第64話 ゴブリンの面の男
黒衣の集団が持つ魔導書には見覚えがあった。
エイダに渡した魔導書の中でも、特に習得難度の高い一冊だ。
主に闇の魔術を扱ったもので、呪いや魂に関する術も記されている。
かつて聞いたエイダの過去を遡ると、あれは一般販売用ではなく王国の研究資料として譲渡したらしい。
それきりエイダは関わっていない。
横流しの可能性もあるが、王国が写本を量産したと解釈するのが妥当だろう。
危険な術が記された魔導書を他勢力に渡すとは考えにくい。
黒衣の集団は、王国或いは魔爪の導示に所属しているようだ。
先ほどは魔導書に掲載していない術も行使したことから、内容を独自に編纂しているのだろう。
随分と勝手なことをしてくれる。
別に魔導書の扱いに文句を言う立場にないものの、あまり気分が良いものではなかった。
(いや、そんなことはどうでもいい。今は彼らに集中すべきだ)
黒衣の集団は、あの魔導書を使いこなしている。
相当な才覚と技量があると見ていい。
しかし、これだけの人数を揃えてくるとは思わなかった。
こちらの想定を超えた魔術部隊である。
その事実にふと興味が湧いてくる。
(まずは情報だ。彼らから早急に取得する必要がある)
張り詰めた空気の中、黒衣の集団からゴブリンの面を着けた男が進み出る。
風格からして指揮官といったところか。
男は感情を排した声音で要求する。
「賢者エイダを引き渡せ。ここは穏便に済ませたい」
一方的な主張だった。
向こうの要求には返答せず、淡々と言葉を返す。
「エイダをどうするつもりだ」
「お前達には関係ない」
男はすかさず断言した。
決して熱量は感じないが、必ず遂行するという意志が込められている。
対話で説き伏せるのはまず不可能だろう。
男の態度に腹を立てたルナは、短剣を回しながら表明する。
「エイダちゃんは渡さないよ。それでも来るなら殺しちゃうから」
「勇者の末裔か。賢者を庇うとは愚かなものだ」
「そっちの方が愚かでしょ。王様が魔族と繋がってるって知らないんだから」
ルナが挑発気味に言い返す。
黒衣の集団に動揺が広がることはなかった。
誰も動かずにやり取りを傍観している。
やがてゴブリンの面の男は冷淡に言った。
「魔爪の導示との関係性は周知の事実だ。指摘されたところで痛くも痒くもない」




