第40話 策略か悪運か
鎌を振りかざす魔族に対し、エイダは苦し紛れに金属筒の聖水を噴射する。
魔人は素早く跳躍すると、天井に張り付いて回避した。
両腕の表面から白煙が上がっているのは、聖水が付着したからだろう。
ただし負傷はしていない。
よく見ると分泌した毒で覆って防御している。
咄嗟の反撃を想定し、事前に仕込んでおいたらしい。
蒸発する腕の毒を目にした魔人は、忌々しそうに顔を歪める。
「クソ、小細工ばかり使いやがって……!」
魔人が俊敏な動作で再び攻撃を仕掛ける。
鎌の一閃で金属筒を弾き飛ばすと、続く斬撃でエイダの肩を切り裂いた。
迸る鮮血が坑道を濡らす。
「うぐっ」
呻くエイダが倒れて、その拍子に荷物をばら撒く。
彼女は急いで一部を拾うと、痛みを堪えて走り出した。
魔人は翅を上下させて追いかけようとする。
刹那、散乱したエイダの荷物が爆発した。
「ガァッ!?」
魔人が吹き飛んで壁に叩き付けられる。
全身から白煙が噴き上がっており、特に爆発を受けた箇所は融解を始めていた。
毒の分泌が間に合わず、防御できなかったようだ。
苦痛に喚く魔人は膝をつく。
荒い呼吸に伴って大量の血が流れ出していた。
明らかに致命傷である。
翅も破れてまともに動きそうにない。
傷の状態から考えるに、魔人は濃聖水を浴びたのだろう。
濃聖水は通常の物より効力が高い。
体内に混入すれば、たとえ魔族だろうと自然治癒が難しい。
今の爆発はエイダの罠である。
わざと荷物を散乱させて、残った分に濃聖水と爆薬を混ぜていたようだ。
時間差で炸裂するように仕込んでいたらしい。
この一瞬でよくやるものだ。
「あの女……ふ、ふざけ、やがって……ッ!」
悪態を吐く魔人は傷口を毒で塞ぐ。
立ち上がって折れた鎌を捨てると、エイダを追いかけるために歩き出す。
次の瞬間、天井に亀裂が走り、轟音を立てて崩落した。
反応が遅れた魔人は下敷きとなる。
崩落は小規模に留まり、すぐに沈静化した。
巻き添えになった羊皮紙の身体を引きずり出して、少し遠くから観察する。
岩の隙間から魔人の片手がはみ出していた。
何度か痙攣した後、動かなくなる。
そこから這い出てくる気配はなかった。
魔人は死んだ。
濃聖水で重傷を負った上、崩落で押し潰されたのである。
さすがに生命力の限界だったのだろう。
天井が崩れたのは爆薬によるものだが、エイダは果たしてここまで計算していたのか。
「…………」
エイダは少し遠くを走っている。
肩からの出血が服を真っ赤に染まり、前のめりの後ろ姿は今にも倒れそうだ。
しかし、魔人を瀕死にしたのは間違いなく彼女である。
(極限状態でこそ輝く才能か……)
濃聖水と爆薬を筆頭に、エイダは様々な道具を常に持参している。
別荘から手に入れた物もあるはずだ。
それらが無事に残っており、現在の迎撃に活かされたことを踏まえると、悪運の強さも兼ね備えている。
どこまで行っても凡人の域を脱しないはずの彼女の中で、何かが開花しつつあった。
偽りだった名声が本人に力を与えているとでもいうのか。
――面白い。
魔人は残り二人。
エイダがどこまで進めるか、さらに興味が湧いてきた。
ここからどう巻き返すのか見せてもらおうと思う。




