第56話 一線を越える
ルナの提案を聞いたエイダは、唇を噛んでさらに悩む。
彼女は頭を抱えて呟いた。
「本当にそれでいいのか? しかし他に手段も……」
エイダは見るからに憔悴している。
普段の印象からは程遠い状態だった。
(珍しい。何を躊躇っている)
エイダは別の解決策を模索しているが無駄なことだ。
ルナの提案こそが最適解である。
周囲の賞金稼ぎを抹殺し、速やかにこの場を離脱して今後の作戦を決めるべきなのだ。
一連の事態は国王の策略に違いない。
行動を遅らせるほど向こうが有利になってしまう。
エイダもそのことはよく理解しているだろう。
「なぜ逡巡している。もう覚悟はできているはずだろう」
「即座に決断なんてできないよ……暴力的なやり方はなるべく避けたい。そうなると彼らに落ち着いてもらうしかないんだ」
弱々しい口調でエイダは反論する。
彼女は賞金稼ぎの殺害を露骨に拒んでいた。
端々の言動からその本心が透けて見えてくる。
いくら欲深いとは言え、賞金稼ぎはただの人間だ。
エイダのことを悪党と思っているからこそ、倒そうとして襲いかかってくる。
賞金目的という邪念はあれど、それ以上の悪意は存在しなかった。
ようするに、ごく普通の人間の命を奪うことに躊躇いを感じているわけだ。
魔爪の導示や魔族とは根本的に事情が異なるのである。
加えてエイダは、ここまでいくつもの困難を渡り歩いてきた。
そのたびに紙一重で勝利している。
今回もどうにかできるのではないかという考えがあるのだろう。
経験則から生まれた期待が、却って判断力を鈍らせている。
(成長したが故の弊害か)
もっとも、暴力を避ける方針に縛られているのは、何もエイダだけの責任ではない。
彼女の助手となる時になった当初、こちらから釘を刺したからだ。
紆余曲折はありながらも、それがまだ心の内に色濃く残っているようであった。
エイダは情けない顔で助けを求めてくる。
「ヴィブルはどうしたらいいと思う?」
「好きにしろ。すべてはお前の選択次第だ」
「しかし……」
エイダは言い淀む。
答えはとっくに導き出せているはずだ。
あとは進むための勇気だけである。
過去の決意とはまた異なる方向性だが、自らの力で掴まねばならない。
そんな彼女を一喝する。
「お前は苦難を経て多くを学んだ。もはや口だけの詐欺師ではない。他人任せの悪癖を克服し、清濁を飲んだ手腕を発揮できる。形はどうあれ、英雄の一端を担っていると評してもいい」
「ヴィブル……」
「己を信じてみろ。その決断を否定する者はいない。理性と暴力を御すのだ」
本心からの言葉をただ告げる。
すると、エイダの眼差しに変化が生じた。
巡る葛藤が薄れて、狂気に等しい執念が宿る。
危うさを孕みながらも、それは強烈な光を帯びていた。
焦りや迷いが消えて研ぎ覚まされた感覚が強調されていく。




