
結界は徐々に組み上がって完成へと近付いていく。
やけに時間がかかっているのは、それだけ大規模で強力な術である証拠だ。
こういった場合は完成する前に結界を破壊するのが定石だが、エイダは悠々と見守っている。
状況的に不利になることを承知で待っているようだ。
彼女なりに考えていることがあるらしい。
エイダは騎士団長を一瞥して嘆く。
「まったく、王国の人間は野蛮すぎるよ。人道的な道を模索してほしいものだね」
随分と余裕を見せている。
騎士団長の殺気も意に介さず、隙だらけな態度で佇んでいる。
そんな彼女がこちらを向いた。
「ところでヴィブル」
「何だ」
「彼とは平和的に対話できると思うかね」
エイダは騎士団長を指差す。
結界の構築を見つめる騎士団長は、今にも斬りかかってきそうな気配を醸し出していた。
ぎらついた双眸は、勝利に対する絶対的な自信に漲っている。
冷静なエイダとは対照的だった。
一通りの観察を済ませたところでエイダに見解を伝える。
「対話は不可能ではないが、最適解とも言えない。手段を選ばず、国王との交渉に向けた布石とすべきだ」
「うんうん、素晴らしい分析だね。私も同意見だよ。まあ、できるだけ会話にこだわるけどね。君との約束だ」
エイダは穏やかに笑う。
実に落ち着きのある様子だった。
ただし、聞き流せない言葉があったので指摘を挟む。
「非暴力に固執するなと言ったはずだが」
「分かっているとも。さすがに私も懲りたよ。実際、魔爪の導示との戦いは殺し合いばかりだった。だけど、少し思うところがあるんだ」
エイダはそう言って目を閉じた。
数瞬の沈黙を経て、彼女はゆっくりと目を開く。
散大した瞳の奥底では、粘質な狂気が蠢いていた。
張り詰めんばかりの欲求が、何らかの形を為そうと足掻いている。
彼女の目には、眼前の脅威である騎士団長など映っていなかった。
「――もっと相手を知りたい。暴力じゃ駄目だ。言葉で心の内側を引き出してみたい。その衝動を自覚したことで、私の中で何かが変わってしまった」
エイダは声を震わせて呟く。
早口で語られる内容は常軌を逸しており、まだ見ぬ彼女の本性を示唆していた。




