第30話 エセ賢者はよく舌が回る
身動きの取れないルナは何事かを考え込む。
表情を消して暫し無言になる。
様々なことが頭の中を巡っていることだろう。
やがてエイダを見たルナは、頬を紅潮させて決意表明する。
「あたし、二人の仲間になりたい! がんばって魔族を殺すからお願い!」
「我々の旅は過酷を極める。生半可な覚悟ではついてこれないだろう。それでもいいのかな?」
「うん。もし邪魔になったら、いつでも捨てていいよ。約束する」
ルナは即答した。
声音からは確固たる信念が窺える。
何を訊かれても揺らぐことはなさそうだった。
少し遠目に二人のやり取りを傍観していたが、あることに気付く。
(立場が逆転している。エイダが話術で誘導したのだ)
最初はエイダが提案する立場だったにも関わらず、なぜか優位に立って懇願させている。
場の流れを掌握して思い通りに進めるのはエイダの専売特許であった。
こうした場面でも遺憾なく発揮されているのが分かる。
言葉だけではなく、些細な仕草や表情、端々の振る舞いを以て支配するのだ。
それはある種の魔性かもしれない。
卓越した話しぶりに感心しつつ、羊皮紙の触手を伸ばしてエイダを引っ張る。
そばまで引き寄せたところで彼女に小声で尋ねる。
「ルナの力で魔族を殺戮するつもりか」
「いや、彼女の暴力には依存しない。交渉を成立させるための抑止力にしたいだけさ。この状況が良い証拠だね。ヴィブルが無力化してくれたからこそ、ルナと話し合うことができた」
「確かにそうだな」
「それに護衛は一人より二人がいい。君はやり方は少し厳しいからね。私を甘やかしてくれる人員が必須なんだよ」
「…………」
なんとも情けない動機だった。
しかし、ルナが有用であるのは否定しない。
エイダは得意げに語る。
「ルナに求める役割は君とほぼ同じだが、彼女には英雄としての知名度……より正確に言うなら悪名がある。敵対勢力への牽制になるはずだよ」
蔵書狂は秘匿された存在だ。
一般的に周知されておらず、与太話として認識されている部分がある。
ごく限られた者しか図書館に辿り着けないため、実在するか怪しまれるほどだった。
一方で勇者の末裔が有名なのは言うまでもない。
ましてやルナは高い実力を持ち、挙げ句に快楽殺人という厄介な性質を備えている。
良くも悪くも目立っているはずだ。
エイダの主張を肯定しつつも、懸念事項について指摘する。
「悪名のせいで余計な問題が起こるかもしれない」
「その時は素直に乗り切ればいい。我々ならきっと大丈夫さ」
エイダはルナを一瞥する。
大人しく吊り下げられたままの姿を眺めて目を細めた後、彼女はさらに声を落として述べた。
「ルナの狂気は良い。相対的に私の印象を良くしてくれる。会話において優れた役割を担ってくれるだろう」
刹那、エイダという人間の本質を思い出す。
狡猾で打算的な頭脳。
ただし話術や記憶能力を除けば平凡で、特別な出自は一切持たない。
限りなく無力に近いはずであるのに、それを感じさせない何かを持っている。
目の前に立つエイダは、不敵な笑みを湛えていた。




