第61話 不可逆の傷
エイダは、固定具と布で吊るした片腕を少し持ち上げる。
魔族との戦闘で酷使した片腕だ。
見かけ上は治ったものの、未だに満足に動かすことができない。
しばらく何かを確認していたエイダは、少し残念そうに述べる。
「この腕はもう駄目な気がするね。感覚が明らかに鈍いんだ。腐り始めているのかな」
「見せてみろ」
羊皮紙の一部を伸ばしてエイダの腕に触れさせる。
肉体の情報を読み取っていくと、詳細な状態が判明した。
羊皮紙を離して結果をエイダに伝える。
「神経の損傷が激しい。それに歪んだ形で組織が繋がっている。高密度の魔力で変質したのだろう」
「治る見込みはあるのかね」
「無理だ。この形で定着している以上、治癒で元通りにすることはできない。今の時点で正常になっているからだ。ルナの血で再生させても結果は変わらない」
淡々と告げるも、エイダはあまり動じていなかった。
分析前からなんとなく察していたのだろう。
むしろ悲しそうなのは横で聞いていたルナだ。
彼女は目を潤ませてエイダに抱き着く。
「……役に立てなくてごめんね」
「ルナが気にすることではないよ。君のおかげで他の傷はかなり治ったんだ。むしろ感謝しているとも。たくさん役に立っているよ」
エイダは少し困った様子で宥める。
さりげなく視線で助けを求めてくるが、ここで求められても応えられない。
心の起伏は理解できるものの、それは情報としてだ。
他者に共感する機能は遥か昔に捨て去っている。
感情に寄り添った対応を望まれても対処は難しい。
助けが得られないと悟ったのか、エイダは明るい声音で空気を変えようとする。
「高性能な義手と装着すべきかもしれないね。確かドワーフ族が製造していたはずだ。諸々が落ち着いたら依頼してみようかな」
「お金は足りるの?」
「私を誰だと思っているんだ。資金面の心配はいらないさ。全身を改造することだって可能なのだよ」
「ほんとう? 見てみたい!」
「いや、それは、まあ……さすがに、ね。大掛かりすぎるからやらないが」
途端にはしゃぐルナに、エイダは戸惑いながら返答する。
勢いが強すぎてたじたじとなっていた。
ひとまず気分の落ち込みを回復させられたようだ。
ルナをなんとか落ち着かせることに成功したところで、エイダがこちらに話を振ろうとする。
「ところでヴィブルは――」
その時、彼方から澄んだ金属音が響く。
地を這うように突き進んでくるのは、魔力で形成された漆黒の鎖だった。




