第38話 エセ賢者は暗闇を進む
逃走したエイダは、放置されたトロッコを必死になって押していた。
顔を真っ赤にして踏ん張り、呻き声を上げて力を込めている。
「ぬごおおおおおぉ……っ」
彼女の努力が実り、トロッコが徐々に動き始める。
エイダはよじ登って中に入ると、少し安堵した顔で息を吐く。
トロッコはレールに沿って進んでいく。
緩やかな下り坂を加速し、そのままトンネルへと突入した。
近くを飛行していると、エイダが恨めしそうに見上げてくる。
「す、少しは、手伝ってくれても、いいんだよ?」
「この身体は非力だ。期待するな」
「はは、そうだったね……」
エイダは乾いた笑いを洩らす。
それから負傷した片腕を庇って痛がる。
トロッコを無理に押したことで傷が開いたのかもしれない。
薬を飲む彼女に尋ねる。
「魔人を倒す算段は付いているのか」
「考えている最中だ! だからこうして時間稼ぎをしている」
トロッコはトンネル内を猛速で突き進む。
等間隔で設置された松明はすべて消えており、光源は皆無に等しい。
エイダは手持ちの魔道具で灯りを確保しようとしない。
魔人から視認されやすい状態を避けたいようだ。
暗闇を見据えるエイダは淡々と意見を述べる。
「ルナはきっと生きている。彼女と合流してから対決に持ち込めるのが一番だね」
「だが、向こうは特殊能力を持っている。無策で突っ込めば返り討ちにされるだろう」
「その対策は私がする。既に魔人の弱点は掴んでいるからね」
「本当か」
「嘘はつかないよ。あとは状況と手段さえ整えれば上手くいくはずさ」
エイダは静かにそう述べる。
魔人に狙われているという状況にありながら、彼女の平常心は保たれていた。
(冷静だな。自力で魔人を倒すつもりか)
さすがに肝が据わっている。
まともに戦えば絶対に勝ち目がないにも関わらず、エイダは落ち着き払っていた。
これまでの経験が彼女の自信に繋がっているのだろうか。
しばらくすると、後方から雄叫びが聞こえた。
闇の中に微かな人影が見え隠れする。
レールを蹴散らしながら突進してくるのは、角と尻尾を持つ長身の男だった。
魔人の接近をすぐさまエイダに報告する。
「追ってきているぞ」
「想定済みだよ。このままだとすぐに捕まるね」
「どうするんだ」
「慌てないでくれ。こういう時こそ落ち着いていこう」
魔人との距離は一気に縮まっていく。
トロッコの速度では不十分なのだ。
やがて相手の間合いに入った時、魔人が目を血走らせて叫ぶ。
「賢者エイダッ」
「やあ、元気かな」
穏やかに応じたエイダは、金属製の短い筒を魔人に向ける。
そして手元で何かを押し込んだ。
次の瞬間、筒から霧状の何かが噴射された。
跳びかかろうとした魔人は、その液体を顔面に浴びて絶叫する。
「グギャアアアアアアァァァッ!?」
体勢を崩した魔人は転倒し、地面を転がって止まる。
反響する怒声が急速に遠ざかっていった。
まだ生きているだろうが、しばらくは立ち上がれないだろう。
エイダは金属筒を得意げに持って微笑する。
「拡散式の聖水だ。別荘は壊れていたけど、運よく無事に残っていたのさ。狭い坑道内ではまず避けられないだろう」
これがあったからこそ、エイダは強気だったようだ。
彼女はトロッコ内で寛いで語る。
「ここは開発途中で放棄されている。いずれ行き止まりになるから、奥で彼らを待ち受けることになるね」
「逃げ場が無くなるがいいのか」
「多少の危険は承知しているとも。半端なやり方では勝てない相手だ。命を懸けて戦うよ」
エイダは躊躇いなく答える。
彼女の横顔には、卑怯で臆病な詐欺師の面影は存在しない。
内なる変容は確実に進行していた。




