第62話 闇夜の奇襲
ルナがエイダを押し倒す。
二人の頭上を漆黒の鎖は高速で通過していった。
人体を貫通できるだけの勢いは付いていた。
背中を地面に打ったエイダは軽く呻く。
「ぐっ」
「伏せていて!」
引き戻された鎖が二人を狙うも、ルナが短剣で弾いて凌ぐ。
鎖はそのまま茂みの闇へと消えて見えなくなる。
辺りが静寂に包まれたが、空気感は数瞬前までとまるで違う。
茂みの奥から粘質な殺気が注がれている。
初撃の失敗にも動じず、虎視眈々と我々を狙っているのが分かる。
おそらく相手は単独ではなく複数だろう。
間もなく茂みから燃える眼球が放たれた。
それは不規則な挙動で迫ってくる。
炎の中では禍々しい術式が実体化して躍っていた。
呟きに近い声量で呪詛も発し、忙しなく動く眼球はエイダを凝視していた。
(隠密魔術による奇襲……追撃で多人数による複合呪術か。用意周到だな)
考察しながら羊皮紙の身体を動かし、燃える眼球を腹で受け止めた。
両腕で抱え込むようにして動きを封じにかかる。
炎は一気に全身へと回り、暴れる眼球が執拗に幻術を連発し始めた。
燃えた箇所から濃密な呪いに蝕まれていく。
損傷を分析していくと、魂の破壊まで目論んでいたことが判明する。
生身の人間が受ければ、炎と呪詛に苦悶しながら魂まで焼き尽くされていただろう。
(一つの対策をしても、別の特性を防ぐことができない。悪意を凝縮したかのような術だ)
たとえ不死身のルナでも、直撃すれば行動不能になりかねない。
エイダなら微塵も抵抗できず死に至るだろう。
身を挺して守りに動いた甲斐はあったようである。
ひとまずこのままでは面倒なので、燃えた部位を端から分離して修復を進める。
魂を燃やす性質も無意味だ。
呪詛も所詮は情報の塊でしかない。
暴れる眼球については、構成する術式を吸い尽くすことで消滅させた。
複合呪術を無効化したところでエイダが声をかけてきた。
「ヴィブル、大丈夫かね」
「問題ない。受けた術はすべて分析した」
「いや、そういうことではないのだが……平気ならいいよ」
何かを言いかけたエイダはそれを飲み込む。
彼女はルナの手を借りて立ち上がった。
新たな術は飛んでこない。
魔力の浪費を避けているのだろうか。
あれだけの術を行使するには、やはりそれなりの負担があったらしい。
無効化される可能性がある以上、無駄撃ちは控えているようだ。




