第66話 不条理は波打つ
防戦に徹していた黒衣の集団が、合間を縫って反撃を試みる。
炎や雷撃や呪術、果てには不可視の力場が襲いかかってくる。
数多の術が羊皮紙を破壊するも、所詮は悪あがきに過ぎなかった。
大海に一滴の泥を落として染め上げようとしているようなものだ。
こちらはその泥すらも糧にできる。
すべては知識の集合なのだ。
彼らの奮闘には何の意味もなかった。
黒衣の集団が羊皮紙の波に呑まれていく。
悲鳴は聞こえず、防御魔術を破られた者から姿を消した。
たまに羊皮紙の隙間から浮かぶのは、頭部の破裂した死体だった。
許容量を超過した知識を押し込まれたことで命を落とした者達である。
ついでに彼らの記憶を抜き取っておく。
いかに優れた魔術師だろうと、根源を辿ればただの人間だ。
規格外の不条理に抗う術は持ち合わせていない。
視点をずらしてエイダとルナを確認する。
二人は羊皮紙の殻に包まれる形で待機していた。
これといった傷も負わず無事である。
ルナが短剣を構えて警戒しているので、不意の攻撃にも対応できるだろう。
(特に問題はないな)
そう判断したところで、羊皮紙の操作速度を十倍まで引き上げる。
周囲全域が瞬く間に羊皮紙で覆い尽くされ、黒衣の集団はあえなく壊滅した。
屍となった彼らは点々と転がっている。
拡散させた羊皮紙を戻し、元の人型を構築する。
少し先にゴブリンの面の男が立っていた。
ふらついているものの、間違いなく生きている。
男は苦しそうに胸を掴みながら呻く。
「馬鹿……な。この力は、一体何だ……」
男は肌を一切晒していない。
それに加えて、迫る羊皮紙を魔術で破壊することで、あの濁流を乗り越えたのだ。
単純な対策だが実際は困難を極める。
男が並外れた技能を持っているからこそやり遂げることができたのであった。
近接戦闘の技術のみに限れば、ルナとも拮抗するかもしれない。
男は息を整えながら問いかけてくる。
「お前は、神なのか」
「あんな存在と一緒にするな」
返答と同時に羊皮紙を飛ばし、男に巻き付けて拘束する。
もはや躱す余裕もなかったようだ。
濁流を凌いだ時点で限界を超えていたのだろう。
身動きの取れない男に対し、淡々と真実を告げる。
「神とは虚無の概念そのものだ。この世で最も無意味でつまらない。知識欲の権化とは対極の存在だろう」




