第50話 魔人の足掻き
魔人が前のめりになって倒れかけるも、寸前で踏み留まる。
限界間際であるのは明白だった。
怒りで憔悴を誤魔化している。
魔人は呼吸を荒くして神経質に叫んだ。
「ありえない! 魂を持つ存在なら問答無用で焼き尽くすはずだ。どうして平然としている!?」
「燃やしたのは魂を持たない存在だったということだ。単純な理屈だろう」
この身に宿るのは自我のみだ。
魂は遥か昔に放棄した。
知識欲を満たすという過程で不要と判断したのである。
したがって魂に干渉する系統の能力は通用しない。
魔人にとっては相性最悪だが、これが現実なのだ。
動揺する魔人は諦め切れないのか、連続で能力を使ってくる。
全身各所で黄金の炎が発生するも、それらは移動速度を僅かに遅らせるばかりで決定的な効果はない。
むしろ消耗具合で考えると、魔人にとっては損失が大きいくらいだろう。
能力の乱用により、魔人は夥しい量の血を吐いている。
背後でエイダとルナが一瞬だけ動けるようになったが、すぐさま硬直してしまう。
あまりの疲労で魔眼が不安定になりつつあるようだ。
持久戦に持ち込めば勝手に自滅するに違いない。
淡々と分析していると、魔人が炎の発生を止めた。
そして激昂しながら咆哮を上げる。
「ふざけるなァ! こんなことが! あってはならないッ!」
「錯乱するな。まだ策があるはずだ。見せてみろ」
「黙れ! 貴様は何者なのだ! 魂を持たない存在などありえない! 竜や亜神すらも魂に縛られているのだぞ!」
「――ただの醜い知識欲の化身だ」
魔人はもう目の前にいた。
あとはすべての記憶を吸い上げるだけだ。
羊皮紙の手を伸ばそうとした次の瞬間、魔人が霞む速度で腕を一閃させる。
魔力で形成された刃がこちらの腕を切断した。
「ふざけるな!」
魔人が至近距離での猛攻を仕掛けてくる。
小細工のない純粋な連撃だ。
その肉体がだんだんと変貌し始めた。
皮膚は脈動し、膨れ上がった筋肉が紫色になり、声が不自然な重低音へと歪んでいく。
ほんの一瞬で魔人は醜悪な獣の姿に至っていた。
(怒りで平常心が崩れて、魔族の性質が強まっているのか)
もはや理性は蒸発していた。
殺意に衝き動かされるままに暴走するだけの存在となっている。
残念ながらこれ以上の対抗手段は持っていないようだ。
戦いを長引かせたところで有益なことはない。
切り刻まれる羊皮紙の身体を前に進めると、魔人の額に手を置いた。




