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エセ賢者と魔導書ゴーストライター  作者: 結城 からく


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第2話 欲深き者は再び乞う

 一年後、商人エイダは再び図書館にやってきた。

 知識の海から視点を移して様子を窺う。

 エイダは前回よりもさらに上等な服を着ていた。

 仕事が成功したのだろうか。

 大股で進む彼女は元気に話しかけてくる。


「やあ、また会えて嬉しいよ!」


「…………」


「どうしたんだい。返事をしてくれよ。私と会いたくなかったのかな」


「珍しいと思っただけだ。この地を再訪できる者は少ない」


 迷いの森の効力により、図書館に来れる者は限られている。

 心底から知識を望む者でなければ、決して辿り着けない仕組みとなっていた。

 この条件がかなり厳しく、だからこそ滅多に人間が訪れない。


 大抵は一度目の邂逅で満足する。

 求める知識を授けられたことで人生が成功し、それで充分と感じてしまうからだ。

 初歩的な魔術知識を欲したエイダと違って、大半の人間は価値の高い知識を求めてくる。

 それを得た段階で目的が達成されるため、二度も図書館に来る必要がなくなる。


 或いは知識を得ることに対する根源的な恐怖を覚える者もいる。

 この場所そのものが不安や忌避感を煽るのは否めない。

 むしろ正常な反応だろう。

 よほど神経が図太くない限りは警戒するはずだ。

 そういった感情を抱いた時点で、再訪への道は永久に閉ざされる。

 過去を振り返っても、二度もここに現れた者は稀だった。


 それだというのにエイダは平然と再訪した。

 しかも一年後という短期間である。

 つまり知識欲が満たされていないのだ。

 そもそも恐怖すら感じておらず、興味津々といった様子で室内を調べ回っている。


(並外れた精神性は感じられないが……)


 エイダを観察して考える。

 常人とは異なる感性の持ち主ではあるが、決定的な要素と言えるほどではない。

 何が彼女を衝き動かすのか。

 その内面にはどのような情を秘めているのか。

 何の変哲もないその少女に、僅かながらも関心を抱かされた。


 エイダは近くの椅子に座って脚を組む。

 彼女は気楽な調子で話を切り出した。


「また君から知識を貰いたくてね。はるばる来たってわけさ。よければ紅茶でもどうだね?」


「飲み食いはできない」


「ならば私だけ飲むとしよう」


 エイダは小瓶に入った紅茶を飲む。

 この異質な空間には不釣り合いな落ち着きであった。

 巧妙な演技なのか、もしくは単に気にならないだけなのか。

 視覚的に判別するのは難しかった。


 紅茶を飲み終えたエイダは、瓶を置いて微笑む。


「この風味が癖になる。好き嫌いは分かれるそうだがね」


「対価の知識はその感想か」


「半分正解かな。他にもたくさん用意している」


 そう言ってエイダは数枚の羊皮紙を取り出した。

 彼女の用意した知識らしい。

 羊皮紙を机に並べたエイダは流暢に述べる。


「私が作成した紅茶の感想表だ。各レシピも含めて綿密に記してある。魔術を用いた新製法も試してみたんだ。読んでみてほしい」


 言われた通りに視点を羊皮紙へと集める。

 そのレシピは既存の知識の応用が多く、誰でも真似できる内容だった。

 しかし、独自の発想によって製法の端々に工夫を凝らしており、新たな知識を紡ぎ出している。


 なかなか興味深い資料であった。

 元手で勝負するのではなく、己の知恵で新たな価値を付加するとは。

 商人として生計を立てられるのも納得だ。

 エイダには知識を発展させる力があるようだった。


 レシピを読み込む間、エイダは不敵な笑みを湛えていた。

 欠片の不安も見えないのは、よほど自信があるからだろう。

 やがて彼女は指を鳴らして尋ねてくる。


「どうだろう。知識は貰えそうかな」


「要求次第だ」


 そう答えると、エイダは猫のように目を細めた。

 彼女は指を立てて要求を口にする。


「今回も魔術に関する知識を書物の形で譲ってほしい。内容は中級者向けがいいな。実用的で簡単な術も記載されていると嬉しい」


「分かった。お前の望みを叶えよう」


 レシピを受け取り、すぐさま実行する。

 無数の本棚から選出された知識が集約し、一冊の魔導書となってエイダの前に出来上がった。

 魔導書を受け取ったエイダはそれを掲げて礼を言う。


「ありがとう。また来るよ」


 間もなくエイダは扉を開けて颯爽と立ち去った。

 また来る、と彼女は言った。

 知識が足りなかったのだろうか。

 それにしては満足していたように思える。


 今回も奇妙な要求だった。

 なぜ彼女は書物という物質として知識を欲するのだろう。

 肝心の知識も別に珍しいものではない。

 外界でいくらでも集められるようなものばかりだ。

 対価の方が大きいくらいである。


 様々な疑問が深まるも、それ以上の考察は控えた。

 エイダが本当に再訪するとは限らないのだから。

 三度目は基本的にありえない。

 膨大な年月で培った経験則である。

 よほど振り切った者でなければ至らない領域と言えよう。


 疑問の解消は、彼女をまた目にした時でいい。

 ただの人間に囚われるなど愚かしい。

 我ながら時間を持て余している自覚はあるが、無駄にする気も無いのだ。

 一旦、このことは忘れよう。

 そう結論付けて知識の海に沈む。


 二度の知識交換を経て平穏な時が来るかと思いきや、その後もエイダは幾度となく図書館にやってきた。

 訪れる頻度は徐々に増えて、さらには数日ほど連泊までするようになった。

 たった半年で来訪数が十回を超えたのは、間違いなく彼女が初めてだ。


 別に構わないのだが、あまりにも自由すぎる。

 しかし、対価の知識は律儀に持ってくるので文句は言えない。

 そこが徹底されている以上、奔放な行動も黙認するべきだろう。


 エイダの提示する知識には専門性が欠けている。

 そこを彼女独自の観点から研究し、上手く編集して形にしていた。

 故に稚拙さを感じることはない。

 むしろ褒め称えるべき出来栄えであった。


 エイダのもたらす知識は多岐に渡る。

 特に世間の流行りや新しい文化、身分別の娯楽が多い。

 商人の情報収集力で知りやすいからだろう。


 過去にこの場所を訪れた人間は、少しでも価値の高い知識を提示しようとした。

 その分だけ見返りが欲しかったのだ。

 エイダはその逆を突いてくる。

 彼女は価値よりも面白味を優先していた。


 エイダを介して現代を知るのは、なかなかに充実した時間だった。

 埃臭い部屋に新鮮な風が吹き込んできたかのようだ。

 実際、その例えは適切だろう。

 蔵書狂などと呼ばれているが、ここには古びた知識の残骸しかない。

 自己満足で集められた情報が活かされることなく埋没していた。


 少しでも知識を役立てたい。

 その考えがあるからこそ、来訪者に授けている。


 それにしても、エイダは外界で何をしているのか。

 これまで要求された知識はすべて魔導書で渡している。

 日に日に立派になっていく彼女の風貌を見て、また疑問に思う。


 真実を知る時は来るのか。

 飄々とした態度のエイダは、決して本心を覗かせない。

 そうして十年後の月日が経過した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] ヴィブルほどの知性と知識が有ればエイダの真意もある程度洞察できそうなものだが、 ヴィブルをして測りかねているという事は、この世界の歴史で前例の…
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